小林昭文さんの『アクティブラーニング入門』を読んで

アクティブラーニングの実践者であり、伝道者である小林昭文さんの著書『アクティブラーニング入門』を読みました。

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小林さんと出会って、アクティブラーニングに目覚め、小林さんのやり方を参考に実践を積んできた僕としては、改めて自分がやってきたことを理論的な枠組みの中で位置づけるよい機会となりました。

小林さんとの出会い

小林さんとの出会ったきっかけは、僕が反転授業のやり方を模索していた2013年の夏、小林さんのブログ

授業研究AL&AL

を見つけたことでした。そこに書いてあったメールアドレスにメールを送り、スカイプでお話をすることができました。

さらに、小林さんが「反転授業の研究」に参加して下さることになりました。

小林さんのブログには、日本の教育システムが工業化社会の労働者を育成するためにどのように機能しているのか、学校教育の中の様々な「ヒドゥンカリキュラム」が、従順で忍耐強い労働者育成にどのように関わっているのかということが分かりやすく書いてあり、21世紀の知識基盤型社会においては、誰もが自分で考えていくことが必要で、21世紀に生きていく力をつけるためにアクティブラーニングが必要なのだと主張していました。

それまで予備校で物理を教えてきた僕は、そのようなことを考えてこなかったので、大きな衝撃を受けました。同時に、自分自身の中にも日本の教育を受けてきた中で刷り込まれたマインドセットがあり、その存在を明らかにしていくことで、マインドセットを変えて、自分をもっと自由にしていきたいと思いました。

アクティブラーニングや反転授業に取り組む本当の意味を理解したことで、この活動に対する軸が定まり、それが、今の活動へと繋がっています。

小林さんとの出会いは、「反転授業の研究」の活動の起爆剤にもなりました。第1回のオンライン勉強会で、

小林昭文さん(産業能率大学教授)

横山北斗さん(関東第一高校教諭)

芝池宗克さん(近大附属高校教諭)

の3人にお話しいただくことにして準備を進めていたところ、佐賀の武雄市での反転授業が始まり、NHKなどで「反転授業」が報道されたことで、オンライン勉強会に110名の方が参加して下さいました。それをきっかけに、活動が盛り上がり、2年たった今では3000名を超える活動的なグループへと成長しました。

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とりあえず真似しやすい「小林流」アクティブラーニング

小林さんのアクティブラーニングの方法の特徴として、「とりあえず真似しやすい」という点が挙げられると思います。

それは、授業形式がいつも一緒で、その形式の中のいくつかの要素が、どのような役割をしているのかを明確にしてくれているからです。

第2章 AL型物理授業の概要

で図示しているように、小林さんの授業構成は次のようになっています。

①学習内容の説明(15分間)

(1)パワーポイント&プリント配布

(2)インタラクティブ・インストラクション

②問題演習(35分間)

(1)問題と解答・解説プリントを配布

(2)ピア・ラーニング

③振り返り(15分間)

(1)確認テスト

(2)相互採点

(3)リフレクション・カード記入

授業の最初には、必ず次のことを確認します。

目的 ・・ 科学者になること

目標 ・・ 科学的対話力の向上

態度目標(ルール) ・・ しゃべる、質問する、説明する、動く(立ち歩く)、チームで協力する、チームに貢献する

僕の実践は、小林さんのやり方を真似するところから始まりました。

最初は、それぞれの要素がどのような意味を持つのか、なぜ必要なのか腹落ちしないままで進めていったのですが、そうするとうまくいったり、いかなかったりしました。

自分なりにアレンジして、目的、目標、態度目標を、毎回言わなくてもいいだろうと思って省略したりもしました。
 
しかし、その頃読んでいたワールドカフェの本に、場を創る上でグランドルールが重要だということが強調されていたのを読んで、

「あぁ、目的、目標、態度目標は、対話におけるグランドルールの役割を果たしていて、教師が権威をふるって生徒をコントロールする代わりに、グランドルールがあることで授業が成り立つ仕組みになっているんだ」

と気づきました。

グランドルールの重要性に気づいたことによって、それ以降、グランドルールの確認を省略することは無くなり、グランドルールの設定の仕方を自分なりに工夫するようになりました。
 
こんな感じで、実際にやってみて、失敗して、気づいて、それぞれの要素の意味や機能についての理解が少しずつ深まっていったという感じです。

小林さんの授業の構造は、長年の実戦によって実践的に生み出されているものなので、それぞれの要素に意味があって、そのような形になるまでの試行錯誤の歴史が背後に蓄積しています。

それは、すぐには分からないのですが、自分が実践をしながら、各要素の意味を考えていくと、自分の理解度に応じて、後からじわじわと理解が深まっていく感覚があります。

小林さんの授業を変えた3つの感想

「先生に教えてもらうよりも自分で分かる方がうれしい」

「友達になら質問できる」

「友達に教えるともっとよく分かる」

は、僕の授業でも出てきました。

自分の生徒から聞くと、大きなインパクトがありました。それによって、自分の中での確信が深まり、この3つの活動がもっと活発になるようにするにはどうしたらよいのだろうかという工夫が始まりました。

