反転授業を世界へ広めるジョナサン・バーグマンさんインタビュー
「反転授業の研究」の田原真人です。
「反転授業」の生みの親であるバーグマンさんが、「反転授業の研究」に参加して下さったことから、このインタビューが実現しました。
「反転授業」は、2007年にバーグマンさんと同僚のサムズさんが、自分たちの講義を録画して授業前に録画し、授業前に視聴し、授業中に理解度チェックや個別指導、プロジェクト学習を行う形態を「反転授業(Flipped Classroom)」と呼び、彼らの実践がマスメディアで知られるようになったことから広がったものです。
そのストーリーは、彼らの著書『反転授業』に詳しく書いてあります。
草の根の活動からスタートしたボトムアップのムーブメントであることに、僕は大きな意味があるのではないかと思っています。
『反転授業』を熟読し、その中で感じた疑問点を質問するという形式で、スカイプインタビューをさせていただきました。
生徒が喜ぶビデオの作り方
『反転授業』の第4章 反転授業の実施方法 では、反転授業を実施するための具体的な方法が詳しく書いてあります。これを読むと、何を使ってどのように始めればいいのかが分かると思います。
英語圏に比べて、日本ではYoutubeなどにアップされている講義動画の質、量とも不足しているので、反転授業を始めるためには、自分自身で動画を作る必要があるケースが多いと思いますが、5年ほどたつと状況が変わってくるかもしれません。
バーグマンさんが書いているように、僕も、まずは、最初から凝らずに、最小限の費用で、スクリーンキャストでシンプルな動画を作ることから始めるのが良いと思います。
そして、その後、余力があれば、様々な工夫をしていくのが良いと思います。
バーグマンさんは、生徒が喜ぶように別のカメラで撮影した短い動画を講義動画へ挿入するという工夫を考えました。これが、大きな付加価値を生み出しているそうです。
本の中で、「他の教員と一緒にビデオを作ってみる」という取り組みが紹介されていて、これが一人で解説するビデオでは得られないパワーがあるとのことなので、どのように作成しているのか質問してみました。
―― 会話スタイルのビデオというのは、どのように作成するのですか?
会話スタイルビデオの鍵は、一人が教師で、一人が好奇心のある生徒の役をすることです。
生徒役がいろんな質問をして、教師が回答するということにすると、もっとインタラクティブになります。
―― 台本を、予め作っているんですか?
はい。それと、ユーモアを加えるようにしています。最初にジョークを入れると、それが好きな生徒もいるし、そうでもな生徒もいるけれど、生徒の興味を引き付けることができます。
化学の授業では、楽器を弾くというジョークを入れています。どの楽器を私が弾くことができるかというということで、たいていの楽器は下手なんですけど、ハーモニカはうまく弾けるんです。生徒たちは、そのことを知らなかったんです。
生徒たちの時間を浪費するのはよくないので、2分程度にするようにしています。
―― 最初に生徒の興味をひきつけるのは大事ですよね。
はい。だから、もう一人をビデオに加えて話すと、もっといいんですよ。
まじめに話すときもあるし、ふざけて話すこともあります。
興味を引き付けるために動画を挿入するのはとても有効です。たとえば、「正確さ」について話したときには、車の速度メーターを出して、どのように速度を測定するかについて話しました。スマートフォンのカメラで速度メーターを撮影して、その映像をカムタジアスタジオに埋め込んでビデオを作りました。
僕は、講義動画を作るときに「リアルの代替ではないバーチャル」ということを考えてきたのですが、講義スタイルという点では、授業と同じスタイルの講義を作成していました。しかし、「ビデオを挿入する」ということを考えると、教室外の様々な出来事を講義動画に挿入できるようになり、可能性が無限に広がるのだということに気づきました。カムタジアスタジオは、簡単に動画の挿入ができるし、画面の一部に動画を挿入して、それを見せながら説明するということもできます。動画だからこそできることをやることで、付加価値が増していくのだということは、大きな気づきでした。
