登壇者紹介:山梨大学教授 塙雅典さんにインタビュー

7月28日(月)に実施する反転授業オンライン勉強会でお話しいただく山梨大学教授,塙雅典さんにインタビューしました.

山梨大学がアクティブ・ラーニングに取り組むようになった背景には,文部科学省が大学にアクティブ・ラーニングを導入することを奨励しているという現状があります.

文部科学省のHPで公開されている平成24年3月7日に実施された「大学教育部会(第11回)の審議のまとめについて」を見ると,次のように主体的な学びやアクティブ・ラーニングについての言及が非常に目立ちます.

主体的な学びやアクティブ・ラーニングに関する部分を引用します.

●大学の教員は教育に比較的多くの時間を割くようになっており,改善のための様々な工夫も進んできている.にもかかわらず,国民,企業そして学生自身の学士課程教育に対する評価は総じて低い状況にある.これには種々の要因が関係しているが,特に,高校までの受け身の勉強とは質的に異なる主体的な学びのための学修時間が今日においても少ないという大きな問題がある.
高等教育の課題が学生数等の「量」から教育の「質」へと転換しているユニバーサル段階において,また,我が国が激しさを増す社会変化に直面する中で,今まさにこの状況を踏まえた学士課程教育の質的転換への早急かつ効果的な取組が求められている.

●現在,我が国の大学の教員の一学期当たりの担当授業時数は8コマ程度と比較的多く,かつ,教員の勤務時間における教育に関する時間の割合は増加している.また,ナンバリングによる体系的なカリキュラムの編成や学生が予習するための工程表としての授業計画(シラバス)などによる学修時間の伴う質の高い教育を展開している大学もある.また,グループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワークなどによる課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)に取組み,成果をあげる大学も出てきている.これらは,国際的通用性が問われる知識基盤社会,グローバル社会における高等教育において,日本型の学士課程教育モデルとしてさらにその発展,展開を図ることが期待される.

●高校までの勉強から大学教育の本質である主体的な学修へと知的に跳躍すべく,学生同士が切磋琢磨し,刺激を受け合いながら知的に成長することができるよう,課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)といった学生の思考や表現を引き出しその知性を鍛える双方向の授業を中心とした質の高いものへと学士課程教育の質を転換する必要がある.

このように、文部科学省は、アクティブ・ラーニングの導入を、かなり強力に大学に求めています。これを踏まえて,山梨大学がどのような取り組みをしているのか,塙さんにうかがいました.

反転授業を導入したきっかけ

山梨大学が反転授業を導入したきっかけは何だったのですか?

文部科学省としては,アクティブ・ラーニングをやりたいということでいろんな予算をつけるわけです.そこで,大学側としては,予算獲得のためにもアクティブ・ラーニングを導入したい.でも,現場は動かない.工学部の現場では,教科書のまとまった内容を教える必要があるのでアクティブ・ラーニングに時間を割いている余裕はないと思っているわけです.そんな中,企画担当の理事が文部科学省の予算を取りにいくためのプロジェクトを立ち上げることになり,私が呼ばれてアクティブ・ラーニングの部分をやってくれと頼まれました.そこで,少人数で集まって試行錯誤が始まりました.

ICTオンラインの記事では,XEROXさんとの共同研究と書いていたのですが,それがきっかけではなかったのですね.

XEROXさんとのお付き合いも始まったのも文部科学省への予算申請とほぼ同時です.プロジェクトがスタートした後,XEROXさんと共同研究することになり,最初は授業をビデオ撮影するところから始めました.でも,ビデオだと編集とかが面倒なので,XEROXさんが社内用に使っていたスクリーンキャスト形式のシステムを試しに使わせてもらったら使いやすかったので,それを使わせてもらっています.

反転授業ではなく,アクティブ・ラーニングを導入するのが目的だったということなんですね.

はい.反転授業は,あくまでも,授業でアクティブ・ラーニングをするための手段だと考えています.

