Evidence Based Education 研究会代表 森俊郎さんインタビュー
「反転授業の研究」の田原です。
僕が専門的に学んできたのは、自己組織化のプロセス。「反転授業の研究」でも、ICTを使って主体的な学びについての知恵が、対話を通して自己組織化されていくことを目指しています。
ところで、自己組織化的なプロセスが起こって集合知が生まれていくために必要な条件は、
(1)グループ内のコミュニケーションがオープンでフラットになっていること。
(2)実践を共有し、公平に評価していく仕組みがあること。
の2つではないかと思います。
グランドルールを定め、多くの方がそれを体現してくださっていることで(1)オープンでフラットなコミュニケーションは、かなり実現されていると感じています。
しかし、(2)実践を共有し、公平に評価していく仕組みという点では、どこから手を付けたらよいのか見えてきていないという状況です。
様々なバイアスがかからないようにして、公平に評価される仕組みがあってこそ、どんな実践が本当に効果があったのかを知ることができ、改善につながっていきますし、正当な評価がされることが、実践者のモチベーションを高めていくことにつながると思います。
この部分をどのようにデザインしていくのかというのは、集合知を得ていく上でとても重要なポイントだと思います。
Evidence Based Education 研究会代表の森俊郎さんは、一貫して「エビデンスに基づく教育」に取り組んでいらっしゃいます。森さんの取り組みは、「実践を共有し、公平に評価していく仕組み」を作るために大きなヒントになるものだと思い、お話をうかがいました。
エビデンスに基づく教育とは何か
―― 森さんがやっていらっしゃる「エビデンスに基づく教育(Evidence Baced Education) 」とは、どのようなものなのですか?
自分は、エビデンスと教育を結び付けるということをやっています。同じような問題意識を持つ仲間と研究会をやっています。
日本の教育界ではEvidence-Basedということは、ほとんど言われていません。『教育とエビデンス ―研究と政策の協同に向けて』という本が2010年に出版されたのが始まりで、教育におけるEvidence-Bacedとは何かということで、実践と研究を進めています。
個人の勘や経験だけじゃなく、数字や質的調査、研究に基づく授業分析だとかを行って、どういう風にしたら、より広がりが持てる客観的な知見を得られるかということに取り組んでいます。
I think型の授業研究会じゃなくて、私がこう思うからという思い込みじゃなくて、本当に子どもにとって何だろうなというところでやっていくようなものです。
なかなか言い表しにくいのですが、研究の研究みたいなものでしょうか。
森さんの授業研究会に対する発言から、研究と実践の場が連携していくことで、もっと教育全体がよくなっていくのにそうなっていないという歯がゆさのようなものを感じました。
森さんは、研究と実践の連携というテーマにどうして関心を持つようになったのでしょうか?
そのきっかけをうかがいました。
理論と実践の両方が大事
―― 森さんがエビデンスに興味を持ち始めたきっかけは?
大学生のときに遊びすぎて教員採用を受け忘れてしまって、もっと勉強してから教師にならなければ出会うことになる生徒に申し訳ないという思いで大学院に進んだんです。大学院生のときに不登校やいじめの問題をテーマに研究をしていました。
午前中は所謂荒れている学校に派遣されて、午後は大学院に戻って研究するという生活でした。大学院でカウンセリングやアクティブラーニング、協同学習などを学ぶという生活をしていたんです。
午前中に通っていた学校は、生徒から首元にナイフを突きつけられるようなところで、大学で教育理論を学ぶよりも護身術を学んだほうがいいんじゃないかというような状況でした。
その経験から、教育における理論と実践とは何なのかということを考えるようになりました。
そして、実践だけじゃなく、理論だけじゃなく、実践と理論の両方が連携していくことが重要だと考えるようになりました。
学校現場に出てからも、理論と実践の両方が大事だという大学の先生も現場の先生も両方いるんですけど、その具体がなかなか見えてこなかったんです。
それで、行きついた先が「エビデンスに基づく教育」だったんです。
その経緯から、EBMを勉強したりとか、海外はどのようになっているのかなということでアメリカやイギリスの教育について学ぶようになりました。今は、ロンドン大学の客員もやらせていただいています。
―― エビデンスに基づく教育は、海外ではすでに行われているのですか?