反転型完全習得授業を可能にするMoodleのクイズ機能
バーグマンさんの取り組みの大きな特徴は、反転授業と完全習得学習を組みあわせた反転型完全習得授業にあると思います。
これまで、完全習得学習の実施を阻んでいたのは、完全に習得したかどうかを確認するために、十分たくさんの問題を用意し、それを採点しなければならないため、教師の労力が大変になりすぎるということでした。
バーグマンさんとサムズさんは、Moodleのクイズ機能を用いて、そこに大量の問題をストックしておき、そのストックから問題がランダムに抽出されて習得度テストを受けられる仕組みを作りました。現代のテクノロジーが、教師の労力がかかりすぎるという問題を解決したのです。
完全習得学習では、生徒一人一人が自分のペースで学ぶため、知識を学ぶタイミングも異なってきますが、講義がビデオになっていることで、生徒は自分のペースに合わせてビデオを見て学び、課題や実験をこなし、習得度を確認するテストを受けることができるのです。
講義ビデオ、課題、Moodleの習得度テスト、共に学び合う生徒、教師は、すべて主体的に学ぶための「学習環境」であり、それらを利用しながら、生徒たちは自分で学んでいき、教師はそれを支援するのです。
反転型完全習得授業を可能にしたMoodleの使い方について、バーグマンさんに質問しました。
―― Moodleに入れている習得度テストは、1つのビデオについて1つのクイズを作っているのですか?
いいえ。1つのユニットに対して1つのクイズを作っています。1つのユニットは、だいたい7つのビデオからなり、7つの「学ぶべきもの」を扱っています。
Moodleの中に、「学ぶべきもの」ごとにフォルダを作り、その中に6-7個の問題を入れています。
たとえば、電気回路のユニット をやる場合を例に挙げましょう。その中の各フォルダには、並列回路、直列回路、電圧と抵抗などになっています。各フォルダには10個くらいの問題を入れま した。生徒がテストをやるときには、3個のフォルダからランダムに問題をピックアップして、各生徒は異なるテストを受けることができます。
このやり方のいい点は、生徒がテストに合格できなかったときに、もう一度テストを受けるわけですが、そのときに、違う問題が違う順番で出てきて受けることができます。
普 通のテストだったら、最初は簡単な問題で、後に行くほど難しくなりますが、ランダムに問題が出てくるので、ある生徒はだんだん難易度が上がっていくけれ ど、別の生徒は最初に難しい問題が出て、あとから簡単な問題が出るということもあります。でも、まあ、それでもいいかと思っています。
大事なのは、1つの章が1つのバンクじゃなくて、1つの節がバンクになっているということです。
たとえば、第3章の大きなバンクの中に7個の節のバンクがあって、各節の中に6-7個の問題があります。120個くらいの問題がバンクにストックされていますが、生徒は、毎回、その中のランダムに選ばれた12問を解くことになります。
そのようなシステムになっているから、合格しなかった生徒が再チャレンジするときには、違う問題に取り組むことになります。
―― 本の中で、ゲーム・ベースド・アセスメントというものが出てきましたが、あれは、どのようなものなのですか?
ゲーミフィケーションを導入したんです。
テストのためのトレーニングをするのではなくてゲームみたいにするんです。シューティングゲームの場合は、レベルが上がる前にトレーニングしますよね。そのようなやり方で教える先生が増えてきた。
オーストラリアの教師たちは、MyEdというゲーミフィケーションのためのプラットフォームを作りました。ただ、Moodleみたいなランダムに問題を出せる機能がないのはちょっと不便なんです。
生徒たちは、クエストを手がかりに問題に取り組んで、クリアするとバッヂを獲得することができて、楽しく学ぶことができます。
――カーンアカデミーもバッジシステムがついていると思いますが、同じようなものを作れるということですか?