東京国際大学教授の河村一樹さんにお話をうかがったときは,改革はトップダウンでないと難しいという意見が出ていました.山梨大学の場合は、企画担当の理事の発案で,まさしくトップダウンでプロジェクトがスタートしたため,アクティブ・ラーニングを推進するためのチームができました.

チームで試行錯誤をシェアしながらアクティブ・ラーニングや反転授業の実践を進めていくことができる点は、トップダウン式で改革するメリットの1つだと思いました。

塙さんが,授業に対して感じていた問題意識

反転授業を始める前は,塙さんはどのような授業をされていたんですか?

アクティブ・ラーニングのようなことはやっていませんでしたが,授業は何とかしたいと思っていました.教室をまわって学生を指したりして,学生が寝ないようにしていました.でも,どうも学生が生き生きしていないんですね.この状況が嫌でした.

なるほど.では,アクティブ・ラーニングとの親和性は高かったのですね.

そうだと思います.それに,新しいことをやるのは嫌いじゃないし,せっかくアクティブ・ラーニングをやるなら,ちゃんとやって成果をだそうと思いました.学生同士が話し合いをしたり,分からないときは質問したりするような教室にしたいと思っています.

このような改革をしていく上で,プロジェクトメンバーの人選というものはとても重要だと思います. 塙さんは、企画担当理事の一本釣りでプロジェクトメンバーになることを頼まれたそうです. 塙さんにお話をうかがって,教育に対する熱意と、チームで連携しながらアイディアを形にしていくリーダーシップにあふれている方だという印象を受けました.

山梨大学の実践

山梨大学では,どのような取り組みが始まったのですか.

学内で呼びかけて,いっしょに反転授業をやってくれる人を集めました.これまでに反転授業の試行に取り組んでくれた教員は6名ですが,今年の後期からは二倍以上に増える予定です.

実際にやってみていかがでしたか?

資料を見ていただけると分かるように,ほとんどの授業で成績分布が完全習得型に近い形になりました.ただ,1つのクラスではうまくいきませんでした.他の5人は10年以上,授業をやった経験がある教員だったのですが,その方は,初めて授業を担当される方でした.ITに強い方なので動画講義はしっかりしたものを作られていたのですが,生徒が動画を見て予習してこなかったときに,もう一度,対面授業で講義をしてしまい,生徒がさらに予習してこないという状況になりました.その点を指摘して改善したら,成績分布もだいぶ改善しました.

※資料は、「反転授業オンライン勉強会」の中で公開します。

一斉講義型の授業経験がないと,アクティブ・ラーニング型の授業をやるのが難しいという話をよく聞きます. 学生がどのようなことに疑問を持つか, どんなところで間違いやすいかなどを想定した上で,それを自分たちで気づいて解決できるような仕掛けを作っていかなければならないからだと思います.また,「場づくり」にも、学生とのコミュニケーションや関係性が大きく関わってきます.経験の少ない教員が,どのようにしてアクティブ・ラーニングを実践していくのか,また,それをサポートしていくのかという点も,今後の課題になりそうだと思いました.

日本教育工学会での発表

この成績データは,どちらかで発表したのですか?

昨年9月の日本教育工学学会第29回全国大会で発表しました.私たちは教育工学については素人なので,「このような結果が出ましたがどうですか?」ということで意見をうかがいに行きました.2013年に実践した最新のデータを発表しました.

反応はどうでしたか?

質問の嵐でした.いろんな質問がありましたが,「反転授業が増えたら学生の負担が増えて,成り立たなくなるのではないか」というものがありました.現状では,確かにそのような可能性があります.しかし,大学の授業というのは予習2時間,授業2時間,復習2時間の合計6時間の勉強が想定されています.1,2年生に単位が集中していて,3,4年生ではほとんど授業がないという現状では,全科目で反転授業を実施すればうまくいかなくなりますが,4年間に124単位を分散させれば,本来の形である予習2時間,授業2時間,復習2時間を実践させることができます.

反転授業の効果を示す成績データを取っているところは少ないですよね.

