都立両国高校を見学して(下)― 教師の主体的な学びが生徒の主体的な学びを促す

2014年1月18日に東京都立両国高校を見学してきました。

前記事では、山本崇雄さんの高1英語の授業見学のレポートを書きました。

都立両国高校を見学して(上)― フォークダンスのように生徒が動く英語の授業

前記事の最後に書きましたが、山本さんの授業の一番の魅力は、山本さん自身が失敗を恐れずに、新しいことに挑戦し続けていることなのではないかと思います。

挑戦しない教師が、生徒に挑戦を求めるのはダブルスタンダードになり、多くの場合、発言ではなく、行動から発せられるメッセージを受け取ることになります。

山本さんのような挑戦する教師の背中を見て、生徒は自ら挑戦しようという気持ちを抱くのではないかと思います。

しかし、一人で学び続けることは難しいです。

教師の主体的な学びを支えるコミュニティの存在こそ、生徒の主体的な学びを土台で支えるものなのではないかと思います。

日経新聞の記事で紹介されていた、両国高校の教師による勉強会「学び合い広場」こそが、両国高校の躍進を支える秘密なのではないかと思い、授業見学の後、何人かの先生にお話をうかがいました。

「学び合い広場」が始まったきっかけ

期末試験後で成績処理で忙しい時期であったのにもかかわらず、副校長の藤井英一さん、授業見学をさせていただいた山本崇雄さん(英語)の他に、布村奈緒子さん(英語)、山藤旅聞さん(生物)、沖奈保子さん(国語)、佐田山彩紀さん(化学)が、会議室に来てくださり、お話を聞かせてくださいました。

まず、最初に、両国高校は、何がきっかけで変わったのかということをうかがいました。

これについて、佐田山さんは、

中学校が新しくできて、中高一貫になったことが大きかったと思います。中学校の先生が加わったことで、新しい流れができました。

とおっしゃっていました。

中学校と高校という異なる「文化」が出会い、違いが学び合いのエネルギーになったという点が非常に興味深いです。

その中で、どのようにして「学び合い広場」が始まったのか?

これには、山本さんが回答してくれました。

都立足立高校定時制に移られた田口浩明先生の公民の授業を、廊下で通りかかったときに見て、面白そうだと思って、山藤さんを誘って見学させていただいたんです。田口先生の授業は、終わったときに生徒の中から自然と拍手が起こるような授業なんです。これはすごいと思い、田口先生から学ぼうということで勉強会がスタートしました。

個人として、アクティブラーニングや反転授業の先進的な取り組みをしている教師はいますが、管理職や周りの教員から理解を得られずに孤軍奮闘している場合が多いです。そのため、「反転授業の研究」は、そのような孤立している実践者がオンラインで繋がって、お互いに励まし合う場になっているのです。両国高校では、どうして、全教師の1/3を巻き込むような大きな動きに広がったのでしょうか?

その点を質問すると、参加して下さった方から口々に次のような声が上がりました。

副校長の藤井先生のおかげです。藤井先生のような管理職がいて、本当に助かっています。

両国高校のすべての教師がアクティブラーニングをやっているわけではありません。勉強会に参加している先生としていない先生との間に溝ができないように藤井先生が、うまく調整して下さっています。

その点を副校長の藤井さんにうかがうと、

両国高校の先生方は、アクティブラーニングやっている先生も、一斉講義をやっている先生も、どちらも生徒のことを考えて熱心に取り組まれているんですよ。

とのことでした。管理職として「学び合い広場」を許可するだけにとどまらず、藤井さん自身も「学び合い広場」に参加して一緒に学んでいるのだそうです。

田口さん、山本さん、山藤さんを核にして立ち上がった動きに、管理職の藤井さんが加わったことで多くの教師を巻き込む動きが生まれたのではないかと思いました。ムーブメントが起こるためには、最初に動き始めた人に対して、そこに加わっていく人が出て来るかどうかが大きな分かれ目になります。影響力のある藤井さんが率先して「学び合い広場」に参加したことが、非常に大きな役割を果たしたのではないかと思いました。

参考:TED ムーブメントの起こし方

教師の主体的な学びが生徒の主体的な学びを促す

反転授業について学んでいく中で得た大きな気づきは、「教師が学習者を信じてコントロールを手放し、安心安全の場を作って学習者に試行錯誤させること」が重要だということです。

新しいことにチャレンジすることは、必ず失敗を伴います。

その失敗を重要な学習のプロセスと捉えて肯定し、励まし、支援していくことで、成功と失敗を繰り返しながら自分で学ぶ方法を身につけていくのです。

さらに、試行錯誤の過程を、一緒に学ぶ仲間と共有すると、仲間の成功と失敗からも学べるようになるので、試行錯誤の質が上がります。

仲間と一緒に学ぶことの有効性を実感すると、仲間に貢献することができるようになります。そして、それは、自己効力感へと繋がっていきます。

このような環境を作ることができれば、クラスが、自分たちでどんどん学び進めていく学習コミュニティへと成長していくのではないでしょうか?

両国高校で、クラスがそのような学習コミュニティになっていることをうかがえる部分が日経新聞の記事の中にありました。

生徒が学び合う「場」作り――。山本はその仕組みを、次々と編み出している。昼休み、有志の生徒が教室に集まってくる。「チーム速単」と呼ばれる単語学習で、弁当を食べながら4人チームになって、単語の問題を出し合う。山本が教壇に立って教えるわけではない。ランダムなチーム編成を決めて、質問を出す人が交代するタイミングを指示する。

 また、生徒たちが学習のヒントを付箋に書いて、廊下に張り出す取り組みも始めた。独自の学習法や目標、生活習慣などを書き出していく。

 山本は「学年通信」で、生徒にこう呼びかけている。

 「みなさんは、それぞれの教科の大切なことに気づき始めている。それを惜しげもなく広げた時、誰かが救われます。誰かのために、付箋を増やしていこう」

では、どのようにすれば、クラスを学習コミュニティへと成長させていくことができるのか?

クラスの状況は刻一刻と変化していくので、教師は、その中で試行錯誤していく必要があります。

「反転授業の研究」に参加しているアクティブラーニングや反転授業の実践者から話を聞くと、うまくいかなかった話もたくさん出てきます。

「自分は生徒に考えさせたくてできるだけ教えないようにしているのに、生徒からちゃんと教えてほしいと言われた」

「考えがあってグループワークをやっているのに、生徒から、普通の一斉授業をやってほしいと言われた」

「隣の教室の先生から、うるさいから静かにしてほしいと文句を言われた」

「グループワークが単なるおしゃべりになってしまって、学習が進まなかった」

新しいことに挑戦している以上、うまくいかない状況が出てくるのは当たり前のことです。保護者からのクレームが来ることもあるでしょう。

重要な点は、それを試行錯誤として許容して、支援できる体制が学校にあるのかどうかだと思います。

両国高校の素晴らしい点は、管理職の藤井さんが、学校を教師にとっての安心安全の場にしているところだと思います。

会議室に集まってくださった先生方の様子から、教師の試行錯誤が、藤井さんによって守られ、応援されているということが伝わってきました。

生徒の集団であるクラスの1階層上のところに位置する教師集団が、安心安全の場になっているからこそ、教師の中から主体的な動きが生まれ、試行錯誤を共有して学び合う教師の学習コミュニティが生まれ、その教師たちがクラスに安心安全の場を作り、生徒の学習コミュニティが生まれているのです。

進学校の多くは、進学実績を上げることが学校としての目標の1つになっています。その結果、管理職が教師にノルマを課して管理し、プレッシャーを感じた教師が生徒を管理していくという管理の連鎖が起こりがちです。

しかし、管理職が管理を強めると、それに反比例して教師の主体性、自律性が下がり、それに伴って、生徒の主体性、自律性が下がっていくという負の連鎖が起こりやすくなります。

出題範囲が限られている大学入試では、生徒を管理し、入試に必要なことを教え込むことによって進学実績を上げることも可能です。

しかし、自ら学ぶ姿勢を身につけていない生徒は、外発的動機づけがなくなった瞬間から学ばなくなります。

※外発的動機づけ:アメとムチに代表されるように報酬によって外から動機づけること

変化の激しい21世紀は、多くの知識があっという間に陳腐化するため、新しいことを生涯学び続けていくマインドセットが必要になります。

自ら学んでいく姿勢は、21世紀を生きる若者にとっては、生きていくために必要なスキルなのです。

僕たちは、生まれたときから好奇心を持って世界を学んでいます。

生まれる前から学んでいるという説さえあります。

ですから、外発的動機づけによって阻害されなければ、僕たちは、本来、自ら学んでいくことのできる力を持った存在なのです。

それを信じて、コントロールを手放すと、管理のサイクルとは逆向きに主体性のサイクルが回りはじめます。

管理職が教師を信じてコントロールを手放して支援に回り、教師が生徒を信じてコントロールを手放して支援に回った結果、両国高校では素敵なことが起こっています。

これは、教育に関わる多くの人に勇気と希望を与える物語なのではないでしょうか。

2階の会議室から階段を降りて玄関へ向かう途中、藤井さんに「管理職が教師を管理している学校が多いと思いますが、両国高校は違いますね。」と言うと、藤井さんからは、次のような言葉が返ってきました。

両国の先生方は、僕なんかが何か言わなくたって、みんな生徒のために一生懸命やる先生ばっかりなんですよ。むしろ、忙しすぎてかわいそうなくらいなんです。だから、少しでも楽になったり、やりやすくなったりできたらいいなと思っているんですよ。

藤井さんのこの言葉が、両国高校の取り組みを象徴しているように感じました。

都立両国高校を見学して(上)― フォークダンスのように生徒が動く英語の授業

2014年12月18日、東京都立両国高校に授業見学に行ってきました。
 
そもそも、なぜ、両国高校に見学することになったのか?
 