MyEdは、カーンアカデミーと同じようなゲーミフィケーションのシステムですけど、自分で簡単にカーンアカデミーのようなものを作ることができるシステムですね。
バーグマンさんの取り組みは、より合理的な学習スタイルを確立しました。教師の役割は、生徒を見て回って、生徒がうまく学べるように支援することです。教 師と生徒のコミュニケーションは、かつてよりも個別的になり、必要なときに必要なコミュニケーションを取れるようになったのだそうです。
MyEdにログインしてみると、課題をクリアするとレベルが上がったり、バッジがもらえたりという感じで、ゲームのように楽しく学べるプラットフォームになっていました。反転型完全習得授業が広まれば、このようなプラットフォームがたくさん出てくるかもしれません。
Universal Design of Learningについて
『反転授業』の中で、僕の注意を引いたのは、Universal Design of Learning(UDL)という考え方でした。生徒には個性があり、理解の仕方も、理解したことを示す方法も、それぞれにとって適したやり方があります。そこで、生徒に自由を与えて、自分で選択させるということが重要なのだというのです。
この本に刺激を受けて、僕が、現在やっているフィズヨビ夏期講習でも、可能な限り学び方の自由を与えることにしたところ、参加者から予想もしなかった提案が出てきました。それを、ファシリテーターの教師が喜んで認めたことで、次々と提案が生まれ、生徒の主体的な学びが大きく促進していくという経験をしています。
バーグマンさんたちは、UDLを取り入れたことで、どのようなことが起こったのか、質問してみました。
―― UDLを導入して、いかがでしたか?
私はもっと狭く考えていたんですけど、パートナーのサムズはもっと柔軟に考えていました。
自分の理解度を示すための様々な方法が出てきて、ビデオゲームを使って自分が理解していることを示したという生徒もいました。
難しい点は、本当に分かったかどうかを確かめるのが難しいんです。どのようにして示してもよいといってやっています。10%くらいはプレゼンのやり方を変える必要が出ましたが、他は問題なしで、すごくよくやった生徒もいました。
私をポジティブに驚かせた生徒もいたし、ネガティブに驚かせた生徒もいました。
一人の女子生徒は、読んだことをパワーポイントにコピペして、プレゼンしたので、私が「何を分かったの?」と質問したら、説明できませんでした。それで、私は、〔分かっていないんじゃない?」と聞いたら、彼女は、「これは、やりすぎで、私は、テストだけ取れれば十分です。」と言ったのです。
このような経験から、私は、UDLの導入は、生徒が学び方を学んだ後にしたほうがよいと考えています。
でも、生徒が自分がマスターしたことを示す方法についてオプションを与えて、生徒に選ばせることは大切だと思いますし、たいていはうまくいきます。
主体的に学ぶマインドセットを育むためにどうしたらいいか
反転授業やアクティブラーニングを実施する際、重要になってくるのは、主体的に学ぶマインドセットをどのように育むかということではないでしょうか。日本における実践者も、その部分で苦労している人が多いと思います。
バーグマンさんたちは、マインドセットについてどのように取り組んでいるのか聞いてみました。
―― 日本では、先生の言うことを忠実に聞くように叩き込まれる教育によって受身で学ぶマインドセットの生徒が育ってくる傾向があります。そのような生徒にアクティブに学ばせるためにはマインドセットを変えるために苦労する場合が多いです。あなたの本にも同じようなことが書いてありました。あなたは、どのようにしてマインドセットを変えているのですか?