はい、そうです。例えばイギリスでは、いろんな教育実践の文献とかがありますけど、英語圏ではそれこそ山ほどあるわけです。
いろんな情報が飛び交う中で、システマティックレビューと呼ばれるすべての情報を集めて、ある基準を設けて1つのレポートのような形にまとめるというものがあるんです。
教育実践のための情報サポートシステムとして提供している会社があったり、政府機関があったりするわけなんです。
医療の分野では、「エビデンスに基づく医療(Evidence Baced Medicine :EBM)」というものがあります。「科学的に証明された根拠に基づいて医療を行う」というものです。EBMが誕生した背景には、勘や経験、精神論に基づいて医療を行ってきた歴史があって、そこから脱却していくためにエビデンスの重要性について言及されるようになってきました。
同じことが教育にも言えると思います。「エビデンスに基づく教育(Evidenced Baced Education : EBE)」は、EBMのフレームワークを利用して、科学的に証明された根拠に基づいて教育を行うことを目指しています。
医療のほうでは、Evidence Bacedでやるためにはどうしたらよいかということで、5ステップという手順があって、この5つのステップで組んでいくといいよというものがあるわけなんです。
今、研究会では、5ステップに基づいて実践を各自が繰り返して、作り上げているという段階です。
―― 5ステップとはどのようなものですか?
5ステップは、PDCAサイクルによく似ていると言われています。
これは、「エビデンスに基づく医療(Evidence Baced Medicine :EBM)」の5ステップです。
Step1 問題の定式化
1.患者の問題をカテゴリに分類
2.患者の問題をPatient, Exposure,Outcomeの3要素に定式化
3.患者中心のOutcomeの設定Step2 情報収集
1.情報源の種類と特徴
2.適切な情報の検索Step3 批判的吟味
1.治療の論文の批判的吟味
2.治療効果を表す指標と特徴Step4 患者への適応
1.論文と実際の医療環境の違いを指摘できる。
2.論文の内容を患者に説明できる。Step5 中止と継続
1.うまくいかない場合は、そのプロセスを一旦中止
2.中止して、次の問題に取り組む。このフレームで、患者→生徒、治療→教育、というように読み替えていったものが、EBEのフレームになります。
―― 5ステップとPDCAサイクルとの違いは、どこにありますか?
5ステップは簡単です。あと、5ステップにには、第3者からの評価があるというところが特徴です。
自分自身の評価、自分の実践への振り返りですね。こちらの参考文献が参考になると思います。
大学院生のときに感じた問題意識から、エビデンスに基づく医療(EBM)や、アメリカやイギリスの状況についての調査へと広げていったのですね。そして、森さん自身が、研究能力を備えた教師として授業実践を積み重ねていきます。森さんが信じる「これからの教師のあるべき姿」を自分自身が体現していくところが素晴らしいです。
森さんの活動は、そこからさらに広がり、同じ問題意識を持つ仲間を巻き込んで研究会を立ち上げます。
Evidence Based Education研究会を立ち上げる
―― Evidence Based Education研究会を森さんが立ち上げられたのですか?
はい。6年前から。こんどで第12回です。
―― 研究会をやっていく中で、どのようなことが起こっていますか?
まだ、成果よりも課題のほうが多いです。
アメリカ、イギリスだと教育情報を提供する機関が山ほどあるんですけど、日本の場合だとと個々人や、民間の団体が実践方法を出しているということはあるんですけど、科学的な情報に基づいて共有されているということはないです。
12月に国研のほうで教育情報ポータブルサイトというものができましたけど、あれも科学的というレベルではなく、教育委員会が掲載しているものをのせているという段階なので、システム的にも個人的にもまだまだ足りないという感じです。
森さんから、アメリカやイギリスでは、研究能力のある教師と、それと連携する研究者、教育情報をサポートする機関(行政・民間)の3者が連携してエビデンスが積みあがっていく仕組みが出来ているのだということをうかがい、日本がこの点で大きく後れをとっているのだということがよく分かりました。
教育システム全体に関わる大きな問題に対して、信念を持って出来ることをやっていくという姿勢に大変共感しました。
教育実践からエビデンスを出していくためには
―― 「反転授業の研究」のメンバー約3000人のうち、半分くらいが教師だと思います。実践をシェアして、そこから集合知を生み出していきたいのですが、そのための仕組みが不十分だと感じています。教育実践における仮説を検証するためには、どうしたらよいのでしょうか?