そのきっかけは、日経新聞の取材記事でした。

都立両国、復活の舞台裏(上) 「教えない授業」の魔力

都立両国、復活の舞台裏(下) 受験は男女混合団体戦

実は、都立両国高校は、僕(田原)の母校なのですが、僕が在学時は、いわゆる都立の低迷時期。全科目で伝統的な一斉講義型の授業が行われていて、いくつかの例外はあったものの、授業に対しては「つまらなかった」という印象が残っています。理論物理学者になりたいと思って高校に入学したものの、高校での授業に失望して学習意欲が下がり、成績は低迷。高校卒業後に予備校に通って勉強の面白さに気づいて学習意欲が復活したという経験がありました。

記事を読んで、あの母校にいったい何が起こって、こんなすごいことになっているのか!という強烈な興味が湧いてきました。
 
次に感じたのが、両国高校の実績が、アクティブラーニングや反転授業の普及の起爆剤になるかもしれないということでした。
 
多くの高校は、アクティブラーニングを導入すると、進学実績を上げられなくなるんじゃないかという不安を感じていると思います。しかし、両国高校が、アクティブラーニングを導入した結果として、進学実績も上がったということになれば、アクティブラーニング導入へ向けて不安が取り除かれ、導入する高校が増えていくのではないかと思います。

そのためにも、両国高校で起こっていることを、自分の目で見て、確かめて記事にしたいと思いました。

フォークダンスのように生徒が動く英語の授業

授業見学をさせていただいたのは、山本崇雄さんの高校1年生の英語の授業。山本さんの授業は、日経新聞で次のように紹介されていました。

わずか50分の授業で、ペアやグループが次々に入れ替わっていく。1つの課題が終わると、生徒の組み合わせが変わる。50分で十数回の課題を与えるため、2回の授業でクラス全員と組むことになる。そして、クラスを団結させて、生徒同士が教え合う「場」に変えていく。「誰かのために学び、教える。そうすると理解の深さがまったく違ってくる」(山本)

いったいどのような授業なのかとワクワクしていると、山本さんとネイティブスピーカーの先生が教室に入ってきました。

山本さんが英語で短く挨拶をすると、いきなり授業がスタートしました。

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最初に行ったのは、『速読英単語』という市販の教材を使って、長文の内容理解と単語の発音確認。

まずは、長文の内容理解が、次のようにして始まりました。

(Step 1) ネイティブスピーカーが長文を1度読む。

(Step 2) となりの人とペアになりジャンケンをし、勝ったほうがメイントピックスを相手に英語で説明する。

(Step 3)チーンとベルが鳴り、説明する側と聞く側が交代する。

(Step 4) ネイティブスピーカーが長文をもう一度読んで発音を確認。

こんな感じで、向かい合って話をしていました。
 
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しかし、ここから、今まで見たことのない光景が展開しました。

まず、黒板に、見慣れない図とGBGB・・・の文字が。

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Gは「Girl」を表し、Bは「Boy」を表しています。

最初に女子が赤い矢印の向きに移動し、ペアが変わります。3分くらいすると、山本さんの声のもと、今度は男子が青い矢印の向きに移動しペアが変わります。

新しいペアになるときには、お互いに「Hello」と声を掛け合い、ペアが交代するときには「Thank you」とお礼を言い、和やかな雰囲気で進んでいきます。

これは、何かに似ている?

そうだ、「フォークダンスだ!」

まさに、目まぐるしくペアが交代するフォークダンスのように授業が展開していくのです。

ワークの内容は、長文のメイントピックスの説明から、英単語に変わりましたが、ペアを次々と変えていく動きは変わりません。

英単語の勉強は、次のように進みました。

(Step 1)ジャンケンして英単語を読む側を決める。

(Step 2)『速読英単語』の指定のページの単語を発音して、相手に聞かせる。

(Step 3)チーンとベルが鳴って役割交代

(Step 4)ネイティブスピーカーが発音を確認

(Step 5)席を移動してペアを交代

単語が終わると、これまでに習ったことの復習として、黒板のスクリーンに文章や画像が表示され、それをペアに対して説明するという時間になりました。

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チーンとベルが鳴ると画面が切り替わり、次のチーンで説明する側と聞く側の役割が交代。

10秒くらいおきにチーンとなり、画面や役割が次々と交代していきます。

授業中は、スクリーンにタイマーが表示され、作業の残り時間が見えるようになっていました。
 
生徒同士が話すときには、BGMがかかり、山本さんが話すときにはBGMが切れるというようなメリハリもありました。

外から見ていても、生徒の頭の中が、真っ赤に活性化しているのが目に見えるような光景でした。

ここまで見ていて、大きな気づきがありました。

僕が中学から大学まで英語を学んできて、誰かに向かって英語を話す機会というのがほとんどなかったということです。単語を覚えるときには、部屋でぶつぶつと念仏のように唱えていた記憶があります。

でも、山本さんの授業では、英語を口に出すときには、いつも誰かに向かって語りかけているのです。自分の英語を聴く相手がいつもいるのです。これは、大きな違いだと思いました。

また、単語の発音を覚えるときには、最初にネイティブの発音を聞いて真似をするのではなく、自分で発音してみて、あとからネイティブの発音を聞くという順序になっていました。自分の発音が間違っていたという経験を通して学べるようになっているのかなと思いました。

それが可能になるために、間違ってもいいからアウトプットすることが普段から奨励されていて、生徒の間に浸透しているのではないかと思いました。

ここまでで約20分。

時計を見て、まだ20分しか経っていないのかと思いました。それほど密度が濃い時間が流れていたのです。

学び方を自分たちで選択するグループワーク

授業の後半は5-6人でのグループワークが始まりました。写真が並んでいるワークシートが配布されていて、それを見ながら説明できるようになるのがゴールだということを、繰り返し確認していました。

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その後、画面に次のようなものが表示されました。

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山本さんは、この中のどの方法を使って学ぶのかをグループで話し合って決めて、その方法を使ってグループで協力して練習するように指示しました。

これまでは、教師も生徒も英語しか使っていなかったのですが、相談のときになってはじめて生徒が日本語で話し始めました。

「どれにする?」

「もう一回やろう。たくさんやらないとうまくならないよ。」

などの声があちこちから聞こえてきて、生徒たちはやり方と役割を決めて、熱心に練習し始めました。

自分たちでやり方を選択するというのは、主体性を引き出すのに役立つ方法なのではないかと思いました。

僕が見て回った感じでは、英語の内容を絵に直していくという方法を取っているグループが多いように思いました。一人が英語を読むと、残りのメンバーがそれを自分なりに手際よく絵で表していく様子は見事でした。

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残り5分になったところで、再び机を戻してペアになり、パートナーに向かってグループで練習した成果を発表しました。写真を相手に見せながら、英語で説明していき、その後、役割を交代しました。お互いに2つの良かった点をフィードバックするということもしていました。

これを続けていたら間違いなく力がつくはず

僕が見学した日は、期末試験後で、普段の授業よりも10分間短い40分間の短縮授業でした。

しかし、授業の密度が濃いため、90分間の授業を見学したかのような疲労感がありました。

40分間のほとんどの時間、生徒がアウトプットし続ける英語の授業というのは、初めてでした。

これを何年間も続けていれば、間違いなく本当の英語力がつくはずだという実感がありました。

両国高校は、中高一貫になり、僕が見学した高校1年生のクラスは、中学から上がってきた生徒と、高校から入ってきた生徒が混じり合っているクラスでした。

高校から入ってきた生徒は、この授業についていけるのかという疑問が湧き、授業が終わった後に、山本さんに質問したところ、

「最初はもちろん戸惑いますが、中学から上がってきた生徒に引っ張られて、半年くらいすると完全についていけるようになります。」

とのことでした。

また、生徒が抵抗感なくアウトプットできるようにするために、どのような工夫をしているのかをうかがうと、

「授業の中で、できる、できないはほとんど見えません。分からなければ援助するのが当たり前の雰囲気ができてきています。また、授業で必ず失敗する場面を作っているので、間違えて当たり前という雰囲気も大事だと思います。」

という返事が返ってきました。

山本さんが、常に笑顔を絶やさずに前に立ち、生徒が間違えながら学んでいくのを見守っている様子を見て、教室が安心安全の場になっているからこそ、生徒が安心してトライアル・アンド・エラーをすることができるのだと感じました。

最後に、山本さんの次の一言が、僕の中に残りました。

「今まで、それぞれのやり方でマスターさせるということをやっていたんですが、今日初めて、生徒たちにやり方を選ばせることに挑戦したんです。」

生徒の主体的な学びを引き出すのは、教師の主体的な学びであることを、改めて確認することができました。

京都精華大学「情報メディア論」を見学して

なぜファシリテーションを学ぶのかを突き詰めて考えたときに、自分は、オープンでフラットな関係性を築き、ともに創造していくような活動をしたいからなのだと気づきました。

固定化された上下関係においては、意見は「命令」という形で上から下へ一方的に伝達されるのに対し、オープンでフラットな関係では、意見は双方向にやり取りされます。

しかし、その一方で、上下関係がある種の安定性を持つのに対し、役割をはっきりしていないフラットな関係では関係性が不安定になりやすくカオスが生まれやすくなります。

カオスを恐れると、権力を行使して場をコントロールしたくなり、フラットな関係は破れて、上下関係が生まれてしまいます。

権力を行使して場をコントロールするのではなく、カオスを恐れず、メンバーを信じてカオスの海を泳ぎきるのに必要なスキルが、ファシリテーションスキルなのです。

そのことに気づいたとき、「ファシリテーションスキル入門」という講座のフレームに対する疑いが生まれました。

講座の運営側と受講側との境界がくっきりと分かれ、運営側が受講するメリットを列挙しながら講座を販売するというフレームに対して疑問が生まれたのです。

そこで、オープンでフラットな関係を基本単位として繋がるアメーバ型社会というビジョンを掲げ、そのビジョンに共感する仲間を募る形に変更したところ、これまでにない手応えを感じることができました。

しかし、「講座販売」というフレームを手放したことで、全くの手さぐり状態となりました。そんなときに、京都精華大学の筒井洋一さんの「情報メディア論」の実践のことを知り、そこに大きなヒントがあるのではないかと直感し、2014年12月15日に京都精華大学を訪問し、授業見学をさせていただきました。

 

授業協力者(Creative Team : CT)による授業

筒井さんの授業の一番大きな特徴は、授業協力者(Creative Team : CT)という存在です。CTは、教員と対等な立場で協力して15週間の授業を作る無償のボランティアです。授業中に前に立って授業運営をするのは教員ではなくCTの役割です。筒井さんは、FacebookでCTを公募し、今期は、大学生や社会人からなる5名がCTとして活動しています。

15週間の授業を作り、運営するのは大変な労力です。それを無償で行うというのは、「労働の対価をお金でもらう」という常識に大きく反するものです。
 
CTが、「情報メディア論」においてどのような役割を果たしているのかを理解することができれば、自分のこれからの進むべき道が見えてくるのではないかという期待を持って、授業見学に向かいました。

