都立両国高校を見学して(下)― 教師の主体的な学びが生徒の主体的な学びを促す
2014年1月18日に東京都立両国高校を見学してきました。
前記事では、山本崇雄さんの高1英語の授業見学のレポートを書きました。
都立両国高校を見学して(上)― フォークダンスのように生徒が動く英語の授業
前記事の最後に書きましたが、山本さんの授業の一番の魅力は、山本さん自身が失敗を恐れずに、新しいことに挑戦し続けていることなのではないかと思います。
挑戦しない教師が、生徒に挑戦を求めるのはダブルスタンダードになり、多くの場合、発言ではなく、行動から発せられるメッセージを受け取ることになります。
山本さんのような挑戦する教師の背中を見て、生徒は自ら挑戦しようという気持ちを抱くのではないかと思います。
しかし、一人で学び続けることは難しいです。
教師の主体的な学びを支えるコミュニティの存在こそ、生徒の主体的な学びを土台で支えるものなのではないかと思います。
日経新聞の記事で紹介されていた、両国高校の教師による勉強会「学び合い広場」こそが、両国高校の躍進を支える秘密なのではないかと思い、授業見学の後、何人かの先生にお話をうかがいました。
「学び合い広場」が始まったきっかけ
期末試験後で成績処理で忙しい時期であったのにもかかわらず、副校長の藤井英一さん、授業見学をさせていただいた山本崇雄さん(英語)の他に、布村奈緒子さん(英語)、山藤旅聞さん(生物)、沖奈保子さん(国語)、佐田山彩紀さん(化学)が、会議室に来てくださり、お話を聞かせてくださいました。
まず、最初に、両国高校は、何がきっかけで変わったのかということをうかがいました。
これについて、佐田山さんは、
中学校が新しくできて、中高一貫になったことが大きかったと思います。中学校の先生が加わったことで、新しい流れができました。
とおっしゃっていました。
中学校と高校という異なる「文化」が出会い、違いが学び合いのエネルギーになったという点が非常に興味深いです。
その中で、どのようにして「学び合い広場」が始まったのか?
これには、山本さんが回答してくれました。
都立足立高校定時制に移られた田口浩明先生の公民の授業を、廊下で通りかかったときに見て、面白そうだと思って、山藤さんを誘って見学させていただいたんです。田口先生の授業は、終わったときに生徒の中から自然と拍手が起こるような授業なんです。これはすごいと思い、田口先生から学ぼうということで勉強会がスタートしました。
個人として、アクティブラーニングや反転授業の先進的な取り組みをしている教師はいますが、管理職や周りの教員から理解を得られずに孤軍奮闘している場合が多いです。そのため、「反転授業の研究」は、そのような孤立している実践者がオンラインで繋がって、お互いに励まし合う場になっているのです。両国高校では、どうして、全教師の1/3を巻き込むような大きな動きに広がったのでしょうか?
その点を質問すると、参加して下さった方から口々に次のような声が上がりました。
副校長の藤井先生のおかげです。藤井先生のような管理職がいて、本当に助かっています。
両国高校のすべての教師がアクティブラーニングをやっているわけではありません。勉強会に参加している先生としていない先生との間に溝ができないように藤井先生が、うまく調整して下さっています。
その点を副校長の藤井さんにうかがうと、
両国高校の先生方は、アクティブラーニングやっている先生も、一斉講義をやっている先生も、どちらも生徒のことを考えて熱心に取り組まれているんですよ。
とのことでした。管理職として「学び合い広場」を許可するだけにとどまらず、藤井さん自身も「学び合い広場」に参加して一緒に学んでいるのだそうです。
田口さん、山本さん、山藤さんを核にして立ち上がった動きに、管理職の藤井さんが加わったことで多くの教師を巻き込む動きが生まれたのではないかと思いました。ムーブメントが起こるためには、最初に動き始めた人に対して、そこに加わっていく人が出て来るかどうかが大きな分かれ目になります。影響力のある藤井さんが率先して「学び合い広場」に参加したことが、非常に大きな役割を果たしたのではないかと思いました。
参考:TED ムーブメントの起こし方
教師の主体的な学びが生徒の主体的な学びを促す
反転授業について学んでいく中で得た大きな気づきは、「教師が学習者を信じてコントロールを手放し、安心安全の場を作って学習者に試行錯誤させること」が重要だということです。
新しいことにチャレンジすることは、必ず失敗を伴います。
その失敗を重要な学習のプロセスと捉えて肯定し、励まし、支援していくことで、成功と失敗を繰り返しながら自分で学ぶ方法を身につけていくのです。
さらに、試行錯誤の過程を、一緒に学ぶ仲間と共有すると、仲間の成功と失敗からも学べるようになるので、試行錯誤の質が上がります。
仲間と一緒に学ぶことの有効性を実感すると、仲間に貢献することができるようになります。そして、それは、自己効力感へと繋がっていきます。
このような環境を作ることができれば、クラスが、自分たちでどんどん学び進めていく学習コミュニティへと成長していくのではないでしょうか?
