シンガポールのトップ高を視察してきました
僕が、今回視察したDunman High Schoolは、シンガポールの東側にあり、シンガポールの公立トップ校の1つです。シンガポールでは、小学6年生のときに進路振り分けのテストがあり、そこでトップクラスの成績を取らないとDunman Schoolに入れません。ここは、中高一貫教育で、中学校から95%の生徒が、そのまま高校に進みます。基本的に高校からの入学は受け付けていません。
シンガポールでは、トップ高には様々な優遇措置があり、国から予算がたくさん下ります。通常は、中学卒業時にO-Levelというテストを受け、その点数によって高校が決まり、高校卒業時にA-Levelというテストを受けて、その点数によって大学が決まるのですが、この学校は、O-Levelのテストを免除されていて、6年間の一貫教育を行うことができます。
O-Levelのテストを受けなくてもよいため、国際バカロレアのような柔軟性のあるカリキュラムを組むことができ、科目横断的な学習も行うことができます。
学校に着くと、気さくな雰囲気の先生が立っていて、「Are you Masato-san?」と尋ねてきたので、それが、メールでやり取りしていたGi先生だとすぐに分かりました。
教師の労働環境のよさにびっくり
Gi先生に案内されて、職員室の前を通り、応接室のようなところへ入りました。
職員室の前を通ったのですが、一人ひとりに広いスペースが与えられていて、仕事をしやすそうな雰囲気でした。250人の教師がいるということでした。
応接室だと思ったのは、教師用の休憩室でした。そこには、冷蔵庫やコーヒーメーカー、さらには、マッサージチェアーが置いてあって、自由に使ってよいそうです。
Gi先生は冷蔵庫からジュースを取り出し、僕にくれました。情報と物理のヘッドティーチャーが加わり、ソファーに座って4人で話をすることになりました。
すべてをLMSで管理
まず、最初にIT環境について質問しました。
各教室にはプロジェクタータイプの電子ボードが設置されていて、教師のノートPCとつないでWebサイトなどを見せることができるようになっています。
シンガポールのほとんどの学校には、シンガポール大学で開発されたLMSが導入されていて、教師、生徒、親御さんがログインして情報を共有できるようになっているそうです。宿題などが出ると、内容をLMSで確認することができるので、どのようなことを学校で勉強しているのかを親御さんがLMSで確認できるようになっています。
LMSには、たくさんのeLearning教材がアップされていて、生徒が自由に学べるようになっています。また、新聞などの有料コンテンツを教材として使用できるように、学校の予算で購入し、LMSからアクセスできるようになっています。
LMSにアップされているコンテンツを、どのように使用しているのかを質問してみました。
使い方は、大きく分けて2つです。普段の授業で使ったり、長期休みのときの家庭学習に使ったりするそうです。
普段の授業でどのように使うのかは、教師の裁量に任されているので、いろいろな使い方がされているそうです。たとえば、物理のシミュレーションを使った実験とワークを宿題に課して、次の日、それを元にペアワークやグループワークをやってディスカッションするというように使ったりといった使い方もしているそうです。
長期休暇では、Home Based Learningを、LMSを使ってできるようになっています。教師が自分で作成したパワーポイント資料を使って生徒が学び、分からないところをメールなどで質問します。教師は、グーグルドキュメントをクラスで共有して質問への解答をシェアしたり、グーグルハングアウトを使って、1対1でアドバイスしたりしています。
Home Based Learningの体制を確立することは、サーズなどの伝染病が流行って、学校が開けなくなったときのための備えとして、学校に来なくても学べる体制を整えておくという意味もあるのだそうです。
また、生徒に、Web上のコンテンツや、EdxやCourseraなどのMOOCsの講義を紹介して受講させることもあるのだそうです。このあたりは、英語教育をしているメリットだと感じました。
Web上の学習コンテンツが集めてあるサイト:Fast Track@School
eLearningのためのコンテンツは、学校を超えてシェアすることもできます。シンガポール政府が運営するOPALというウェブサイトがあり、そこでは、教師が様々な教材を作成してアップしてシェアしています。
Academy of Singapore TeachersのWebサイト