教室に入ると、5-6人のメンバーから構成されるグループが3つできていました。最初に筒井さんが短くコメントした後、見学者が前に並び、一人ずつ簡単な自己紹介をしました。

その後、CTの一人が前に立ち、授業を始めました。

前半のテーマは、「アサーティブコミュニケーション」
 
・ノン・アサーティブ
・アサーティブ
・アグレッシブ

の3つの例をパワーポイントで説明した後、別のCT、学生、見学者に前に出てきてもらい、切符売り場での列への割り込みを例としたロールプレイを行いました。

学生が割り込みをする役をして、割り込まれた人が、黙って我慢するノン・アサーティブコミュニケーション、文句を言うアグレッシブコミュニケーション、相手に攻撃的にならずに、しかも言いたいことを伝えるアサーティブコミュニケーションの3つのパターンを行い、学生に感想を聞きました。

さらに、異なる3つの事例に対して各グループでアサーティブコミュニケーションをするためには、どうしたらよいかを話し合いました。

僕は、グループの1つに入って議論に参加しました。

そこでは、「ラーメン屋で注文したものと違うものが来たときに、どのようにアサーティブコミュニケーションをするのか」という課題について話し合っていました。
 
メンバーの一人から、「別の人に持って行ってしまったのか、作るのを間違えたのかによって、対応が違ってくる」という意見が出てきました。

「単に『これは頼んだものと違います』と言うと、申し訳ありませんといって作り直すことになるけど、それは、別の人が注文したものかもしれないし、作り直して長いこと待つくらいなら、違ったものを食べたほうがよい場合もある」という意見で、問題の構造が単純ではないことが、話し合いの中で見えてきて面白かったです。また、その中で、どのようなコミュニケーションを取れば、自分にとって最もよい状況になるのかを考えることは、非常に良いトレーニングになると思いました。

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後半は、グループで相談してショートムービーを製作するための作業を行いました。前の授業で、大まかなテーマをすでに決めてあり、授業では、メンバーの役割分担を決め、シナリオを具体的に決めていくことが求められていました。

リーダー、サブリーダー、撮影、広告、営業、シナリオ・・などのパートがあり、授業中に撮影についてのレクチャーが教室の後ろ側で行われ、撮影担当者がレクチャーを受けに行きました。その間に残ったメンバーは、シナリオ作成を進め、あとでお互いが分かったこと・決まったことを伝え合うという場面がありました。これは、ある種のジグソー法のようなものになっていて、グループ間のコミュニケーションを活性化させる効果をもたらしていました。

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これらの授業はすべてCTによって進められ、筒井さんは教室の後ろにいて、それを見守っているだけでした。

振り返りミーティングが熱い

授業が終わった後、別室のミーティングルームで振り返りをしました。参加したのは、筒井さん、CTのメンバー、見学者、学生4人でした。

一人ずつ順番に授業についての感想を述べていきました。学生からCTに率直な厳しめのフィードバックがあり、それを、CTが真剣な顔でメモしていくという光景がとても印象的でした。学生から率直な意見が出るということは、振り返りミーティングが安心安全の場になっている証拠なのではないかと思いました。

僕自身は、「授業デザインがよく考えられていると思った。また、見学者をもっと有効に利用してほしかった」というようなフィードバックをしました。

その後、学生から、Youtubeを使ったマーケティング方法についてのアドバイスを求められ、一緒に考えるという場面もありました。
 
授業をデザインし、その後、見学者や学生からフィードバックをもらうということを毎週繰り返すことで、CTは、大きな学びを得ていると思いました。

筒井さんは、「いろいろとうまくいかないことが出てきても、CTの皆さんは能力の高い人たちなんで、最後は、何とかしてくれると信じているんです。」と発言していました。その後も、何度か、筒井さんから「信じています」という言葉を聞きました。

内発的動機に基づいたLearningが、学生のLearningを促す

実際にCTが行う授業を見たときに頭に浮かんだのは、反転授業オンライン勉強会で杉森公一さんがおっしゃっていた「LearningがLearningを促す」「学ぶ教師からしか学べない」という言葉でした。

CTという存在は、金銭的な報酬を外から得ていないことで、自他ともに認める「内発的動機に基づいて学んでいる存在」なわけです。
 
そして、そのCTが、15週間でぐんぐん成長していくのを、授業に参加している学生は目の当たりにすることになります。

CTのLearningが、学生の主体的なLearningを促すわけです。
 
そうすると、学生の中から主体的な動きが少しずつ出てくるんですね。筒井さんはそれを見逃さずに、学生の主体性を引き出していき、学生という枠組みから出して挑戦させていきます。

筒井さんの代わりに、反転授業用のビデオを学生に作らせたり、CTの代わりに学生に授業を作らせたり、枠組みから出たがっている人を出してあげるんです。
 
そこから、いろいろなドラマが生まれ、ドラマの中で学生もCTも教員も学んでいくことになっているのだと思いました。

筒井さんの役割は、そのようなドラマが起こるような場を創ること。

カオスが起こっても、「最後はうまくいくと信じています」と言って、みんなに勇気を与えること。

自分自身が場創りをするようになり、筒井さんが果たしている役割の重要さを痛感しています。

少しだけ未来が見えてきた

ドラマが起こるためには、「内発的動機に基づき、自ら枠組みを出て行動する人」の存在が不可欠だということが見えてきました。このような存在は、周りに「枠組みを出ること」を促すことができるのです。

報酬による外発的動機づけは、場合によっては、内発的動機づけを弱めてしまうこともあるので、その人が本当に望んでいること、つまり、「成長したい」という欲求に応えていくことで報いるというやり方があるのではないかと思いました。

僕の中には、労働してもらったら報酬を支払わないと申し訳ないという固定観念がありましたが、その一方で、本当にやりたいことで、かけがえのない経験になると思えば、無報酬でも、お金を払ってでも労を惜しまずに行動する部分もあり、これらは、矛盾しているわけです。

お金をどのようにして得るのか、他人の労働に対してどのようにして報いるのか、という部分について思考が確実に一歩前進しました。

次回のオンラインワークショップでは、新しい試みをすることができそうです。

京都精華大学人文学部教授 筒井洋一さんにインタビュー

2014年8月にFacebookグループ内の告知で、授業協力者の募集をしていたのを見たのがきっかけで、筒井さんの授業にとても興味を持つようになりました。

【大学教育に関心のある社会人・大学院生・学生の方へ】 京都精華大学の授業「情報メディア論」を教員と一緒に創りませんか?  授業協力者募集です!

一部引用します。

授業をオープンにすると、学生の学びが深まります。

同大学人文学部専門科目「情報メディア論」の授業が9月から来年1月までおこなわれます。その授業を私と一緒に創っていただける授業協力者(Creative Team: 略称 CT)3?4名を募集します。CTとは、15週間、教員と同じ立場で、授業設計・準備・実施・検証する学外からのボランティアです。

授業期間は15週ですので、全期間一緒にできる方がありがたいですが、これは要相談です。報酬が伴わない、ボランティアでの参加となりますが、大学の授業を創る意欲、他人との協調性、最後まで愉しくやり抜く気持ち、そして何よりも学生と共に学ぶ気持ちがあれば、経歴は問いません。しかし、大学、NPO、企業などでの授業、ワークショップの企画運営の経験者が望ましいです。

(中略)

忘れてほしくないのは、CTは、教員の補助者ではありません。むしろ、学生と教員、そして見学者をつなぐ存在です。みなさんが中心になって授業を進めていってほしいと思います。実際に、授業時間の大半をCTが担当してきました。CTが学生の学びを支えるために、たえず寄り添う必要があります。けれども、教員以上に努力してもらったとしても、交通費や謝金などは出ません(すいません)。私とCTとのつながりは、金銭関係でも、また上下関係でもなく、互いの思いをつないでいく関係でありたいと思います。その意味で、CTは、個人の強さだけでなく、CT全員のチームワーク、CTと私とがチームとして取り組むことが何よりも成功の秘訣です。

筒井さんの「グループワーク概論」や「情報メディア論」は、Facebookなどで公募したボランティアと一緒に対等な立場で授業を作り、さらには見学者も授業に参加してもらうという他に例のないオープンな授業です。

授業風景については、こちらの動画をご覧ください。

このような外に開かれた授業が、いったいどのような背景から生まれてきたのか、とても興味が湧きました。

そこで筒井さんにインタビューを申し込み、お話を聞かせていただくことにしました。事前に筒井さんが書かれた論文や記事を拝見し、予備知識を得た上でインタビューさせていただきました。

社会や教育の先を見て適応しようと思った

筒井さんは、最初はドイツ外交史を研究されていて、途中から分野を変更しますよね。それは、どのようなきっかけがあったのですか?

大きなきっかけになったのが93年に大学設置基準が変わったことです。私は、教養部というところにいたのですが、91年にドイツから帰ってきて同僚の先生に「筒井さん、帰ってきて教養部があってよかったな。」と言われたのが衝撃的だったですね。国立大学というのは絶対首を切らないと思っていたのですが、そういうことはなくなるんだと思いました。

それで、強いられて何かをやってくださいと言われるよりは、これから社会や教育がどのように動いていくのかという先を見て、それに適応しようと思いました。

ドイツ外交史という専門分野は、明治以来からの歴史ある専門分野ですが画期的なイノベーションというのはない分野なんです。既にかつての巨人が調べつくした感じがあって、大きな貢献ができず、我々ができることと言えば、重箱の隅をつつくようなことだったので、そういう人生で一生過ごすのは嫌だなと思いました。

もちろん、たまたま大学院でそういう分野を選んでしまったからそれを続けるという人生も当然あると思いますけど、変えないでひたすら守っていくというのは、僕はできなかったです。

すごく共感します。僕も動画配信が2年くらいでダメになっていくだろうなと思って、それなら新しく生まれることを先頭に立ってやりたいと思ったのが反転授業に取り組み始めたのがきっかけでした。大学改革や教育改革へ取り組むようになったのはどのような理由だったのですか?