最初に反転授業をやったときは苦労しましたね。生徒たちは、なぜ今までと違うやり方をしているのかが分かりませんでした。今までずっと机に座って、スマートボードで授業を受けてというスタイルでやってきたので、どうしてこんなに違うやり方でやるのかって思ったんですね。
物理の授業をやるときに、生徒がこのようなやり方を好きじゃなかったら大変ですよね。でも、授業中に生徒があなたにたくさん質問できるというメリットがあります。
また、物理の演習時間をもっと時間をとるというメリットもあります。そうすると、宿題にかかる時間も短くなります。
このやり方だと、生徒が気づいていないいろんな部分が改善しています。私は、今朝、UKの先生とスカイプで話していたんですが、その先生たちは、生徒の態度と成績が驚くほど伸びたと言っていました。
教師の中には、やったことがないので、授業時間をアクティブにしたり、生徒たちを夢中にさせたりすることは難しいと言う人もいます。
最初の年は、生徒たちも同じように、やったことがないから難しいと言っていました。
でも、次の年には、生徒たちにこのやり方は受け入れられて、3年目には、反転授業で学び続けていこうという雰囲気ができました。
文化の違いがあるから、同じやり方でうまくいくかどうかわかりませんが、あなた方は、日本の文化に合うようなやり方を見つけていくのではないかと思います。
アジアでは、いろいろなところで反転授業が受け入れられています。私は2-3週間の間に、台湾、韓国、中国に行く予定になっています。パートナーのアーロン・サムズが昨年は東京に行きました。そして、東京の学校を見てきました。そういえば、私の父はアメリカの空軍に入っていたので、子どものころに京都と沖縄に住んでいたんですよ。
日本には、「学び合い」や、小林昭文さんたちがやってきたアクティブラーニング、下町壽男さんたちがやってきた参加型学習など、目の前の生徒を良くしようということで現場から生まれた多くの実践があります。それらと、講義動画や、完全習得学習を可能にするシステムなどのテクノロジーが組み合わされば、自分たちの環境にあった日本型の反転授業も生まれてくると思いますし、すでに生まれてきていると思います。
反転授業は、どのようにすると普及していくのか?
――あなたの話にもでてきましたが、反転授業をやったことがない人は、反転授業は難しいのではないかと考えがちだと思います。でも、実際にやってみるとそうでもないというのも事実です。反転授業が広まるためには、どうしたらよいと思いますか?
新しいやり方がよいやり方だと納得させるために、テストのスコアを上げたり、態度を改善した入りすることが効果があると思います。
親は、子どもたちによい点数を取らせたいから、もし新しい方法で、そのような結果を出すことができるのであれば、それを導入したいと思うはずです。
もし、親のニーズと教師のやりたい方法とが合わさるとパワーになるということを、UKの教師とも話していました。
朝、スカイプで話していたUKの教師のところでは、反転授業の本を読んで導入したいと思っていた教師に対して学校の理事長や親などからのサポートが得られて、パワーになったと言っていました。
その後、UK政府から許可を得て、UK全体の中の14個の学校で導入できることになりました。今、学習データとリサーチをしているのですが、よい結果を得ています。
それは、UKでの方法ですが、日本でも同じようなやり方でやる必要があるのではないでしょうか?
反転授業を広めていくということを考えたとき、「父母の理解を得る」ということが、同じように重要なポイントになりそうです。目に見える結果を出してエビデンスを出して、父母や理事、投資家などを納得させていくということに戦略的に取り組んでいくということも、今後、必要になってくると思いました。
反転授業での教師の役割
バーグマンさんたちの反転型完全習得授業では、教師は、動画、Moodleの習得度テストなどと並び、生徒が主体的に学ぶための学習環境の1つになります。生徒の様子を見回りながら、生徒がより深く学べるように形成的評価をしていくのです。生徒は、動画を見て、「意味のある質問」を教師にすることを求められます。それが、とても興味深いと感じたので、質問しました。
――バーグマンさんが反転型完全習得授業をやっていたクラスの生徒数は何名ですか?
33-4名です。
―― すべての生徒があなたに順番に質問するんですか?
全員が同じことをやっているのではなく、ビデオを見ている生徒がいたり、実験をやっている生徒がいたり、課題をやっている生徒がいたり、Moodleでテストを受けている生徒がいたりします。
教師はクリップボードを持っていて、生徒の様子を見回って、各生徒に声をかけます。生徒は教師に意味のある質問をします。アロンは、クリップボードに生徒の質問を書いています。多くの生徒が同じ質問をするときは、集めて説明したりしています。
生徒がした質問は、後でコンピューターに入力しておきます。
バーグマンさんは、画面を共有して授業風景を映した動画を見せてくれました。そこでは、PCが置いてあるコーナーや、化学実験をやっている机、レポートを書いている机などがあり、生徒は別々のことをやっていました。PCで動画を見ている生徒もいれば、Moodleで習得度テストをやっている生徒もいました。下のキャプチャ画像では、手前の生徒は化学実験をやっていて、奥のスペースでは、動画を見たり、Moodleで習得度テストをやったりしています。
―― 何をやるかは、生徒が選べるんですか?
