【書評】反転授業が変える教育の未来
「反転授業の研究」の田原真人です。
今日は、1冊の本を紹介したいと思います。
反転授業の実践のフロントランナーである近大附属高校の芝池宗克さん(数学)と、中西洋介さん(英語)による『反転授業が変える教育の未来』が発売されました。
著者の一人である芝池さんには、第1回反転授業オンライン勉強会に登壇していただいたこともあり、「反転授業の研究」の大阪オフ会で芝池さんから直接、この本をいただきました。
この本のタイトルを見たときに、著者のお二人の覚悟みたいなものを感じました。
なかなか、こんなタイトルをつけられないです。
小細工なしで、一番大切な部分に突き進むようなタイトルですよね。
ここに込められている思いを、僕なりに解釈すると、
自分たちは、どんな「教育の未来」を思い描いているのか。
反転授業は、なぜ、教育を変えることができるのか。
自分たちは、その未来を実現するために、どのように行動しているのか。
という3つだと思います。
未来を語るということは、言い方を変えれば、信念を語るということだと思います。
芝池さんも、中西さんも、すごい熱量で信念を語っています。
「反転授業」という話題のキーワードで、この本を手に取った人にとっては、その圧倒的な熱量にびっくりするのではないでしょうか。
2人の教師が、存在をかけて社会に打ち込んだ弾丸・・・・そんな本だと思いました。
内容を、順に見ていきましょう。
目次は、次のようになっています。
第I部 反転授業を始める前に≪準備編≫
第1章 反転授業とは
第2章 反転授業の動画の種類
第3章 反転授業で授業はどう変わるのか
第4章 反転授業はあくまで手段である
第5章 反転授業は何を目指すのか
第Ⅱ部 反転授業の実際≪実践編≫
第6章 英語の反転授業でできること
第7章 数学の反転授業でできること
第Ⅲ部 反転授業で変わる教師の役割
第8章 ICT時代においては教師の存在意義が問われる
第9章 ICT時代における学校の未来、教師の未来、教育の未来
第Ⅳ部 反転授業のためのQ&A
赤で書いた部分は、著者のお二人の信念が、特ににじみ出ている箇所です。
第4章では、学力をつける3要素について説明しています。
①心的態度(Mindset)
②方法(Method)
③時間(Time)
というMMTの3つを揃えることに意識を向けることで、偏差値や、テストの結果ではなく、学習の課程に目を向けることの大切さを強調しています。
ここで、注目したいのが、①心的態度(Mindset) を取り上げていることです。
実は、僕自身も著者のお二人と同じ時期(2013年)から反転授業に取り組んでいるのですが、たどり着いた結論が「マインドセットをGrowth Mindsetに変えていくことが欠かせない」というものでした。そこで、「21世紀マインドセット」というメール講座を始めました。
お二人が、同じ結論に到達していることを知り、勇気づけられました。
この本は、マインドセットをどうやって構築していくのかというところにも踏み込みます。
そして、「教師と生徒がともに希望を持つこと」が大切だと言います。
これは、ちょっと言葉足らずで、一般には伝わりにくいかもしれません。でも、僕には、ビンビンに伝わりました。ジワジワ来ました。
著者は、「教師が生徒のマインドセットを変える」とは言っていないんです。
これが、本当に大切なポイントだと思います。
教師は、多くの場合、管理と放任のジレンマに陥ります。生徒の進学実績を上げなくてはいけないというプレッシャーに晒されると生徒を管理したくなります。でも一方で、単に放任すると授業が崩壊します。
生徒は、受動的に学ぶのに慣れていて、マニュアルや答を欲しがり、自分で学べと言われるとどうしたらよいのか分からなくなって教師に不満を持ちます。
この悪循環から抜け出すために必要なのは、「教師と生徒がともに希望を持つこと」だと思います。
教師が怖れから管理に走るのではなく、生徒を信じて自由を与える。
生徒も怖れから答を求めるのではなく、教師を信じてチャレンジする。
このとき、希望のサイクルが回り始めて、本当の意味での「学び」が生まれるんだと思います。
反転授業やアクティブラーニングの実践者が、一番苦労しているところでもあり、目指しているところは、まさにここだと思います。
第5章 反転授業は何を目指すのか では、目指しているものとして、以下の2つを挙げています。
・協働学習を通して「生きる力を育む」こと
・偏差値に対して、生きる力の礎となる「体験値を上げる」こと
そして、生きる力の要素として、
(1)自分自身を鍛える部分
(2)他人と強調・協働する部分
の2つを上げ、T字型で表しています。
この本は、教育の目的について、本当にぶれていません。
清々しいほどに、言い切る態度に感動します。
なぜ、このようなことを教育の目的に据えるべきなのかということについて、第8章でさらに踏み込んでいきます。
この踏み込みの鋭さも、この本の最大の魅力です。
現在の学校モデルが、「工場モデルの学校」であることを、こんなにはっきりと書いてくれていることに拍手を送りたいです。
一部引用します。
それは、例えば工場で9時から5時まで働き、上司からの指示に従う工場労働者たちのように、学校でも生徒にある一定の時間の拘束をし、教師の指示に従順に従う訓練を課す役割を学校が担うことを示す表現です。
さらに、現在の社会状況についての詳しい分析と、その中でどのような人材が求められているのかについての分析が続きます。
豊富な資料の引用から、お二人が、世界の動きに、常にアンテナを張り巡らせて、教育のあり方を根本から考え直していこうとしていることが伝わってきます。
教師自らが変わらなければならないという姿勢は、次の言葉から強く伝わってきます。
変化の激しい今日の時代の波を乗り切るためには、教師としての根本的な問題に立ち返り、その答えを見つける努力を続けながらも、時代に合わせた技能を身につけることが必要になってきます。
第8章の最後に出てくる「教えることを通じて生徒から何を学ぶのか」という言葉に、お二人の姿勢が表れていると思います。そして、そのような姿勢で学びながら教えている教師の背中だけが、生徒の主体的な学びを促すことを可能にするのだと思います。
第9章では、学校の未来、教師の未来、教育の未来について考えていきます。
ここでも、豊富な資料を引用しながら、おもいきった予想を展開していきます。
世界を、現実世界、仮想世界、知的・感情世界の重なりとして捉え、知的・感情世界においてメタ認知を発達させていくことが大切だという意見には、大賛成です。
オンライン学習が発達し、現実世界での学びに対して、仮想世界での学びの割合が増加していくにつれて、現実世界での教師の役割が縮小していくという分析はさすがです。しかし、それは、旧来の役割が縮小していくということであり、新たな役割が生まれてくるはずです。どのような役割が生まれてくるのかは、芝池さんや中西さんのようなアンテナを張り巡らせた教師たちによって発見されていくことでしょう。
最後に教育の未来について触れる中で、21世紀の人材育成に戻ります。
ここで、大きな気づきがありました。
手段と目的を間違えちゃいけない。
21世紀の人材育成が目的で、反転授業はそのための手段であるというロジックをさらに拡張すると、
21世紀の人材育成が目的で、学校はそのための手段である・・・ということになります。
このような表現は、本の中にはありませんが、目的に応じて、学校も、教師も、形を変えていくべきだという信念が貫かれていると感じました。
聖域を作らずに、真摯に問題を掘り下げていく姿には、拍手を送らざるを得ません。
この本は、口当たりの良い、当たり障りのない表現に慣れている人にとっては、刺激が強い本です。
しかし、教育が直面している問題に対して意識を共有している人にとっては、「よくぞ書いてくれた」と勇気づけられる本です。
芝池さん、中西さん、僕も同じ方向を向いて進んでいきますよ。
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