現状の大学教育や自分自身がやっていることが、このままじゃまずいなと思いました。

何百人もの生徒に対して90分しゃべれば義務は終わるわけだし、学生の試験の点数が悪ければさぼった学生が落ちればいいということなんですけど、それが、本当にいいのかなと思ったんです。

特に法学部や社会科学系というのは、大学経営の中では儲け頭なんです。たくさんの学生を大講義室に詰め込んで授業をするというのが、大学経営としてはやりやすいんです。だから、法学部や社会科学の研究者というのは、その仕組みに乗っかっているわけなんです。

そこで、大学教員は自分の説明なり、解釈なりを学生に説明して、分からなければ学生が悪いという感じでしたよね。

1980年代から90年代ですから、センター試験が始まって、大学の学力低下というのが盛んに言われたころでした。

それは、ちょうど僕が大学生になったころですね。笑 第1回のセンター試験を受験しましたから。

ちょっと学生が変わったなという気持ちがありましたが、それに対して大学があまりにも何もしていないなと感じていました。

大学改革に一番最初に取り組んだのは、教養部の大講義、200人くらいの政治学の授業でした。講義の途中(5週目くらい)でテーマを出してレポートを出してもらいました。1回目はたいしたレポートが出てこないんですよ。それで、簡単に添削して学生に返却したんです。論旨が一貫しているかとか、問題点を指摘しているかとか、10項目ぐらいチェック基準を作って、あなたはどの項目ができていませんねという形でチェックして返したんですよね。

それから1か月後に同じテーマで前よりもいいものを書きましょうということでやらせたら、やっぱり、よくなるんですよ。それで、これは、学生が悪いのではなく、少しきっかけをつかめば学生は十分に伸びるなと感じました。ここから、大学改革に興味を持ちました。

大講義の授業というのは、教員もそうですが、学生からしても苦痛ですよね。こちらも話し続けているけど、前の何列かの人だけが熱心で、それ以外の人は、ただノート取っているか、後ろのほうで寝ているかですから。この関係は、すごく居心地の悪い関係だなということを80年代の終わりからずっと思っていました。

僕は、大学の大講義の授業が苦手で、教員のせいにして授業から出て行ってしまった側だったんですけど、今のお話うかがって、あれは大学教員も辛かったんだなということが分かりました。

教員のほうも学生の学びを促進させないし、学生のほうも学ぼうとしないという共犯関係で成り立っているのが大学の大講義授業です。

筒井さん自身が、ドイツ外交史という分野を飛び出して新しい分野へ飛び込んでいった経験をお持ちだということが、とても印象的でした。その経験によって筒井さんの周りに次々と動きが産み出されるわけです。教養部の授業での気づきが大学改革へとつながっていきます。

大学改革として日本語の授業を提案する

大学改革として、具体的にどのようなことをされたのですか?

大学改革の1つとして、日本人学生向けの日本語の授業をしましょうという提案をしました。

93年に改革を始めて最初のプロジェクトを作るときに『言語表現科目』というのを提案したんです。法学部の教員が国語の提案をするんですから、非常に後ろめたい気持ちがありました。けれども、教員は、学生よりは文章を書いているし、学会などで発表していますから、学生よりは2,3歩前に行っているので、その分だけでも教えようということに賛同する教員を各学部から呼びかけて集めて、何とかやったんです。

今や、全国の8割くらいの大学が日本語表現法とかアカデミックライティングとかといった科目を持っているんですけど、当時はそんなことをやっているところはありませんでした。

それは、1年生向けの授業ですか?どうして日本語の授業をやろうと思ったんですか?

政治学の授業で何度かポイントを指摘すれば学生は伸びるというのが分かっていましたから、それを大学の1年次にきちっと学べば、専門の勉強にも役に立つと思いました。

工学部の先生は、卒論に取り組む前の、3年生後期とか4年生前期にやるといいなぁという話をしていました。理科系の先生はとても熱心で、学生の日本語を直すことを授業とは別にチェックしているという方が多かったんです。

提案は受け入れられたんですか?

科目は新設されたのですが、多くの教員からは袋叩きに合いましたね。留学生に日本語を教えるのは分かるけど、日本人に日本語を教えるというのは理解できないと言われました。特に文科系の教員からは袋叩きでしたね。

それが10年以上経つと市民権を得ているわけですから。

今はどこでも初年次教育をやろうという話になっていますけど、最初はそんな状況だったんですね。

学力が低いのは学生が悪いんだから自分で勉強しろという雰囲気でしたし、学問の府で日本語のスキルなんかを教えるというのは大学になじまないということもさんざん言われましたね。

教育学部の国語の先生とかは、自分たちに負担が来るんじゃないかと思って猛反発しました。

賛成したのは理科系の先生だけでした。

僕は教養部と、その後人文学部という文系学部にいたんですけど、僕の支持者はそこにはいなかったんですよ。

さらっとおっしゃっていましたが、「多くの教員から袋叩きにあいました」という状況の中で、プロジェクトを提案して進めていくというのは、並大抵のことではなかったと思います。筒井さんからお話をうかがっていると、話しぶりがとても穏やかなんですが、その中に「強さ」を感じました。誰もやっていないことを最初にやる人というのは、こういう「強さ」を持っているのだと納得しました。

インターネットとの出会い

筒井さんの活動の中でインターネットというものも大きな位置を占めていると思いますが、インターネットにはどうつながるんですか?

2001年まで在籍していた富山大学には5学部あって、そこに言語表現科目の担当教員がいたんです。当時は、その担当者たちに、会議を開きますとか、意見をくださいというときに、印刷した文書を学内使送便というもので送っていたんです。これは、箱に入れておくと一日に一回配達してくれるという制度だったんです。

でも、会議の日程調整を使送便を使ってやろうとすると、全然返事が返ってこないんです。一方で、Niftyユーザーの人からは、即日、メールで返事が返ってきました。事務処理の効率化のためにはパソコン通信やインターネットを使わないとやっていけないなと思いました。

それと、研究でイギリスに行ったときにNifty経由でアカウントを取得した環境保護団体グリーンピースのグリーンネットというパソコン通信があって、それを使っていろいろ調べることができたんです。

また、ドイツの大学図書館に文献検索に行くときに、以前ならば、30?40万円の旅費をかけて、ドイツに行って、現地の図書館でカード検索しなければならなかったのが、無料で検索できるようになりました。さらに、アメリカの議会図書館に何ドルか払えば雑誌論文をすぐにFAXで送ってくれました。以前は1ヶ月以上もかかっていたのが嘘のようでした。海外研究をやるものにとってインターネットというのは不可欠だなと思いました。

僕が修士の学生のときに、MOSICとかNetscapeとかが研究室に入ってきたんですよね。まさにその時期ですね。

94年の1月にNiftyサーブを使い始めてからはまりました。その年の秋にはインターネットを使って海外プロジェクトをやりたいという気持ちになってしまいました。自分の研究分野である、ドイツの大学の文科系の人といっしょにインターネットで授業をしたいなということが浮かんでしまったんです。1995年は戦後50年の時代でしたから、日独戦後50年の比較政治というテーマで、海外のメーリングリストに、パートナー大学募集と英語で出したんです。アメリカの大学だとすぐに見つかるけど、ドイツのパートナーを見つけるのに数ヶ月かかりましたが、結果的に三大学が希望してくれました。

当時、インターネットを使って授業をやるという取り組みをしている方はいたんですか?

文科系レベルで海外とつないでサイバーセミナーをやったのは、僕が一番初めだと思います。96年に日本経済新聞社の文科系ホームページコンテストで1位になったんです。その当時は、東大、京大、早稲田、慶応とかのトップ校は、まだ、インターネットのコンテストとかに乗り出していない時だったんです。何の脈略もなく、地方国立大学の富山大が突然1位になったんです。他大学は、大学生が一人か二人で勝手にゼミのホームページを立ち上げてコンテストに出たんだろうと思いますが、僕のところでは学生が30人くらい関わっていたんです。96年は何かを最初にやれば一位になれた時代でした。

海外と繋ぐと学生のモチベーションは上がるんですか?

95年の時代ですから、インターネットを使いたいけど、使える場所がないという学生が一杯いました。工学部のコンピューター室ではつながるんですけど、他学部生は使えない。そこで、人文学部の僕の実習室で24時間いつでも使えるし、メールサーバーやWebサーバーも立ち上げて自由に使えるという環境を作ったんですよ。そしたら、学生の中で「筒井の自主ゼミのところがインターネットを唯一使えるらしい」ということで集まってきたんです。

インターネットというだけでモチベーションが上がったんですね。

インターネットの実物は見たことがないという学生ばかりでした。でも、意欲があるんで2週間でブラインドタッチはマスターするし、Webサイトの立ち上げ(タグ打ちで)も1か月でマスターしていました。誰かが新しい発見をすると、みんながそれに飛びついて吸収して、それでまた新しい発見をしてというサイクルができていました。それを見ているのが楽しい時代でした。

学生が主体的に学んでいく場を作るということが、そのときにすでに始まっているんですね。

その時代だけ、富山大の僕の自主ゼミに行っている学生の就職先が急に大手になりましたね。面接でメールを使ってとか、ホームページを作ってとか、そういう話だけで、IT系は争って取りましたからね。

筒井さんの特徴の一つに先見性があると思います。常に先を見ていて、そこに向けて行動を起こしていくのです。インターネットを使ったサイバーセミナーも、まさに、その先見性が現れた例の1つだと思います。また、学生のやる気に火をつけて自由にやらせて伸ばすという現在の活動につながる芽が、この時期にすでに見られるというのも興味深いです。

カウンセリングとコーチングの経験が授業運営に生きている

筒井さんは、いつごろカウンセリング・コーチングを学ばれたんですか?