両国高校で、クラスがそのような学習コミュニティになっていることをうかがえる部分が日経新聞の記事の中にありました。
生徒が学び合う「場」作り――。山本はその仕組みを、次々と編み出している。昼休み、有志の生徒が教室に集まってくる。「チーム速単」と呼ばれる単語学習で、弁当を食べながら4人チームになって、単語の問題を出し合う。山本が教壇に立って教えるわけではない。ランダムなチーム編成を決めて、質問を出す人が交代するタイミングを指示する。
また、生徒たちが学習のヒントを付箋に書いて、廊下に張り出す取り組みも始めた。独自の学習法や目標、生活習慣などを書き出していく。
山本は「学年通信」で、生徒にこう呼びかけている。
「みなさんは、それぞれの教科の大切なことに気づき始めている。それを惜しげもなく広げた時、誰かが救われます。誰かのために、付箋を増やしていこう」
では、どのようにすれば、クラスを学習コミュニティへと成長させていくことができるのか?
クラスの状況は刻一刻と変化していくので、教師は、その中で試行錯誤していく必要があります。
「反転授業の研究」に参加しているアクティブラーニングや反転授業の実践者から話を聞くと、うまくいかなかった話もたくさん出てきます。
「自分は生徒に考えさせたくてできるだけ教えないようにしているのに、生徒からちゃんと教えてほしいと言われた」
「考えがあってグループワークをやっているのに、生徒から、普通の一斉授業をやってほしいと言われた」
「隣の教室の先生から、うるさいから静かにしてほしいと文句を言われた」
「グループワークが単なるおしゃべりになってしまって、学習が進まなかった」
新しいことに挑戦している以上、うまくいかない状況が出てくるのは当たり前のことです。保護者からのクレームが来ることもあるでしょう。
重要な点は、それを試行錯誤として許容して、支援できる体制が学校にあるのかどうかだと思います。
両国高校の素晴らしい点は、管理職の藤井さんが、学校を教師にとっての安心安全の場にしているところだと思います。
会議室に集まってくださった先生方の様子から、教師の試行錯誤が、藤井さんによって守られ、応援されているということが伝わってきました。
生徒の集団であるクラスの1階層上のところに位置する教師集団が、安心安全の場になっているからこそ、教師の中から主体的な動きが生まれ、試行錯誤を共有して学び合う教師の学習コミュニティが生まれ、その教師たちがクラスに安心安全の場を作り、生徒の学習コミュニティが生まれているのです。
進学校の多くは、進学実績を上げることが学校としての目標の1つになっています。その結果、管理職が教師にノルマを課して管理し、プレッシャーを感じた教師が生徒を管理していくという管理の連鎖が起こりがちです。
しかし、管理職が管理を強めると、それに反比例して教師の主体性、自律性が下がり、それに伴って、生徒の主体性、自律性が下がっていくという負の連鎖が起こりやすくなります。
出題範囲が限られている大学入試では、生徒を管理し、入試に必要なことを教え込むことによって進学実績を上げることも可能です。
しかし、自ら学ぶ姿勢を身につけていない生徒は、外発的動機づけがなくなった瞬間から学ばなくなります。
※外発的動機づけ:アメとムチに代表されるように報酬によって外から動機づけること
変化の激しい21世紀は、多くの知識があっという間に陳腐化するため、新しいことを生涯学び続けていくマインドセットが必要になります。
自ら学んでいく姿勢は、21世紀を生きる若者にとっては、生きていくために必要なスキルなのです。
僕たちは、生まれたときから好奇心を持って世界を学んでいます。
生まれる前から学んでいるという説さえあります。
ですから、外発的動機づけによって阻害されなければ、僕たちは、本来、自ら学んでいくことのできる力を持った存在なのです。
それを信じて、コントロールを手放すと、管理のサイクルとは逆向きに主体性のサイクルが回りはじめます。
管理職が教師を信じてコントロールを手放して支援に回り、教師が生徒を信じてコントロールを手放して支援に回った結果、両国高校では素敵なことが起こっています。
これは、教育に関わる多くの人に勇気と希望を与える物語なのではないでしょうか。
2階の会議室から階段を降りて玄関へ向かう途中、藤井さんに「管理職が教師を管理している学校が多いと思いますが、両国高校は違いますね。」と言うと、藤井さんからは、次のような言葉が返ってきました。
両国の先生方は、僕なんかが何か言わなくたって、みんな生徒のために一生懸命やる先生ばっかりなんですよ。むしろ、忙しすぎてかわいそうなくらいなんです。だから、少しでも楽になったり、やりやすくなったりできたらいいなと思っているんですよ。
藤井さんのこの言葉が、両国高校の取り組みを象徴しているように感じました。
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