また、Biology Chapter, Chemistry Chapter・・のように、科目ごとに分かれたフォーラムがあり、定期的に集まって情報交換する場も設定されています。
学内には、Wifiが設置されていて、ほとんどの場所から誰もが自由にインターネットにアクセスできるようになっています。生徒は、スマートフォンからLMSにアクセスして、宿題を確認したり、Webコンテンツで勉強したりすることもできます。
教師は、雑用が少なく、授業準備に集中できる
次に、教師の仕事内容について聞いてみました。
日本では、教師の仕事が多すぎて、反転授業を導入する場合、講座作成の時間をどうやって確保するかということが問題になってきます。シンガポールではどうかと質問すると、ほとんどの仕事が電子化されているので、書類作成などの仕事は非常に少ないそうです。また、各教師にTeaching Asistantが付き、授業の資料の準備をしたり、コピーをとったりといった作業をやってくれるそうです。また、シンガポールのすべての学校に、マークシートシステムがあり、小テストなどの採点をマークシートで自動でできるようになっているそうです。僕が、私立高校で非常勤講師をしていたときは、小テストの採点が大変だったので、マークシートシステムは、労力を少なくするために非常に有効なものだと感じました。
日本の部活動と似たようなアクティビティがシンガポールの高校にもありますが、そこのコーチは、すべて専門のコーチで、教師がコーチを兼任することはありません。日本では、教師がバレーボール部や野球部の監督をやったりすると話すと、シンガポールではありえないと笑っていました。
部活の顧問などの仕事がなく、多くの雑用をTAがやってくれ、さらに、仕事がIT化されて効率化されているため、日本の教師よりも授業準備に使える時間がかなり多いと感じました。
充実した教師研修の仕組み
次に、教師のスキルアップについて質問しました。
シンガポールでは、プロジェクト型の授業や、ペアワーク、グループワークも日常的に取り入れられているし、パワーポイント資料を作ってLMSにアップするという仕事があるため、ITスキルも要求されます。
1年目から14年目までの教師には、年間400SGD(約33,000円)、15年目以上の教師には年間700SGD(約57,000円)の予算が与えられ、その範囲でスキルアップのための研修を受けることができます。研修には、さまざまな種類があります。いくつか例を挙げると、
・ITスキルアップ
・カウンセリングスキルアップ
・ファシリテーションスキルアップ
・親とどのように話したらよいかのスキルアップ
この他にもさまざまなスキルアップ講座があるそうです。教師は、これらの講座を利用しながら、必要なスキルを身につけていきます。
ノートPCやタブレット端末を持ちあるく生徒たち
次に、生徒のITデバイスについて質問してみました。
ほとんどの生徒は、スマートフォンを持っていて、学校に持ってきてもよいことになっています。また、ノートPCやタブレット端末などを授業で使うことが多いため、自分のものを学校に持ってきます。プロジェクト型の学習をするときには、ノートPCやタブレット端末でインターネットにアクセスして調査し、その結果を、Webサイトにまとめて学校のサーバーにFTPでアップロードしてシェアしたりするので、ノートPCやタブレット端末が必要なのです。教室にもいくつかノートPCが用意されていて、持っていない生徒に貸し出しています。
日本のように、同じデバイスを学校が配布するといった発想はなく、どんな端末でもよいから自分のものを持ってきてOKで、必要なら学校で貸すというスタンスです。
共通のアプリケーションがなければ、教えるときに不便じゃありませんかと質問すると、アプリケーションは、LMSに入れてあるので、端末によらずに同じものを使うことができるということでした。
インターナショナルスクールに視察に行ったときも、食堂や、公共スペースでノートPCを広げてWebにアクセスしている生徒をよく見かけました。プロジェクト型学習を取り入れている高校などでは、ノートPCを持ち歩くというのがグローバルスタンダードになっているように感じました。
充実したインフラ
この後、学校の施設を見せていただきました。
最初に通ったのは、留学生ようの宿舎でした。
Dunman High Schoolにはインターナショナルスクールも併設されていて、300名が宿泊できる宿舎が学校内にあり、マレーシアやインドネシアなど海外からの学生がそこで生活しながら学んでいます。
インターナショナルスクールに通う生徒は、公立校の生徒と共通の授業もあり、別々の授業もあるのだそうです。どちらも英語で授業をしているので、共通でも授業ができるのですね。