95年から2000年までサイバーセミナーをやって、eLearningの成果を上げたというのはあるんですけど、同時に当時のeLearningというのは物理的な接触がなくて、文字ベースとチャット、メーリングリストだけでしたから、5年もやると限界があるなと思いました。それで、やめたんです。それで、対面で能力を上げようと思ってコーチングの認定コーチの資格を取るために勉強したり、日本ファシリテーション協会に入ったりしました。あそこにいると、毎週、教科書にないワークを会員が作ってくるわけですから、いろんなことを学べました。

それまで、学生の面談とか得意じゃなかったんですけど、それをやり始めてからよくなりました。

でも、その時点では、大学教育と結びつけることは考えていませんでした。

コーチングを授業に結び付けようと思ったのは、ずっと後になってからです。

これは、そのときは役に立つのかどうか分からずにやっていたものが、10年以上たって役立つというのは、僕自身も経験していることですが、「偶然」というよりは「必然」なのではないかと感じています。つまり、筒井さんが様々なものにアンテナを伸ばし、挑戦してきたからこそ起こることなのだと思います。おそらくお話に出てきたもの以外にも、様々なものに挑戦されているはずです。そのような姿勢を長年続けていくと、ある意味、必然的に、様々なものが繋がってくるのではないかと思いました。

インターネットとボランティア活動

筒井さんのホームページを拝見するとNPOやNGOの活動というものも大きな位置を占めていると感じました。インターネットとの接点にも注目されていますよね。

もともと僕の国際関係論の研究の中にNGOというのが大きな位置を占めていましたから、理論的には全部わかっていたんですけど、インターネットと結びついたのは阪神大震災のときでした。

当時、富山にいましたけど、出身大学が神戸でしたのでいろいろ心配しましたけど、仕事があってなかなか現地へ行けないという状況だったんです。それで、富山にいてもネットワークを使って震災ボランティアみたいなことをできないかなと考えたんです。海外の政治学とかのメーリングリストに「阪神大震災という類を見ない大きな地震が起こって、私は500キロくらい離れた場所にいるんですけど、やれることは何かありますか」と出したら、アメリカのロス地震の経験とか、いっぱい投げてくれたんです。そういうところからヒントを得て活動をしました。海外からは、「神戸在住の人で安否が分からない人を探してくれ
という要望が多かったんです。亡くなっていたらすぐに死亡通知に乗りますが、生きているか行方不明かの確認が非常に難しいんですよね。それで、死亡者リスト、行方不明者リストを確認して、電話をかけて確認して、問い合わせのあった研究者に伝えたりしていました。

震災後の活動は、ボランティアとパソコン通信が結びついた日本最初のケースだったんです。僕もパソコン通信をやり始めたばかりのときだったので、ボランティアとインターネットを結びつけるというところに関心が生まれました。

僕は、東日本大震災のときに東北にいて、地震の後、ライフラインがすべて止まってしまったんですが、試しにイーモバイルを繋いでみたらつながって、原発事故のことを知ってびっくりしたんですよ。Wikipediaでチェルノブイリのことを調べたら300km離れたところでもホットスポットができていたので、念のため避難しようと思って、同僚にメールして避難経路の情報を得ました。それで、大阪まで一時避難したんです。仕事でネットを使うことに慣れていたので、避難する途中で、安否確認と避難経路の情報をシェアするためにスマホから捜査して掲示板を立ち上げたり、一括メールを送ったりしていました。あのときは、インターネットがあったおかげで本当に助かりましたね。

阪神大震災のときはインターネットはあるだけでしたけど、東日本大震災のときは、インターネットなしでは考えられなかったですよね。

東日本大震災の後、安全性はどうなるのか、日本がどのように変わっていくのか、その中で、自分や家族がどのように生きていくのかということを考えざるを得なくなって、ネットにかじりついて国内外の情報にアクセスするようになったんですが、その中でメディアの問題が自分の中で大問題になってきました。プロパガンダ的な情報が溢れる中で何を信用して動くのかということでメディアリタラシーが重要だと思い始めるきっかけになりました。

僕は、2001年に富山から京都に移ってきて京都精華大に赴任したんですけど、京都はコミュニティ・メディアが活発な街です。毎日新聞の京都支局だった、1928年に建てられたビルがあるんですけど、これを取り壊すという話が2000年の初めころに出たんです。それを保存しようという市民の運動があって、そのなかで、マスメディアと違うコミュニティメディアを自分たちで作ろうという人たちがいてNPOとして、わが国で初めてFMラジオ局が開局しました。東日本大震災のときもコミュニティメディアに関わっている人たちは、東北の小さな町のコミュニティメディアの立ち上げの手伝いに行っていました。マスメディアとは違うメディアというのはわりといつも近くにあるという感じですね。

なんかあったときは、マスメディアとは違うルートのものというのは、いつも気をつけるようにしています。

国際的なNGOのようなネットワークができることが社会変革に繋がっていくというイメージがあるんです。国境を超えてネットワークが広がって情報が直接やり取りされるなかで、相転移が起こっていくことを期待しているんです。

世界に対してシニカルに見るというのも大事なんだけども、僕は創り出すほうに興味があります。自分たちで創れば自分たちの魂がこもりますから。魂のこもったものを自分の周りに作っていくと、それが、最後に自分を守るなと常々思っています。自分たちが小さなところだけでやっていたものは、得てして内部の人たちだけで消費をしてしまうということになりますが、僕は、あれがものすごく嫌なんですね。

内部でやったものを外に出すということをいつも考えていますね。

内部に留めるのではなく、外に出していくことによってダイナミズムが生まれますよね。

大学の世界というのは、外に出すと批判を受けるんですよ。建前上は外に開くメリットというものは言われますけど、批判を受けるのは直接的には現場の自分たちですからね。

単純に批判を呼び込むというイメージもあるんですね。

だから、大学は、都合のよいことだけを発信するということを考えがちです。でも、本来は、良いものも悪いものも含めて発信して、向こうに判断をゆだねるものです。もちろん発信側には何かしらの意図がありますけど、それをどう判断するかは受け取る側ですから。よいものだけを出すと綺麗ですけど、でもそれは相手に伝えていないと思うんです。それをどう超えていくのかというのは、大学の中にいると悩むんですよね。まあ、僕は、やるところまでやっちゃいましたけど。笑

僕は、物理の講義をインターネットで販売しているのでWebマーケティングの手法を身につけています。それは、セールスポイントを相手に伝えるというものだから、見せたいものだけを見せるということなんです。

反転授業のオンラインの講座でも、なんとなくそのままマーケティングの手法を使っていたんですけど、ファシリテーションを学ぶ意味を突き詰めていたらマーケティングの手法を取ることに矛盾を感じて苦しくなってきました。フラットな関係を作っていくための手法を学ぶための講座の告知がフラットではないということに矛盾を感じて立ち行かなくなってしまったんです。それでビジネス的に失敗してもいいからオープンにして、本音のところを書いて出したんです。そしたら、グループのメンバーがいろいろアドバイスしてくれたりして、ダイナミズムが生まれました。

その経験を通して、筒井さんの授業を見直したときに、自分が考えていたようなことを、筒井さんが、もっと前からやっているということに気づいて、あらためて、すごいことをやっているということが分かったんです。

ボランティアと一緒に創る情報メディア論

筒井さんは、いつごろから授業を公開し始めたんですか?

7年前くらいまでは、大学改革とか大学教育で論文書いたり発表したり、研修会をしたりしていましたけど、自分の授業は公開しないタイプだったんですね。学会で発表するというのは、こういう成果が上がりましたということを発表します。研修会でもこういう方法がありますよというアドバイスをします。いいところだけを言いますよね。でも、実際に授業を見たら、不十分なところがいっぱいあるわけですよ。でも、研究者として発表するときには不十分なことは言わない。だから、授業公開して「論文と違うじゃないか」と言われるのが怖かったです。だから、人に授業公開すると、自分にデメリットがあるんじゃないかと思っていました。

最初から授業をオープンにしていたわけではなかったのですね。外に開いていくきっかけになったのは何だったのですか?

きっかけになったのは、キャリアデザインという授業を担当することになったことです。僕は、大学を卒業してそのまま研究者になったので、キャリアデザインの授業を僕はできないなと思ったんです。それで、ファシリテーショングラフィックの達人の女子学生とか、そのほか数人に声をかけてブレストをしたら、結構、よかったんですね。それで、他の人に相談をすると自分の授業がうまくできるという経験をしたんです。3?4年前からは、学生に聞くだけじゃなくて、見学に来てくださいということをやり始めたんです。見学者も最初は後ろにいてもらおうと思ったんですけど、見学者はキャリアカウンセラーだったり、グループワークの経験が豊富な人が多かったんです。それで、見てもらうよりも学生のグループの中に入ってもらうことにしたんです。彼らにとっても学生の中に入るほうが楽しかったんですね。学生に聞くのは、どの教員も聞けるんですけど、他の教員や職員には面子があって聞けないです。ですから、他大学のFD(Faculty Development)の職員をやっている知り合いにアイディアをもらうことにしました。これで、大学を超えてしまったなと思って、それなら、単にアドバイスを受けるだけじゃなくて、外部の人と一緒にやってみたらどうかと考えたんです。

なるほど。そういう段階があったんですね。それがさらに発展してCTになったんですか。

大学生が高校に行くという授業をずっとやっていまして、かつて高校生だった学生が高校生向けに授業をするというワークショップをやっていたんです。その中の学生に、今度、学外の人を呼んで一緒に大学の授業をやるんだけど手伝ってくれないかと頼んだら、やってくれることになりました。それから3月の終わりころにFacebookに手伝ってくれる人を募集したら、ものすごい反応があったんです。

募集を見たときに、これだけコミットするって、正直、負荷が大きくて大変そうだなと思ったんです。でも、だからこそ意識の高い人が来たんですね。

あと2人来たんですけど、彼らは後先考えていないんですよ。大学の授業を自分たちで作れるというのは面白そうだということだけで来ているんですよ。

一人の女性は、大学まで交通費5千円をかけて毎週やってきたんですよ。お金をもらえないで、交通費5千円払って大学の授業に参加するなんてそんなバカなことはないと親から怒られたと言っていました。

当初、Facebookに出して本当に集まるのかというのは不安だったんですけど、1週間で3人決まりました。それで、できてしまったんです。

15週の講座が終わった後、どうするかというのは全然考えていなくて、とりあえず15週やってみようということになりました。

実際にやったら、彼らは大変だったと思いますよ。でも、やりきってくれました。それだけ実力のある方ばかりだったということです。

今や、私にとって、彼らは家族のような存在です。

お金だけを動機づけにして動くというところを変えていかないと、社会システムの動きが変わらないという思いがあるんです。eboardの中村さんのように内発的動機に基づいて一人で大量の動画を作っていったりすると、損得とは違う部分で周りが動き始めて、そこから渦が広がっていって何かが起こるというのを見てきて、そこに希望を感じています。そういう動きを大切にしていかないとマーケティングを動かしているようなところの思う通りに人が動くような社会になってしまいます。筒井さんの授業のCTの方のように経済の原理で考えるとありえない動きをする方は、本当に貴重ですね。