普通は生徒たちが選べるんですが、教師が指示をするときもあります。
―― 教師に説明するということは、生徒の学ぶ態度を改善すると思うのですが、いかがですか?
生徒たちが質問するのは、私がやってきたことの中で一番よいことかもしれない。生徒たち全員に少なくとも1つの質問をするようにと言っています。
生徒たちは、深い質問をしないときもあります。単に私が説明したことを繰り返すことに慣れていましたから。でも、やっていくうちに、意味のある質問ができるようになってきた。なぜなら、私は、どうやって考えるのかを教えていたからです。
―― 教師が生徒に確認のために質問するというのは普通ですけど、生徒が教師に必ず質問するというのはもっとアクティブなスタイルですよね。
私とアロンは、クリップボードを持って回っていて、課題を終えた生徒に、「あなたは、何を理解したのかを説明してください」ということがあります。生徒の中には答えられない人もいて、その場合は、もう一度ビデオを見るように指示したりしています。
たとえば、重力について教えているとします。生徒に質問すると、物がポトッと落ちるのが重力だと回答したりします。でも、実際には2つの物体が引き合うのが重力ですので間違いですよね。生徒が私に質問するときもあるし、私が生徒に質問するときもあります。
たとえば、「重力とは何か」というような本質的な質問を生徒に質問していたりしています。
私は、サイエンスの教師なので、生徒にとって、概念を理解するのが難しいことを知っていますからね。
―― もし、生徒が「ビデオを見て、自分は完全に理解したから質問がない」と言ったときはどうするんですか?
たとえば、「何を理解したのか説明してください」とか言ったりする。そういうことを言う生徒がよくいるので、それに対して言うことが100くらいあります。
ビデオに出てきたことについて、もっと詳しい質問をします。たとえば物理だったら、たくさんの質問があります。
「サッカーボールは、どうやってカーブする?」
サイエンスは、ビデオの中の知識をどうやったらもっと拡張できるのかということを教師がいくらでも考えることができますから。
天文学も同じで、生徒に聞く質問をいくらでも考えることができます。
次の日、生徒に質問しようと思ったことの答を自分が知らないこともあります。そういうときは、インターネットで調べたりしています。
インターネットに接続しているスマートボードを使って、その場でインターネットで調べることもあります。生徒は、それを見て、どのように調べればいいのかを学ぶことができます。
生徒たちがiPadで調べていて、うまくいかないときは、私が行って、生徒のiPadで調べてみせることもあります。そこで、調べ方を教えるんですね。
バーグマンさんとの話をきっかけに、「意味がある質問をする」ということが、どういう効果を生み出すかということを考えているときに、「すべての探究学習は、よい問いから始まる」という言葉と出会いました。最初は、生徒の疑問点に教師が回答して回っているということなのかと思ったのですが、疑問点を解決するよりももっと大事なことは、疑問を手掛かりに探求していくことを学ぶことであり、教師の役割は質問に回答することよりも、探究をガイドすることなのではないかと思います。バーグマンさんの授業では、教師がまさにそのような役割を果たしているのです。
反転授業は、教師のやる気を引き出す
――生徒との有意義な交流は、教師のやる気を引き出す効果を持ちます。僕は、予備校の大教室で講義をしていたころ、5-6年もすると自分の講義スタイルが固まってしまい、それを反復するのが苦痛になってきました。しかし、アクティブラーニングスタイルにすると、毎回、目の前で新しいことが起こり、様々な気づきが生まれます。授業改善に限界がなく、教える喜びが増してきました。バーグマンさんの場合はいかがですか?