学校内には、Wifiが飛んでいて、ほとんどの場所からインターネットにアクセスすることができます。学校がやっている時間に行けば、食堂や公用スペースでノートPCを広げてWebサイトを見ている生徒をたくさん見ることができるでしょう。
図書館は、1階は、中国語、人文、科学の3つのエリアに分かれていて、それぞれの分野の基本的な本がおいてあり、2階には専門的な本が置いてあります。図書館には、調べ学習やディスカッションを行うための小ルームがいくつもあり、そこに資料を持ち込み、ノートPCを開いてディスカッションできるようになっています。さらに、中国語用、人文用、科学用の3つの教室(講堂というくらい立派)があり、外部から先生を呼んで授業をするときなどに使うとのことでした。
校庭は、陸上用のトラックとサッカー場が一緒になっているもののほかに、ネットボール用のコートがあります。室内施設としては、バレーボールやバスケットボールをすることができる体育館と、多目的ホールがあります。多目的ホールには、今度、試験があるということで机が並べてありましたが、普段は、バドミントンコートになったり、演劇やダンスの発表をする場所になったりするそうです。
これらの施設を見ると、学校に大きな予算が下りているということが推測できます。
テキストを使わない授業
次に、授業のやり方、ICT環境について質問しました。
シンガポールでは、国が定めたシラバスはあるものの、学習指導要綱のような厳密なものはありません。教科書も一応購入していますが、使わない教師も多く、自分で作った教材などを使って教えているとのことです。
一斉授業で知識を導入し、その後、ペアワークや、グループワークで問題演習などを行い、適時、LMSを利用してWebコンテンツを使った宿題を出すという流れで普段の授業は進んでいるようです。
グループワークなどのノウハウは、前述の教員向けのスキルアップ講座によって身につけることができます。
プロジェクト型の学習も盛んで、図書館の資料やインターネットで検索したものを元にWebサイトを作成して、スクールサーバーにアップするといった試みもしているとのことでした。
プログラミング教育
僕にがっ今日を紹介してくれたGi先生は、情報の先生で、生徒にプログラミングを教えています。生徒が作ったものを見せてもらうと、惑星の運動のシミュレーションから、経済の価格決定のシミュレーションなど、様々なプログラムがありました。これらは、教科の学習と関連付けて、生徒が自由に選んで作成しているとのことでした。
Google App engine を利用したアプリケーションの開発も行っていました。ここで使用できる言語のうち、どのようなプログラミング言語を学んでいるのか聞いてみたところ、Pythonを使っているとのこと。以前は、JAVAを使っていたところ基本の習得に2ヶ月かかっていたが、Pythonに変えたところ、英語ベースの簡単な言語のため、2週間で基本の習得が終わり、プログラム作成へ入れるようになったとのことでした。
かなり複雑なゲームを作っている生徒もいて、創造力を大いに刺激される授業を展開していることが見て取れました。
最後に
3時間にわたる視察を終えて、「ノートPCなどを学校に持ってきて、プロジェクト型学習を行う」ということが最初にあって、それが効果的に行えるように、Wifi設備や、図書館のデザイン、スペースの設計などが行われているという印象を受けました。
また、LMSが、ICTを使った教育の中心にあり、大きな役割を果たしていることも印象的でした。
また、それらを使いこなすための研修制度も充実していて、教師が創造性を発揮する環境が整っているように感じました。
目からうろこだったのは、LMSにWebアプリケーションをインストールし、それらを使って学習することにより、端末は何でもよくなるということです。学習環境をそろえるために、タブレット端末などに同じソフトをインストールして配布するというのも一つの方法ですが、端末は生徒が自分自身のものを使い、もっていない生徒には学校側が貸し出し、Webアプリケーションで環境を統一するという方法であれば、反転授業などを行う環境構築のコストを下げられるのではないかと思いました。
最後に、快く視察に協力していただいたGi先生をはじめとする先生方、母校を紹介してくださったChiewさんに心から感謝いたします。
■参考リンク:Web上でシンガポールの教育について分析しているものを集めました。
「未来の学校」と子どもの未来:シンガポール発・ICT教育の最前線
●Facebookグループ「反転授業の研究」では、477名のメンバーがアクティブに活動しており、様々なコラボレーションも生まれています。
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