そういう高いハードルを越えた人は、すごい意欲が高いです。遠いところから来る人は決心していますから、何とか楽しもうという気持ちがものすごい強いですね。

その熱が、授業にぐっとくるわけじゃないですか。それは、燃えますよね。

CTさんの個々の能力は間違いなく高いです。15週ボランティアで働くというわけですから中途半端な人は来ないです。能力は高いんです。でも、CT内のチーム作りは苦労します。3人とか5人とかの連携を短時間でやらないといけないですから。

筒井さんは、CTのチーム作りについて、放っておくんですか。ある程度、介入するんですか。

今年度前期まで、一年半は、毎週のコマシラバスを作ることと、CTのチームビルディングをやることを15週やり続けたんですけど、これは、大変です。そこで、後期は、シラバスはこちらで半分くらい作っておくことにしました。それで、チームビルディングに力を注いでもらうようにしました。

このように時期によって変化はありますが、CTのチーム作りについては、基本は待っています。介入はしないです。当事者間の中でどうするか。みんなが協力するための舞台を作るのが僕の仕事ですから。誰と誰を組み合わせるというのは絶対にしないですね。

それは、覚悟がいりますよね。責任は、筒井さんがとるわけじゃないですか。CTのメンバーも筒井さんに迷惑をかけられないという思いはありますよね。

それはありますね。最初は足並みそろわないんです。モジュール1(4週1モジュールの第一モジュールのこと)のときは学生も混沌、CTも混沌という状態です。でも、それで当たり前なんです。モジュール2になればCTもクオリティを上げないといけないので頑張ります。そこで、モジュール1の混沌をモジュール2に引きずるというのはなくなってきます。

あと、僕は、コーチングの経験があるので、待つというのに慣れているんです。カウンセリングモードでやろうと思うと、結構、待てるんです。自分で介入して、何か言ってよくなればいいですけど、よくなることはないです。

能力が高い人がいて、目標が決まっていれば、やれるんです。

筒井さんがやられているような、CT(Creative Team : 授業協力者)が入り、見学者も参加するような授業をされている方は他にもいらっしゃるのですか?

私が、授業を一緒にボランティアで創ってくれる人財=CT(授業協力者)という概念は、僕が作ったんです。本来、授業は、学習者と教育者の間でクローズしている世界ですから。そこに教員と対等な立場での第3者を入れるというのは僕以外考えていないと思います。

海外の事例も見ているんですけど、TAが優秀だというところはありますけど、それでも、それは教員のサポートチームなんです。僕の場合は、ある意味、CTに完全に委ねてしまいますから。そうするとカオスになって崩壊すると思う方が多いです。もちろん、小さなカオスは当然あるんですけど、結果的には、僕が一人でやるよりも彼らと一緒にやったほうがいいものが出るというのが2年間の確信なんです。

みなさんいろいろご心配をされるんですけど、心配して何もしないよりも、やってみると意外とうまくいくんです。

2年前に始めたんですが、その前の年に、もしかしたらうまくいくんじゃないかという予感があったんです。半年ごとにCTを入れ替えていくというのは、当時は考えてもいなかったですけどね。

ただ、半年やってみたら、「最初の半年がうまくいっても、それは、たまたま筒井とそのときのメンバーだからうまくいった
と言われるのがいやだったんですよ。2年続けましたから、さすがにたまたまうまくいったというのはもはや言われません。もちろん、まだ、筒井がやるからうまくいくと言われることはあるんですけどね。

大学には労働の対価として賃金をもらうという金銭関係で契約した非常勤講師とかゲスト講師がいます。また、ティーチングアシスタントとかスチューデントアシスタントは教員の補佐として上下関係で使う感じですよね。こういう人たちが専任教員を支えているんですよ。

僕は、金銭関係でも上下関係でもないお互いの対等な立場での共感とか思いとかで学びを作れないかと思って、CTをやり始めたんです。

教員と対等な立場で、教員と共感や思いで繋がっているCTという存在が、筒井さんの授業では大きな役割を果たすのですね。学生は、CTという役割と生まれてはじめて出会うわけなので、慣れ親しんだ学生としての行動パターンを取りにくくなるはずですし、高い意欲を持って参加しているCTの強い思いは、学生に影響を与え、学生の学びを促すのではないでしょうか。

枠を取ってやると学びが爆発する

情報メディア論は、これから、どうなっていくんですか?

反転授業は受講生全員が見るというのがなかなかうまくいかないです。ビデオを見て、対面の授業をやるというのがうまくいくときとうまくいかないときがありますね。

最初は、僕が予習用のビデオ授業に出ていたんですが、今は、学生に登場してもらっています。

教材自身を、あるいは、講義自身を学生がやったらどうかなと思っているんですよ。

しかも、そこに出演する学生は、必ずしも学習意欲が高い学生ばかりじゃなくて、授業に遅れてきて、知り合いのグループで固まっている学生ですよ。そういう学生にやってもらおうと思っています。

学生側から見ると、教員がビデオに出てもそんなに新鮮味がないんです。でも、そんなに授業に熱心でない学生がビデオに出たらどうかなと思ったんです。

確かにビデオに出ている学生は、前のほうに座っている雰囲気の学生じゃないですよね。

けれども、やらせたら、ものすごく彼は乗るんですよね。うまい! でも、彼が実感として語ったのが、「今回はビデオの長さとしては5分ですけど、10分話すとしたら大変だ。筒井さん、すごいことやっているね」ってほめられましたから。彼は、作る側のことを分かったんです。授業というのは受け身で受けるものではなく、実際にビデオに出てみたら、作る側が何をやっているのかというのを彼はわかったんです。

教師はこうあれ、学生はこうあれ、見学者はこうあれ、という漠然とした固定観念というのがある限り、学生は学生であり続けようとします。だから、枠を取ってやると学びが爆発するんじゃないかなと思います。

ただ、反転は本来予習用なので、予習するためには事前に学習しなくちゃいけないです。そこで、今回のビデオ収録は、自分たちが学んだことはメモでちゃんと説明できるということにすれば、学生ができるなと思いました。復習用としての反転です。

モジュール2からは、CTの発案で、メインファシリテーターとディレクターというCTの役割のうちのディレクターを学生と一緒にやろうということになっています。

学生にそのことを話したら、5?6人がやりたいと言ってきたので、学生が学生に教えるという授業をやることになりそうです。

学生の中には、枠を超えたいという学生がいるんです。それを、あなたは学生ですよと言って、枠に閉じ込めるんではなくて、ちょっと一緒にやってよ!と言ったら喜んでやってくれるわけですから。

学生の一部が枠から出ることで、学生の枠にとどまっている学生も刺激を受けるわけですよね。自分もあそこに行く可能性があるということに気づいてしまうわけですね。

今までこいつはダメなやつだと思っていた学生が、突然教師になってビデオに出てきたり、前に出て授業をやったりすると、学生同士の固定された関係が崩れますよね。それは面白いです。

筒井さんの授業では、CTが存在することによって、教員と学生の関係性が不安定になるのだと思いますが、学生にビデオを作らせたり、ディレクターをやらせたりすることで、どんどん境界がぼやけてくるわけです。そして、学生に固定化した役割を抜け出して学ぶことを促す状況が生まれるわけです。これは、責任者の筒井さんが、カオスを恐れずによい未来を信じてコントロールを手放すことができるからこそ産み出される状況だと思います。本当の意味でLearningが促される状況なのではないかと思います。

枠組みの外に出て活動する経験が、枠組みを変えていく

「反転授業の研究」の次のワークショップをどうしようかと迷っているんですよ。マーケティングの手法を使った「集客」という考え方には戻れないので、今回、江藤由布さんがしてくれたような、役割を越境して、境界を曖昧にしていくような動きを、次のワークショップのデザインに入れないと次に進めないと思っているんです。CTは大きなヒントになっています。

江藤さんには、もっと発想を出してもらって作り変えていくことができるんじゃないかなと思うんですよね。彼女と話していて、高校の教員という感じがしないんですよね。イノベーターが、たまたま高校の教員だった、そういう印象がありました。

彼女の才能をもっと引き出していけば、枠組み自体を変えるような展開になるんじゃないかなと思います。

アクティブラーニングと「反転授業の研究」に出会って人生変わったとおっしゃっていますから、人生が変わった者は、それに従ってさらに背中を押してあげないといけないですよね。

枠組を超えるという意味では、今、アーティストの杉岡一樹さんという方をサポートするプロジェクトというのをやっています。杉岡さんは、「反転授業の研究」のロゴを作ってくださった方です。そのプロジェクトにキャリア教育に興味のある教師を何人か誘ってボランティアをしてもらって、10人ぐらいのチームを作って収益化を目指しているんです。教師という枠組みを超えて活動したいという人は、僕の周りに結構多いんです。杉岡さんの生活がかかっているので、失敗できない状況の中で、ブレストして商品作ってスモールビジネスを立ち上げるという経験をシェアしています。オンラインでつながることで、枠組みを超えた活動をしやすくなっていますね。

人の価値というのは、その人が所属している組織とは関係ないところでどれだけ能力を発揮できるのかというところで決まるところがあると思うんです。

プロボノという考えは、人生の中で重要なことだと思います。僕の授業でも、CTや見学者は、みんなプロボノだと位置づけているんです。

※プロボノ(Pro bono):各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティア活動全般。また、それに参加する専門家自身

学生の中には、単位を取らなくてはならないから授業を取るけど、単位と関係がないからやりませんとか、バイトだとお金が入るからやるけど、学外の研修セミナーではお金がもったいないから行きませんとかいうし、社会人でも、自分のドメインのところで本務だから力を入れるけど、それ以外のところは力を抜くというような人は多いと思うんです。でも、本務のところで発揮できる力が、本務以外のところでどれだけ発揮できるかということが重要なんじゃないかと思います。

これからは、安定的な職業に就ける可能性はどんどん狭まってきますからね。これからどんな職に就くのかというのも含めて、本務以外のところでどれだけできるのかということが大切になってくると思います。

僕のこの20年間の経験を振り返ってみると、河合塾の講師をやりながらネット予備校を立ち上げて、ネット予備校がメインになってから反転授業の研究を立ち上げて、というように、メインの仕事をやりながら別の仕事をやっていくことで、状況の変化になんとか対応できたという気がしています。横に可能性が広げていくことで、時代が変わっていっても、撒いた種のうちのどれかが成長していって自分を助けてくれるというのが実感です。