そういう話をいろんな先生から聞きました。先生の中には、教師を辞めようと思っていたけど、反転授業をできるのなら、辞めずに続けようという人もいます。
先週、32年教えていて引退しようと思っていたけど、反転授業のことを知ってもっと続けようと思ったという先生に会いました。
反転授業が、生徒のためだけでなく、教師のためにもなるということが、重要なポイントだと思います。教師と生徒の人間的な交流は、教師の喜びです。その時間を多くとることができるというのは、教師と生徒の両方にとってよいことなのです。
Flipped Learning Networkについて
――Flipped Learnng Network(FLN)について教えてください。
FLNはNPOで、私は、多くの人が反転授業をするのを手助けしようということでやっています。25万人の教師のグローバルネットワークです。いろんな国で会議をやろうとしています。10月にはオーストラリアで会議をします。3月にはUKで会議します。そんな風にいろんなところで会議をします。
もしかしたら、韓国や台湾でやれないかと検討中です。スペインでも会議をしようとしています。日本でも会議をする人を見つけなければいけません。日本で会議をするときは、あなたのように関心のある人たちを集めなければなりません。トレーニングのプログラムをすることもできるかもしれないし、トレーニングを受けた人が教える側に回ってトレーニングをすることもできるでしょう。そうやって、どんどん輪を広げていけたらと思っています。
――いつFLNがはじまったんですか?
3年前です。
――わずか3年で25万人に増えたんですね。FLNは、あなたの考えや生活を変えましたか?
はい。人生の一部を変えました。私は今は、教室で教えていません。反転授業はよいものだと思うので、もう一度、教室で教えたいという気持ちがありますけど、今は、いろんな国に行って話をしています。
各国にいるすばらしい教師たちに影響を与えたり、反転授業のことを学んだ教師たちは、以前は120名くらいでしたが、その教師たちがやり方を、さらに伝え、今は、たくさんの教師たちが反転授業をやっています。
それは、私の人生を変えました。
―― 私は、Facebookグループを運営しているので、どうやって25万人のオンライングループが出来上がったのかにとても興味があります。3年前は、あなたは普通の教師で、オンライングループを運営するノウハウを持っていなかったと思います。どうやってここまで成長させたのですか?
1つは、もっと人を誘っていくと、もっと価値が増えていくということです。あなた一人だけがリーダーではなくて、サブリーダーがいて、他の人の質問に回答していくとよいと思います。Facebookがよいインフラかどうかは分かりません。その理由は、サブグループに分けられないからです。数学の教師のグループや、サイエンス教師のグループも同じかもしれません。
そのシステムは何かは分かりません。今、25万人で使っているシステムは、そんなに使いやすくないので。
オンライングループはスタートして3年立ちましたが、いまだに、何を使ったらいいのかを探しているところです。
今使っているシステムは、教師にとってインタラクティブではないんです。
―― オンライングループをどのようにして持続可能にしているのですか?
私たちのグループでやったのは、3-4人の司会者を置いたことです。司会者の役割は会話を続けることです。たとえば、数学に詳しい司会者は、数学のオンラインの部屋で会話を仕切っています。サイエンス部屋、小学校部屋なども同様です。
だから、もし、サブグループがあれば、会話がもっと簡単に続けられると思います。
運営者は、司会者へお金を払うようにしていて、労力に報いています。
―― 運営に必要な費用は、どこから得ているのですか?