様々な方法があり、実験の仕方によってエビデンスの質をランク付けする指標があります。
もっとも質が高いとされているのが、無作為統制実験(randomized-controlled trial, RCT)や系統的レビュー(systematic review, SR)によるエビデンスです。これらは、エキスパートの意見などよりも上位に置かれます。
エビデンスの質に階層があるという見方は、エビデンスに基づいて教育を行う上で本質的なパラダイムだと思います。
実践のシェアについて考えるときに、I thinkをいくら集めてもI thinkにしかならないので、みんなで協力して科学的に証拠を出すための実験デザインを考えて組み込んでいくのですが、その1つがRCTという手法なんです。
実践をする群、しない群にしっかりわけて比較する、大規模、無作為抽出実験法です。
反転授業も、科学的エビデンスをしっかり出していくのが必要だと思います。もちろん誰の何のためのエビデンスなのかにもよりますが。
科学性の高いエビデンスを出すと同時に、費用対効果も出さないといけないと思います。
―― タブレット購入などの費用に対して、他の方法に比べて費用に見合う効果があったのかということを検証するということですね。
はい。教育効果測定に留まらずに、費用対効果、教育経済分析まで入れたいと個人的には思います。
ICTを使った実践の場合は、効果とコストを縦軸と横軸にして分析する方法があるんですけど、ICTは必ずしも費用対効果が高くないんです。
ペア・コーチングのほうが、お金がかからずに効果がいいという結果が出ていたりします。
僕はICTを推進しているわけでもないですし、嫌っているわけでもないですけど、もし、自分が反転授業とかICTの立場であるならば、経済的なコストも踏まえてやっぱりいいんだということを言っていくことが、推進、啓発をしていくときのポイントになってくるのかなと思います。
―― 僕は、アクティブラーニングや反転授業を通して、21世紀型スキルを獲得していくこと、学習者が自分のメンタルモデルに気づき、それを作り変えていく学びに興味があるのですが、テストで測定できるようなものではないので、どうやって測定していけばいいのかなと思っているのですが、よい方法はありますか?
学習に対するメンタルモデルなのか、仲間と学び合う価値なのか、何を明らかにしたいのかということを詰めなくてはいけないのですが、僕が3年ほど前にやったのは、協同学習における協働認識の変化を実践論文にまとめました。子どもは学び合うんじゃなくて、学び合わさせられているんじゃないかという問題意識から、この意識がどう変化していったのかという論文を1つ出しました。
単一実践においては、そういうのも1つ参考になるかもしれません。どうやったのかというと、1時間1時間の中で学習活動と、子どもの学びの質の内容と、学び合いがよかったと思うのを数的に1-5点法で出して、変化の割合に応じて子供がどんなことを感じ取ったのかというのを細かくインタビューしていったんです。
このように実験デザインと測定すべきものをしっかり決めていくと、もう少しクリアに話が出来るようになると思います。
いくらでもやりようがあります。研究法は山ほどありますから。
短期的に見れば、教育実践の中に実験を入れていくのは負担だと感じるかもしれません。しかし、教師と研究者からなるコミュニティという枠組みで見れば、個々の教師の工夫を比較検討してエビデンスを出す仕組みがあることで、コミュニティに知恵が蓄積していき、それを共有している教師の実践の質が上がっていくことになります。
研修などによってトップダウンに教え方を学ぶのではなく、自分たちで工夫して、共有して、エビデンスを出していくというあり方は、教師自身が主体的な学習者、研究者であろうとすることだと思います。それは、何度もテーマとして上がっている「学びが学びを促す」ということにつながり、、主体的に学ぶ教師の背中が、生徒の主体的な学びを促していくことになるのではないでしょうか。
研究能力を持った教師を増やしたい
―― 測定の仕方のような知見は、教師の中で共有されているんですか?
全然されていませんね。啓発の一つに、我々は教師のエビデンスリタラシーと呼んでいるんですけど、研究能力が必要だと思っています。今求められている教職大学院だとか、研究的実践者だとか、そういう言葉と一緒だと思うんですけどね。
―― そのような能力は、今まで、必要がなかったんですか?
必要なかったですね。日本の教師は教育効果を出すことを求められませんし、一生懸命やればクビになることはないですから。海外だと、説明責任が問われるようになるので、効果がないということになると学校がつぶれてしまいますし、教師もクビになってしまうので、なんとか成果を出そうと必死なんでしょうね。
―― その違いは、環境の違いから来ているんですか?