今回、何かヒントはないかと思って、この本を読むと、ちゃんとヒントが書いてあるのです。

この本は、自分の理解度に応じて、様々なものを返してくれる本なので、一度読んで終わりというタイプのものではなく、傍らにおいて、時々読み返していくような本だと思いました。

 

授業改善の意義と背景

第3章では、スタンフォード大学メディカルスクールの「講義は時間の浪費ではないか?」という意見が紹介されていました。

小林さんは、「生徒同士の話し合いの時間」を確保するために、パワーポイントのスライドで説明時間を15分に収め、プリントを配って板書を書き写す時間をゼロにしてきたので、この意見に賛成だと書いてありました。

長年、予備校講師として講義を「商品」として生活してきた僕にとって、それが時間の浪費であるということを認めるのは、数年前であれば難しかったかもしれませんが、講義を動画化し、アクティブラーニング型の授業を実践してきた今となれば、知識のインストールは動画で行ったほうが合理的だなと感じています。

反転授業は、小林さんがパワーポイントを使って15分間で行ってきた説明を、動画によって授業時間外に出して、さらに「生徒による話し合いの時間」を増やそうという試みです。

それらは、「生徒による話し合いの時間」に最も大きな価値を置くという点で、同じ考えに基づいています。

反転授業では、教師の役割が、「壇上の賢人」から「学習者に寄り添う導き手」へと変化します。

生徒が教師の顔色をうかがっていては、生徒が主体的に学ぶことが難しくなります。そこで、教師が権威を手放して、関係性をフラットにしていく必要があります。しかし、教師が一方的に説明し、生徒が黙って話を聞くという関係は、教師が生徒を上からコントロールしていくという関係性と結びつきやすいわけです。

アクティブラーニングが機能するために、「教師が権威を手放す」というのは大きなカギを握っていて、反転授業では、講義を動画にするというのは、知識のインストールと権威とを切り離すという効果を持ちます。

小林さんは、パワーポイントとプロジェクターを使い始めたときにリモコン付きのプロジェクターを使っていて、これによって自動的に「教壇から降りた」のだそうです。その結果、生徒たちとフラットで対等な関係に近づくことができたのだそうです。

小林さんが、「生徒たちとのフラットな関係」ということを大事にしていたということを読んで、改めて、反転授業におけるグランドルールと動画の役割を見直すことができました。

 

アクティブラーニング型授業の始め方

第4章 アクティブラーニング型授業の始め方 を読んで、小林さんが4種類の研修会プログラムを開発していたということを初めて知りました。

A 入門講座 = 始めるきっかけを作る

B 技術向上講座 = 授業の質を上げる

C 組織開発講座 = 組織的に取り組む方法を知る

D アクションラーニング研修 = 個人の学習力を高め、学習する組織を作る。新しい概念に基づくリーダーシップ・スキルのトレーニング

 

実は、昨年、「反転授業の研究」が運営、小林さんが講師で「アクティブラーニング実践者のためのスキルアップ講座」というワークショップ型のオンライン講座を実施しました。

この本を読んで、それが、

B 技術向上講座 = 授業の質を上げる

の研修会をオンラインで実施したものだったのだということを、今回、知ることができました。

ということは、まだまだ、A、C、Dが残っているぞ!ということで、ワクワクしました。

小林さんの活動を拝見していて、いつも思うのは、実践と理論のバランスの良さです。

理論に現実を当てはめていくのではなく、まずは、実践で試行錯誤を行い、そこで生まれた気づきをもとに、さらに発展させていくために理論にヒントを求めていき、そのヒントをもとに実践していくというサイクルが、そのバランスの良さを支えていると感じていました。

今回、「コルブの経験学習モデル」のことを知り、謎が解けたような気がしました。

能動的な試み → 具体的な経験 → 内省的な観察 → 抽象的な概念化 → (再び能動的な試み)

というサイクルを回していくことが「学習」であり、その継続が「成長」だというのです。

小林さんの実践は、生徒の頭の中でこの学習サイクルが回りだすようにするのと同時に、小林さん自身の中でも同じサイクルが回り、授業に対する理解が深まっていくというものなのではないかと思いました。

コルブの経験学習のサイクルを回すという具体的なイメージを持ち、それを中心に据えることで、授業の工夫がしやすくなると感じました。

安心安全の場つくりの重要性については、この2年間、失敗を通していろんなことを体験的に学んできました。

・自己紹介の重要性

・穏やかに話すことの重要性

・年齢や性別にかかわらずフラットな関係性を確保すること

などが本当に重要だなーと感じていていたところ、小林さんの本の中でもこれらが登場し、やってきたことは間違っていなかったのだと確認することができました。

 