京都には、いくつかの仕事をしながら全体で収入を得るというような人がものすごくたくさんいるんです。

京都生まれで就職で東京に行きましたが、京都に戻ってきて、京都移住計画という団体をやっている友人がいます。

地方都市に移住しようという人が増えてきています。京都では都市部が空き家になっているので、そこに移住するだけじゃなくてコミュニティを作ろうという動きが生まれています。同じような動きは全国で生まれています。

そういうのを見ると、都会ほど給与は高くないけど、1つで専業でやるよりも、いくつかの仕事をすることで全体として収入を上げていくということを彼らは考えていますね。

嘉村賢州さんにインタビューをしたときにも京都でのコミュニティの話になったんですが、そのときは、もっとメンタルな部分にフォーカスしている感じがしたんです。でも移住ということだとちゃんと暮らしていけるかどうかということが関わってきますね。

それをやらないと地方は持たないです。これから世界の中で東京が下がっていくことを考えると、地方はもっと下がってくるわけですよね。地方に新しい人が入ってきて、協働していくようなことが起こってこないと持たないですね。

地方都市に移住する場合、価値観の転換があるんですか。

上昇志向は捨てないといけないですね。自分の周りを住みやすくする。自分たちの生活自体が快適になることを考えていくことになると思います。

東南アジアに行くと、食事できる場所がものすごくたくさんあるのを見るんです。どのお店もほとんど同じメニューで、差別化とかしていないので、「ウチはチャーシューが入っているよ」とか差別化すれば利益が出るのにと思ったんです。でも、よくよく見てみると、そういうものじゃなくて、コミュニティの中で食事を作る担当になっているという感じなんですよ。だからコミュニティの人が朝、昼、晩とそこに食べに来るので、宣伝も必要ないし、メニューを差別化する必要がないんですね。

家事の社会化というものがありますね。日本だと家の中で食事を作りますが、アジアだと家事が社会に出ているんですよね。日本のほうが特殊だというのを読んだことがありますね。

コミュニティという感覚があれば、価格競争ではなくて、コミュニティの共生のための消費活動が起こるんですよね。

おふくろの味というのは、そういうものですよね。その人にとっては特別なものだけど、他の人にとっては必ずしもうまいとは限らない。うまいまずいを超えたつながりがあるんです。

「オンライン講座を販売する」という構造ではなく、別の方法を考えるということは、価値観の大きな変更につながるものです。「反転授業の研究」のオンラインワークショップでは、「販売する」という論理を手放すことにより、「信頼をベースにつながるコミュニティ」が生まれました。これは、僕にとってとてもインパクトがある体験でした。この先は未体験ゾーンなので、どのように進んでいけばよいのか分からないのですが、筒井さんとお話ししているうちに、カオスを恐れずに進んでいけば、どこかよいところにたどり着くのではないかという楽観的な気持ちになりました。

常にカオスを恐れずに突き進んできた筒井さんから、前へ進む勇気をいただいたように思います。

千葉市公立中学校学校教諭 篠崎伸子さんにインタビュー

篠崎さんは、中学生の英語の授業にタブレット端末(iPad)を導入し、アクティブラーニングをやったり、プレゼンテーションをさせたりする授業を展開しています。

また一方で、マレーシアやスリランカの先生と連携して、国際交流学習を行った経験をお持ちです。

篠崎さんが、ICTを使い、このようなエキサイティングな授業をしようと思った背景を知りたくて、篠崎さんにお話をうかがいました。

英語教師になったきっかけ

篠崎さんが英語教師になろうと思ったきっかけは?

子ども時代、漫画ばかり描いて完全に落ちこぼれでしたので勉強がわからない気持ちがよくわかります。どんな子どもでもきっかけさえあれば学び、変わることができると信じています。
また、英語に関しては、中学2年で3人称単数の動詞にsがつくことすら知らない状態でした。中学校を卒業するころ、初めて自分の年齢に近い外国人と話せてから世界が変わりました。その日から英語を話せるようになりたくてラジオ英会話等で学びました。

篠崎さんが教師になった最初のころは、どんな授業をされていたのですか?

とにかく楽しければ、勉強するということをモットーにひたすら楽しく勉強をすることを求めていました。若さと勢いで、比較級・最上級を学ぶときは腕相撲大会をしたり、ALTとも様々なゲームをつくりました。

そのときに、どんな課題を感じていらっしゃいましたか?

きちんと系統だてて学ばせていない。きちんとした学力を身につけさせる必要があると感じていました。

勉強ができなかった自分が大きく変わったという経験から、「どんな子供でもきっかけがあれば学び、変わることができる」という信念を持って取り組まれているところが、篠崎さんの活動の核になっているように思いました。

マッピングを授業に導入

マッピングを導入したきっかけは?

生徒指導が困難な学校にいて、大切なのはどんな環境、どんな子どもにも教えられる技量が必要だと感じました。授業が命で、どんなにまわりが大変でも教科学習ができる教師になりたいと考え、伝統校に異動し英語に関わる仕事なら何でも引き受けて勉強しようと誓いました。実際は、行った先でも生徒指導が大変な時期に研究を引き受けることになりました。生徒指導が困難な中で、すべての生徒を座らせて1時間もたせられる唯一の方法が、手書きのマッピングでした。
手書きと言うのは、ICTが苦手だったのと、時間がない中でフリーハンドで描けて、何にでも応用できる便利な手法だったからです。

具体的には、どのような授業をされたのですか?

下位から上位まで、様々なレベルの子どもたちに英語の読解文をさせるのは至難の業です。そんな時に、絵や写真を入れて吹き出しに入れるセリフを教科書から読解して書かせたり、スピーチを書くためにマッピングをさせました。
すると、できない子は日本語で単語を並べ、できる子は英語でマッピングし、それぞれが絵を描くように自由に取り組めました。

マッピングを導入していかがでしたか?

1時間座って活動ができるようになりました。文字だけのプリントでは取り組まない生徒が取組めるようになったのはメリットでした。攻撃的で勉強をせずに教室を出てしまう生徒がいたのですが、ある日、アフガニスタンで裸で座っている子どもの写真をみてどんな環境かを想像して
吹き出しマッピングに取組ませたところ、とても真剣に取り組みました。自分の小さい妹とダブらせてみていたようで、心配している様子が伝わりました。アルファベットすら書けないその子が、メッセージの欄にNever give up!と大きく書いたのを見て感動しました。
マッピングは思考を引き出したり整理したりそれぞれのレベルとペースで取り組めるのがよいと思いました。

「どんな子供でもきっかけがあれば学び、変わることができる」という篠崎さんの信念が、生徒指導が難しい状況でも、子供の可能性を信じて英語の授業を成立させようという試みにつながり、マッピングというやり方にたどり着いたとのですね。マッピングを導入したメリットとして、それぞれのレベルとペースで取り組め、授業に参加できない生徒を作らなくて済むとという点を上げたところが、篠崎さんらしいと思いました。

※篠崎さんのマッピングの活用についての論文をこちらで読むことができます。「表現力を高める「書くこと」の活動 ―マッピングを活用して― 」

eJournalPlusを使った取り組み

その後、eJournalPlusを授業で使うことになるのですよね。導入するきっかけは、どのようなことだったのですか?

上記のマッピングを活用したライティング活動を研究として市で発表したところ、翌年に千葉県総合教育センターからコンピュータでマッピングをしませんか、という話をいただきました。5年前ICTは本当に苦手で、携帯のメールすら打てなかったのですが、県総セの協力を受けて授業を展開することにしました。

当時、望月俊男(専修大)先生らによってeJournalPlusというWindows用のソフトが開発され、それを活用したときの学習効果の研究がされていました。ソフトを起動すると、画面の左側に文章が表示されます。そこから、文章をコピー&ペーストで右側に抜き出してナレッジマップを作ることができます。また、ナレッジマップをもとに文章作ることができます。それまでにやってきたマッピングをPCでできるのはすごいと思いました。このソフトは、思考力・判断力・表現力を育成するためのツールで、国語の学力を上げることは確認できていたのですが、英語ではまだ活用されていなかったので、英語の授業でも学力を上げることができるのか検証することになりました。

※eJournalPlusの詳細はこちらをご覧ください。

実際にeJournalPlusを使ってみていかがでしたか?

教科書なら英文の素材が限られていますが、ICTなら素材をいくらでも取り込めるのが大きなメリットだと思いました。このソフトを使うと文
の構成が分かるようになるんです。英文を書くのを助けるために表現集を作ってカテゴリから選べるようにしました。それを右側のレポートエリアにコピー&ペーストするだけでマップを作っていくことができるので、3文くらいしか書けなかった生徒が20文も書けるようになりました。これには、驚きました。

さらに、eJournalPlusにはコメント機能がついているので、他の人が書いた文章にお互いにコメントしていくようにしました。読んでいいなと思ったところはアンダーラインを引き、分からないところには質問をコメントするようにしたところ、Twitterのようにコメントがどんどん続いたりして、生徒が夢中になって取り組みました。

ICTの補助によって、表現できなかったことが表現できるようになり、お互いにコメントしあうという活動が学習意欲を高めたんですね。すごく面白いです。このとき、PCは何台使用していたんですか?

1台のPCを教室に持ち込み、時間を計って生徒が交代で使ってローテーションしました。限られた時間で友達の書いたものを急いで読み、コメントを書き込むので、読む文章の量が増えました。わたしの中では、eJournalPlusは最強のソフトで、私の授業の土台になっています。

※篠崎さんは、eJournalPlusを活用した授業実践が認められ、Microsoft教職員ICT実践活用コンテストで優秀賞を取られました。→リンク

※篠崎さんのeJournalPlusを活用した実践報告をこちらで読むことができます。

「いいと思ったところにアンダーラインを引き、分からないところに質問をする」というやり方は、先日行った小林昭文さんのAL型授業スキルアップ講座でも紹介されていました。安心・安全な場を確保しつつ、お互いにフィードバックを行うことができるやり方として、とても有効だと感じました。

eJournalPlusを導入して授業を行っても、篠崎さんの視点は全くぶれていないのがとても印象的でした。できなかった子が、ICTの補助をきっかけとして学べた、変われたというところに篠崎さんは着目しているんですね。そして、それが、新しいことを学びながら取り入れていく原動力になっているのだと思いました。

iPadを使った授業実践を始める

タブレット端末(iPad)を授業に導入されたきっかけは?