一番は、環境の違いだと思います。アメリカには落ちこぼれ防止法という法律が2000年にできたので、落ちこぼれを出しちゃうと法的にダメなんですね。それを防ぐために一生懸命頑張っていく。日本だとそれはなかったわけなので、環境の違いというのは大きいですね。
―― 森さんの場合は、環境からの要請ではなく、森さん本人の問題意識からスタートしていますよね。その根底にあるものは何なのですか?
授業に100点も0点もないという考え方が常にあります。初任者が公開授業をやったらたいていダメ出しを受けて終わるとか、ベテランの先生がやったら褒めちぎって終わるとか、そういう授業研究会を実際に経験してきたわけで、それはおかしいだろうと思うんです。
教育というのは終わりがないと思うんです。常に向上していかなければいけないと思います。自分の実践が本当に子どものためになったのか、本当に良かったのか、ということをきちんと考えるようにしてきました。
―― なるほど。それは、すごくフェアですよね。権威などのバイアスを外して、本当に何がよくて、何が悪かったのかということを見ていくということですね。
基本は、そういう気持ちです。
でも、教育現場では、全員が一緒になって実践を検証するというよりは最後にご指導をいただくといった授業研究会スタイルが多く、エビデンスベースドというのは、ある意味、反抗的な立場にあるかもしれません。
―― 実際にEBEが反抗的だというように捉えられることもあるんですか?
ありますよ。教育はエビデンスで表されないだろうとか、勘と経験は大事だとか、よく言われますね。どれも僕は正しいと思っていますが。
エビデンスに基づいて議論するというのは、ベテランも新人も関係なく公平に議論できるということです。これは、メンバー全体の力を生かしていく上でとても重要なことだと思います。多くの組織では、ピラミッド構造の下層に組み込まれる新人は、正当に評価されずに意欲を失っていきます。それは、結果として組織全体の活力と創造性が失われることにつながっていくと思います。
21世紀は社会が大きく変化し、教育を取り巻く環境も激変しています。その中で、ベテラン教師の取り組みが必ずしも最適解である保証はありません。常に様々なチャレンジがなされ、検証されていく仕組みが不可欠だと思います。その取り組みを保証するのが「エビデンスに基づいて」という姿勢なのではないかと思います。
森さんが思い描く教育の未来
―― 森さんは、今後、何を目指して活動されていくのですか?
教師のエビデンスリタラシーとか、教師にとって役立つ科学的情報を提供する環境が整えばいいかなとかと思っています。会を大きくしたいとか、立派になりたいとか、そういうことはないです。エビデンスとかえらそうなことを言っていますけど、すべてをエビデンスに基づけるわけではないんです。EBMのほうでも15%くらいといわれています。それなら教育だと数%だろうと思っています。でも、振り子の理論でいうと勘や経験という振りだけじゃなくて、科学的情報という方向にも振れて、もう少し環境面でも、教師のエビデンスリタラシーという面でもパーセンテージを良くしていけたらと思っています。
――ICTが出てきて、学習データを取りやすくなったのは、EBEにはプラスに働くのではないですか?
はい。時代がエビデンスベースドに向かう方向になっていると思います。研究者と実践者のマッチングが大事だと僕は思っていますけど、今まではできなかったんです。繋がることもできないし、データの蓄積なんかもできなかったんです。でも、今は、できる時代になってきました。だからこそ、今までいいとされてきたことが本当にいいのかとか、そういうことを検証していくようなことが出てくるんじゃないかと思います。
それが、教育界を少しは良くしていくんじゃないかなと思います。
―― 今は、学習のビッグデータも取れるし、Webシステムの開発も比較的安価でできるようになっていますが、それらを使って、こんなことをやったらおもしろいと思っているものはありますか?
研究者と実践者のマッチングサイトを構想中です。あとは個人の実践がデータを揃えて市町村単位でエビデンスを作り上げていくというシステムができればいいですね。
道なき道を切り開いてきた森さんのことですから、きっとアイディアを形にしていくはずです。お話をうかがって「エビデンスに基づいた教育」について、もっと学びたい、そこから取り入れられるものを取り入れたいと強く思いました。また1つ、自分にとって重要な研究テーマができました。
5月15日(金)に実施する第18回反転授業オンライン勉強会で、森さんが登壇します。
詳しい内容はこちら
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