「科学者になる」との対話

第5章では、小林さんの高校物理の実践が具体的に紹介されています。

物理以外の授業にも応用が利く、一般的な工夫が散りばめられていて、まさにノウハウの宝庫になっています。

アクティブラーニングを実践し始めた人が、この章を読むと、そのときの理解度に応じて、いろんなヒントが得られると思います。

僕も、授業実践でヒントがほしいときは、第5章を中心に読み直すつもりです。

 

小林さんの実践を真似てアクティブラーニング型の授業を始めたときに、「科学者になる」という目標が、どうもしっくりきませんでした。

それで、この目標を自分の授業に掲げることができませんでした。自分の中で消化できなかったものを、生徒に掲示することが出来なかったのです。

でも、それから2年間、ずっとこれが気になっていて、「どう捉えたらよいのだろうか?」ということを、折に触れて自問自答していました。

理解を深める1つのきっかけになったのは、立命館守山高校の倉本龍さんに「科学史を学ぶ意味」というテーマでイベントをやっていただいたことです。

倉本さんは、やはり、「科学者になる」ということを掲げていて、

「科学者になるためには、科学者の思考を知る必要があるから、歴史を学ぶことが大切だ。」

「科学者の思考ができれば、問題だって解けるはずだ。」

ということをおっしゃっていました。

これを聞いて、受験勉強に動機づけられている生徒に対して、「科学者になる」という目標を掲げる1つのきっかけを得られたと思いました。

今回、『アクティブラーニング入門』を読んで、さらに大きな気づきがありました。

このように書いてありました。

ここでいう「科学者」とは職業のことではありません。科学的な考える力を持った大人になって欲しいという願いです。

では科学者は何をしているでしょうか?

(中略)

分からないことを本などで調べる

他の科学者に質問する

難しいことを分かりやすく人に教える

入門的な講義をする

チームで研究する

世界中の科学者と協力する

だから・・・

私たちもこれを見習いましょう!

科学者がやっていることを授業中にやりましょう。

それを通して物理の知識を身につけましょう。

これを読んで、小林さんが、どのような思いで「科学者になろう」を目的に掲げているのかがようやく分かりました。

キャリア教育、生きていく力を育てることと、授業とがどのように結びついているのか、疑問が氷解しました。

教育や授業について、様々なことを考えて、試行錯誤した末にたどり着いた結論を、「科学者になろう」という一言に象徴させているのだということが分かりました。

僕が、同じ言葉を使うかどうかは分かりませんが、このくらいパワフルな言葉を目的として掲げたいです。

教師が上に立つのではなく、生徒と教師が共通のビジョン「科学者になろう」を掲げることで、いっしょに協力していくことができるのだと思いました。

 

質問による介入

小林さんのファシリテーションの特徴の1つが、「質問による介入」だと思います。

この方法を知ったとき、ちょうどワールドカフェについて学んでいて、「パワフルな問いを作るためにはどうしたらよいか?」ということを考えていたため、質問をすることって大事だけど、難しいなと感じました。

オンライン講座の準備実験として、オンラインで小林さんをコーチとしたアクションラーニング(質問会議)を実施してもらい、この方法が、気づきを促す質問によって、心の奥を掘り下げていくことができるのと同時に、質問スキルを磨くことができるすばらしい方法だと感じました。

それ以来、質問による介入を、試行錯誤しながら取り入れているのですが、 グループワークについて③「質問による介入」の効果 の節を読んで、大きな気づきがありました。

それは、コルブの経験学習モデルにおいて振り返りのきっかけを作るのが質問だということです。

教師が、生徒の頭の中の学習サイクルをイメージしていて、サイクルが止まっているときに「質問による介入」を行って、「体験する」→「振り返る」とステップを1つ進めて、学習サイクルを回してあげることができるのだということが分かりました。

これも、学習サイクルのイメージが土台にあるからこそ、適切なタイミングで、適切な効果を生み出せるのではないかと思います。

 

振り返りのタイミングで『アクティブラーニング入門』を読む

この本を手に取る人の多くは、教師なのではないかと思います。

一度、この本を読んだら、部分的でも、5分間でもいいから、何かのチャレンジをしてみるとよいと思います。

僕も、5分間だけ学び合いの要素を授業に入れたことがきっかけでした。

体験をしたら、もう一度、この本を読んで振り返ってみてください。多くのことに気づくと思います。

そしたら、その気づきをもとに、もう一度計画して、チャレンジしてみてください。

僕たちも、コルブの学習サイクル

体験する → 振り返る → 気づく → 再計画する → 再び体験する

を回しながら学んでいきましょう。

この本は、振り返りをするときに、傍らにおいておくのに最適です。

そのとき、そのときで、異なる顔を見せて、何かを気づかせてくれると思います。

 

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