学外の人がどのように授業に関わるのか1—授業協力者(Creative Team:略称CT)という役割—学外から授業に関わる人たち
田原です。こんにちは。
未来は不確定なものです。
未来に対する不安をベースにすると、リスクを下げるために不確定要素を少なくしようとして管理に走ることになります。
一方、希望をベースにすると、可能性を広げるためにオープンにすることができます。
今、僕が考えているのは、生活の糧を確保して、リスクを管理しつつ、できるだけ希望をベースにしてオープンにしていくことができないのかということ。
オープンにしていくことに対して、非難されるのではないかとか、大きな不利益を被るのではないかとか、いろいろな心配が頭をよぎりましたが、実際にオープンにしてみると、助けてくれる人が現れて、自分だけでは解決できなかったことを解決することができました。また、その共通体験を通して、「オープンにしていく」ことに対する価値をシェアすることができました。
京都精華大学の筒井洋一さんは、大学の授業をオープンにして、学外の授業協力者を募集したことで、未来へつながる可能性を見えてきたのだそうです。
僕は、筒井さんの取り組みに未来への希望を感じています。
筒井さんからのメッセージです。
学外の人がどのように授業に関わるのか1
—授業協力者(Creative Team:略称CT)という役割—学外から授業に関わる人たち
私の授業では、授業を完全に公開しています。同時に、学外の方に、教員と一緒に、15週間ボランティアで授業を創る役割を担ってもらいますが、彼らのことを授業協力者(Creative Team:略称CT)と呼んでいます。いろいろ文献を調べてみましたが、授業内に教員と学生以外に、教員から独立した役割を導入した事例は他にはないようです。
私の授業でCTさんは何をするのかと言えば、教員がやっていることのほとんどをします。たとえば、授業準備として翌週以後の授業指導案(コマ・シラバス)を作成し、当日準備をしてから授業を担当し、授業後の振り返り会に参加し、翌週の授業準備をします。授業では、複数いるCTさんの誰かがメインファシリテーターとなり、他のCTさんがそれ以外の役割を担います。私は、授業始めに今週の授業の位置づけを説明し、新しく来られた見学者を紹介しますが、それ以外は教壇から降ります。かといって、授業を担当するのは、正式に承認を受けた教員でないといけないという規定があるので、かれらがやろうとすることは私がすべて把握して、私の承諾を得ています。
簡単に言うと、教員とCTさんがチーム・ティーチングで教えています。しかも、CTさんは最低でも3名ですから、4名のチーム・ティーチングです。大学の授業は、教員一人の聖域であって協働することはまずありませんから、その中では異色の取り組みです。
2013年前期からCTさんの募集を始めましたが、13年前期3名、後期4名、14年前期6名、後期4名の方に担当していただきました。職種としては他大学学生・院生10名、社会人7名、年代は20歳〜30代半ばです。男性が少し多いですが、女性も毎期必ずおられます。従事時間は、だいたい半日です。彼らは教員と同じような授業担当者ではなく、学生の学びの同伴者になることが望まれています。教壇で授業を進めることもありますから、学習者からは教員の代わりと見られがちですが、そうではなくどれだけ学生に寄り添えるのかが岐路になっています。
実は、このことを教えてくれたのがこの授業に強い関心を持っていた学生でした。2013年前期授業の第3週頃、授業前に教壇近くにいた私の所にやってきて、「筒井さん、気づいたこと言っていいですか? CTさんは学びの同伴者だと言っていたけど、彼らは学生の近くではなく、教壇の近くにいるので、筒井さんの補佐と見られかねないと思います」と言ってくれた。この意見を聞いて、われわれはCTさんが学びの同伴者になるために、学生のそばにいつもいることを徹底しようと決意しました。
学生とほぼ同世代のCTさんであっても、学びの同伴者になるのはなかなか難しいのですから、教員にとってはさらに難しいと思います(私はあまり得意ではありません)。しかし、これができると、授業自体が劇的に変化します。これからの教育は、大学に限らず、どの現場でも、学びの同伴者になることとそのコミュニティーを創ることが大切なのだと思います。
授業の動画は以下から見られます。
みなさんは、学びの同伴者として学習者に向き合っていますか?
2月17日勉強会では、こうした実践について話していきたいと思います。
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