私の知っているところでは,成績データをとっているところは他には知りません.また,反転授業に取り組んでいる大学は山梨大学のほかに,早稲田大学,島根大学,東京国際大学などがありますが,熱意のある教員が個人でやっているところが多く,組織的にやっているところは他には知りません.

反転授業を導入を検討している大学にとって,山梨大学の成績分布のデータは,とても参考になると思います.反転授業を実践した6名のうち5名で,完全習得型の分布に近い分布に移行したというのは大きなインパクトがあります.このようなはっきりしたデータを出したのは,日本では初めてだとのことで,反転授業やアクティブ・ラーニングの導入を加速するものになるのではないかと思います.

反転授業の課題

実際に反転授業をやってみて,どのようなところに課題を感じていますか?

今は,XEROXさんが提供してくれているPCをサーバーとして使っていますが,本来であれば,ちゃんとしたサーバーが必要で,それには,予算が必要になってきます.

反転授業をやるには,予算が必要だということですね.

私たちは,他の大学の教員でも実践できるような「こういうやり方をするといいよ」という形を提案したいと思っています.簡単に実践できる環境とノウハウを用意しないと普及しません.Screen-O-Maticなどのフリーソフトを使ってYoutubeやGooge Driveにアップロードする方法もあるのですが,それだと著作権の問題が出てきてしまいます.教科書の図などをスライドに載せることができなくなり,立ち行かなくなります.最低でも,学内にサーバーがあり,学内登録ユーザーしかアクセスできないような仕組みがあることが必要になります.その上で,国内で開発したソフトをオープンソースで配布することができれば普及しやすくなると思っていますが,それには,予算が必要なんです.

トップダウン式で改革を行う場合は、環境整備などがやりやすくなると思いますが、山梨大学では、現状では予算獲得ができておらず、それがネックになっているようです。大学へ大規模に導入されるためには、大学の枠を超えて利用できる使いやすいビデオ講座制作システムの開発や、学内サーバーやLMSの整備へ予算を投入する必要があることが、お話をうかがってよく分かりました。

それ以外には,何か課題はありますか?

実際にやってみて,教室での授業設計がポイントだと思いました.しかし,私たちは授業設計については素人なので,授業設計の専門家がサポートする体制があればと思っています.アクティブ・ラーニングのやり方については悩んでいますね.勉強会をやって様々な手法を学んでいるのですが,それを取り入れる段階で疑問が尽きません.ペアワーク,グループワーク,質問セッション,プレゼンなど,それぞれの効果が類型化できていないので,どの授業でどれを使うか,時間配分をどうするかなどで迷います.

塙さんの授業は,どのようなデザインになっているのですか.

基本的な流れは,1)動画のポイントと疑問点をPingPongで回答してシェア,2)質問がなくなるまで質疑応答を繰り返す,3)問題を自力で解く 4)周囲とシェアしてグループで解く 5)できたところは発表 6)最後に今日の授業のポイントをPingPongで回答,という感じです.演習する問題内容に応じて,時間配分をどうするのか,質問を使うセッションにしたらよいのかなど迷います.これらを類型化して黄金パターンを作りたいのですが,まだできていません.

僕のWizIQを使ったオンラインのライブ講義では,チャットボックスを使ってやり取りをするのですが,チャットボックスへの書き込みだと抵抗感が少なくて,活発にアウトプットが出てくると感じています.PingPongを使うと,同じようなことが起こりますか?

PingPongへはスマホやPCからアクセスしているのですが,このようなシステムを使うと学生は回答しやすくなりますね.質問に対してPingPongで回答させると短い回答が返ってくるので,質問者にマイクを渡して詳しく説明させたりすると,活発な質疑応答のセッションができます.

科目や生徒が違えば,最適な授業設計も自ずと変わってくると思います.定型化されたアクティブ・ラーニングのひな形というものが必ずしもうまくいくとは限らず,教員には,ひな形を土台に試行錯誤しながら最適な形を見出していくスキルが必要になってくるのではないかと思いました.同時に,授業設計の専門家のサポート体制も,今後は重要になってくるのではないかと思いました.