スポンサーからお金を得ているので、司会者にお金を払ったり、システムへ投資したりすることができています。また、会議の参加費もお金を生み出しています。
プラットフォームをどうするかという問題は、バーグマンさんもまだ答が見えていないということで、今後、試行錯誤を共有していきたいと思いました。「反転授業の研究」では、メンバー数が1000名を超えたあたりで、分科会が作れるプラットフォームがあったほうが良いのかと思い、「反転授業の森」を作りましたが、うまく機能していません。一方で、FLNとの違いは、教師以外の属性の人がグループ内に数多くいて、様々な視点を持ち込んでくれるという点です。早い段階から「集合知」というものがキーワードになっていたので、「多様な人たちが対話すること」を重視していて、分科会という考えがフィットしないのではないかという思いもあります。
リーダーとサブリーダーが、様々な質問に回答していくというシステムも、情報の一方向的な流れを生み出しそうな気がしていて、それよりは、現在の「後押しシステム」のように、支援型リーダーが次々と生まれてくるような仕掛けを考えていくほうが、「反転授業の研究」のコンセプトには合うような気がします。
FLNはスタートして3年、「反転授業の研究」は2年です。まだまだ試行錯誤の時期だと思います。
この仕事は、神様がくれた使命
シカゴの周辺部で化学の教師をやっていたバーグマンさんは、今や、世界を飛び回って反転授業の普及に努めています。今、バーグマンさんは、いったい何をめざしているのでしょうか。うかがってみました。
―― バーグマンさんのゴールは何ですか?
私たちは、スーパーヒーローではなく、世界を変えようと思っていたわけではありませんでした。でも、それが起こりました。
私は、ゴールがあるかって分かりません。ただ、一つだけシンプルなゴールがあります。子どもたちは、このやり方で本当に学ぶことができるということです。それと、このやり方は、先生と子どもたちの関係をよくします。もし、ゴールがあるとすれば、人々の関係をよくしたいということです。生徒と先生、生徒同士、先生同士。他にゴールはないと思います。
これをはじめたときには、こんなに広がるとは思いませんでした。これは、私たちの使命だと思います。これは、神様がくれた仕事だと思います。
ただ、先生たちを手伝いたいと思っています。このことに、とても興奮しています。
大きいゴールということじゃないです。
―― 僕は、動画を使って学び合いの授業をしていて、受講生が自分だけのために学ぶんじゃなくて、一緒に学ぶ人の役にも立とうとして行動し始めると、一人じゃ学べないこともチームで学べるようになるということを経験しました。そして、それが受講生の自己肯定感を上げることに繋がるのだということに実感して、これが広がっていけば、人と人とのつながり方が変わって、世界が変わっていくのではないかというイメージが湧きました。
これは、未来を変えられると思います。
そのことに興奮しています。
私は、楽観主義者だから、このやり方がうまくいくと信じています。
僕は、教育業界の主流とは遠く離れた地方の予備校講師をやっていて、それが、「反転授業」に関わるようになり、周りから助けてもらっていつの間にかいろんな活動をするようになりました。バーグマンさんとはグループの規模は違いますが、自分の力ではなく、時代の大きな流れに押し出されてきたというような感覚があり、使命感も感じています。だから、バーグマンさんの「神様がくれた仕事」という言葉は、とてもよく分かるような気がしました。
教室で生徒が十分に学べていないという課題は、テクノロジーの発展により、気がついたら、その課題の解決方法が、身近なところに存在していて、発見される のを待っていたのです。その課題に切迫感を感じていたのは、「中央」の恵まれた環境の学校ではなく、「周辺」の学校であり、だからこそ、「周辺」にいた バーグマンさんたちによって「発見」されたのではないかと思います。
バーグマンさんが化学を教えていた学校は、資金が潤沢ではなく、設備もあまりよくない学校でした。その中でバーグマンさんたちは、身近にあって使えるものを使い、自分たちで工夫を凝らして反転型完全習得授業を実現しました。だからこそ、それが、多くの学校が共通して抱える問題を解決するモデルとなりました。
教室の主役が教師から生徒へと「反転」するパラダイムシフトの動きは、目の前の生徒の学びを改善しようとして工夫を凝らしている教室からこそ生まれるような気がしています。そして、ごく普通の教師たちが、それぞれの教室で、目の前の生徒たちのために行った試行錯誤がシェアされていった結果、多くの教師たちにとっての解決策となるような方法が見つかるのではないかと思います。
バーグマンさんの物語は、ボトムアップの動きを生み出そうとしている僕たちに、力を与えてくれるものでした。
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