チームワークの重要性を気づかせる

アクティブ・ラーニングの中にはグループワークもあると思います.僕自身は,ずっと一人で仕事をすることが多かったのですが,Facebookグループの活動を始めてからチームで仕事をする楽しさや,一人じゃできないことができることの面白さに目覚めて,いろいろなことをチームでやるようになりました.チームで仕事をするメリットを体験をしたことがきっかけで行動が変わったのですが,山梨大学の反転授業で行っているグループワークは,学生たちにチームワークの重要性を感じさせる場になっているのですか?

反転授業とは離れるのですが,私の担当する実験科目内でエンジニアリングデザイン実践というプロジェクトベースドラーニングを実施しています.電気電子工学科の学生と言っても,電子工作をしたことがない人がほとんどなんです.それで,8-9人のチームを組み,実際に動くものを作らせます.仕事を分担しないとできないようなものを作らせるんです.授業のレポートの最後に書かせる感想を見ると,「自分一人ではできなかった」「動くようなものができるとは思わなかった」というような感想が多いです.これは,チームワークの重要性を体験するものになっていると思います.

「主体的な学び」を育成するために、1つの授業だけでなく,4年間のカリキュラム全体で連携していくことが重要だと感じました.1-3年生のうちに,プロジェクトベースドラーニングやアクティブ・ラーニングで学び,調査,協働,発表などのスキルを身に着けてから,卒業研究に取り組むという流れができるのが理想的なのではないかという印象を持ちました.

◆学ぶ意欲への影響

僕が物理ネット予備校にアクティブ・ラーニングの要素を取り入れようと思った理由は,動画講義だけだと続けられる人はどんどん進めるけど,続けられない人もいるというところに課題を感じていたからなんです.定期的に集まってアウトプットする場を持つことで,お互いに刺激しあって学習意欲を高めてもらうことが目的でした.反転授業には,学習意欲を高めるという側面もあると思いますが,反転授業を実施して,学生の学ぶ意欲は変わりましたか?

反転授業をきっかけに大学院進学を目指すようになった学生がいます.彼は,もともと勉強をやる気がなくて,最低限の単位を取って卒業して就職しようと考えていたのですが,グループワークで自分が意見をちゃんと言えたことで自信がついて,もっと勉強したいと思うようになり,進路を大学院進学に変えました.

反転授業をきっかけに,学習意欲が高まったのですね..

はい.ただ,そうならない生徒もいるので,それが彼特有の現象なのか,もっと一般化できるものなのか,これから検証していくことが必要だと思います.

アクティブ・ラーニングやプロジェクトベースドラーニングは,うまく機能すると体験の強度がとても多くなります.それを行動変容につなげていくことができれば,大学院進学を決めた学生のような例が増えてくるかもしれません.ヒントになるのは、デジタルハリウッド大学教授の佐藤昌宏さんのEffective Learning Lab(ELラボ)での研究結果“人はポストラーニングにおいて行動変容する”です.また,アクティブラーニングの実践で有名な小林昭文さんも,授業後の振り返りの重要性を述べています.(「体験」→「振り返り」→「気づき」を得られる模擬授業体験)振り返りを行って,体験を自分の言葉で語り、その中で生まれた気づきが,自己イメージを変化させていき,その結果として行動が変化していくというプロセスをアクティブ・ラーニングと組み合わせていくことに可能性を感じています.

塙さんは,工学部の研究者らしく,大学で反転授業を実践するうえで課題のを明快に切り分けて,それぞれの課題を浮き彫りにしてくださいました.現段階では,このように課題をはっきりさせることが非常に有益だと思います.明らかになった課題をシェアして,どのようにしたら解決できるのか,アイディアを出し合って一緒に考えていきたいと思います.

7月28日(月) 21:45-23:30で実施する第11回反転授業オンライン勉強会「反転授業の実践報告」で,塙さんがお話ししてくださいます.

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