千葉市長期研修生として平成25年度の1年間、千葉大学の藤川研究室にお世話になることになりました。そこで20台のiPadとwifiモデム(WiMAX)を使わせてもらうことになり、自分のクラスでiPadを使った研究授業を行いました。

iPadを授業に使ってみて、どのように感じましたか?

iPadは、eJournalPlusが使えないし、「書く」という作業にはあまり向いていないと思いました。でも、ビデオを簡単に取れるとか、操作が簡単だとか、iPadならではの良さもあると思いました。

どのような授業をされたのですか?

中学3年生の4クラスを対象にして、「日本文化紹介」をテーマにしたポスターセッションの授業を行いました。プレゼンテーションとスピーチの練習にiPadのビデオを使用しました。
授業は5回行い、1回目の授業では、日本文化紹介に必要な言い回し、感情表現を学び、外国の人から見た日本の印象などを聞き取れるようにしました。2回目の授業では、ペアで相手に質問し、相手のことを紹介しました。第3回目は、日本のアニメ紹介をグループで行いました。第4回目は、ポスターセッション準備をしました。インターネットに接続したタブレット端末で発表内容を調べ、写真を取り入れ、書き込みをするなどして、ロイロノートというアプリを使って聞き手に分かりやすいプレゼンテーション資料を作成するようにしました。このとき、練習の様子をビデオに撮って振り返ることで、プレゼンテーションの技術を改善していくようにしました。5回目の授業が日本文化紹介についてのポスターセッションです。ポスターセッションは、次のように3ステップで行いました。
1)ポスターセッション(タブレット)
2) Q&A 発表グループが質問し、聞き手は英語で答える。
3)シェア 聞き手が感想を英語で述べ発表者がそれに答える。

外国の人から見た日本の印象の聞きとりは、どのようにして行ったのですか?

千葉大のEnglish Houseで留学生にインタビューして動画を作っています。複数の学生から、出身国、日本に来て驚いたこと、将来の夢、などパターンを決めてインタビューをし、ロイロノートにまとめ、自分のFB英語サイトに必要なインタビューをアップして使っています。
https://www.facebook.com/groups/528411697209748/

これを主にリスニング教材として使っています。ベールを被っているイスラムの学生が出てきた時は、宗教や文化の違いについても触れることができます。

マッピングにずっと取り組んできた篠崎さんが、ロイロノートを活用するのは、とてもよく分かります。あれも、いわばマッピングのアプリですよね。授業内で生徒同士のビデオ撮影は、どのように行ったのですか?

毎時間、授業の最後10分の中で、「1分間」の英語でスピーチを行い、ビデオに収録し、仲間と振り
返りをするという活動をしました。ビデオで撮るとよく分かるので表現力が伸びます。プレゼンの5つの要素である1)アイコンタクト、2)声の大きさ、3)態度、4)ハート、5)ゼスチャー、に注意を払わせて、生徒同士でお互いに気づいたことをフィードバックしながら練習させたところ、人前でも堂々と話せるようになってきました。

ビデオで撮るというのは、スピーキングやプレゼンのスキルを上げるのにとても効果があるんですね。マッピングが書くことを目的にしていたのに対し、今回は、話すことやコミュニケーションを取ることがテーマになっていると思いますが、このような授業をしようと思った理由はどんなことだったのですか?

私がとても影響を受けた本で、『SPEAKING OF SPEECH』という本があります。この本で学んだことが、ずっと私の中にあって、授業でやってみようと思いました。

実際にやってみて気づいたことはありましたか?

タブレット端末を使った語学の授業として大阪大学の岩居弘樹先生の先行研究がありました。(参考リンク

岩居先生のドイツ語の授業では、ドラゴンディクテーションを使って発音練習をしていたので、私の授業でも挑戦してみたんです。しかし、これが大失敗。わたしの授業ではクラスにiPadが20台だったので二人で1台を共有するという形だったのですが、これだとパートナーのことが気になってしまい「まちがうのが嫌」という意識が生まれてしまいました。また、英語を思ったよりもちゃんと拾ってくれないんです。また、WiMAXだけだと接続が弱いと感じました。Wifi環境で、一人一台じゃないと難しいということが、実際にやってみて分かりました。

手書き→PC→iPadと道具が変わっても、篠崎さんがマッピングという手法を使い続けているのが、とても印象的でした。マッピングは英文を作ることを助けるだけでなく、思考をまとめることもでき、そのまま、プレゼンの原稿にもなるので、非常に効果的だと思いました。

※篠崎さんのタブレット端末の活用についての論文をこちらこちらで読むことができます。

国際交流学習に取り組む

篠崎さんは、前任校で国際交流学習に取り組んでいました。海外の教室と連携して勉強することによって、どのようなことが起こるのかうかがってみました。

国際交流学習に興味を持つようになったきっかけは?

東大とマイクロソフトが開発したeJournalPlusを使った縁で、マイクロソフトのグローバルフォーラムに参加することができたのです。タイでアジアの先生方と5日間、ポスターセッション、ワークショップ、学校参観などを通し交流しました。それまでアジアの方と接することが少なかったのですが、どの先生も片言でも英語を通じさせよう情熱、また思いやりに魅了されました。となりのスリランカブースの先生方は、私が日本からきて一人でポスターを設置しているのを見て手伝ってくれたり、甘い手作りのお菓子をくれたりしました(笑)。
さらにワシントンDCで今度は世界中の国の代表の先生方と5日間交流をもちました。授業の概念が全く異なる国が多くあり驚きの連続でした。
その出会いから、facebook Skype等で交流が始まりました。

海外の取り組みとして、どんなものが紹介されていたんですか?

グローバルフォーラムでは、各国代表の先生方の様々な取り組みを学び合い教育の多様性を感じました。中でも、Willie Smits氏のDeforest Action projectに感銘を受けました。インドネシアの森は焼き畑で自然破壊が進む中、氏はオラウータンを保護し自然に返すために以下のような活動を行いました。他国の学校・生徒に参加してもらい、それぞれの国からそれぞれの生徒が衛星からネット上で分割された自分の土地を管理します。観察し、自然の生態、人々がなぜ焼き畑をするのか、その解決策を考えました。実際に生徒たちは、インドネシアの森のフルーツでジュース工場をつくれば商品を保存、出荷できそれで生計を立てられるのではないかと提案しました。現地に住む人たちに呼びかけ、日本で言うJA(農協)のような組織がつくられ、子どもたちが設計まで考えたジュース工場がつくられました。結果として、現地の人たちもこれにより生計が立てられ焼き畑をせずに、自然が取り戻されました。これを聞いて、ICTとは子どもたちを国を越えて教育に巻き込み、共に考え、行動にうつさせる力があることを実感しました。
https://www.facebook.com/deforestaction
http://dfa.tigweb.org/
その他にも、マレーシア、オーストラリア等ではKoduのようなゲーミフィケーションとプログラミングを兼ねた授業を展開しており、それらを通して国際交流をしていました。子どもたちの思考力がかなり身につく、生徒の動きがドラマチックにかわるよ、という話でした。http://www.kodugamelab.com/
他にもヨーロッパの国で、科学の授業で、殺人事件をグループで検証する授業などがあり、21世紀スキルを重視する教育に、教育の根本的なとらえ方の違いを感じました。

国際交流学習をどのようにして授業に取り入れたのですか?

マレーシアとスリランカの先生と協力して行いました。個人情報の管理等が厳しく、生徒の顔を出すようなSkypeは市として望ましくないとのことから、アジアの先生方のFBのクラスページをクラスで見せたりしています。Skypeはテキストチャットのみ使いました。
また、イラストが得意な生徒がアニメを描いてマレーシアの学校に送ったりしました。

アジアの国と交流している理由は?

時差が少なく、英語は第2外国語であるもの同志、構えずに会話がしやすく、また身近に感じます。

生徒に変化が生まれましたか?

生徒のプレゼンテーション能力が向上したのと、ICTがあると生徒が、自分から活動しようとします。

意識や学習意欲、将来の目標などの点で、生徒に変化はありましたか?

今まで、将来は緒方貞子さんのように国際社会で貢献できるようになりたいという生徒がいたり、スリランカの学校から奈良公園について教えてほしいと言われて調べたり、靴も十分でない生徒が自分たちで学校をつくる様子を見せたり、他国、特にアジアの国が身近に感じられるようになったようです。
私自身、20年以上この仕事をしていますが、ALTはアメリカ、オーストラリア、イギリスなどスタンダードな英語しか触れてきませんでした。アジアは時差も少なく、リアルな国際交流をするにはよいのではないかと考えています。

篠崎さんに、国際交流学習のパートナーを見つける方法を教えていただきました。

Skype in Classroomにアクセスすると、国際交流学習に関心のある様々な国の先生とつながることができます。また、国際交流学習に関するFBグループを立ち上げていますので、関心のある方はアクセスしてみてください。→ 国際交流学習の研究

篠崎さんのすばらしいところは、「どんな生徒でも学べる、変われる」という信念に基づいて、授業を工夫するために篠崎さん自身が学び続けているところだと思います。苦手意識があるというICTに取り組んだり、大学院に研究しに行ったり、海外の教室とつないだりと、篠崎さんが意欲的に学び、世界が広がる度に授業が変化し、さらに工夫するために学ぶというサイクルが出来上がっているのです。そのサイクルを長年にわたって回し続けた結果、学びと経験が何層にも積み重なって、今の授業が出来上がっているのだと思いました。また、篠崎さんのように、教師が失敗を恐れずに挑戦する姿を見せることが、何よりも、その背中を見ている生徒にとって重要な学びになっているのではないかと思います。そして、このサイクルは、今も回り続けているので、今後の篠崎さんの授業改善にも目が離せません。

生徒間の学力差が大きかったり、生徒指導上の問題があって授業をすることが難しいと感じている教師にとって、落ちこぼれを作らずに、生徒のレベルやペースに応じて取り組める篠崎さんの取り組みは、非常に参考になるのではないかと思いました。

首都大学東京国際センター日本語講師の藤本かおるさんにインタビュー

8月26日の第12回反転授業オンライン勉強会で登壇される首都大学東京国際センター日本語講師の藤本かおるさんにお話をうかがいました。
 
藤本さんは、以前、反転授業の研究が主催して行った動画講義作成のオンライン講座に参加してくださり、そのときに、eLearningと日本語教育の両方について豊富な知識と経験のある方だという印象を持ちました。
 
2つの異なる分野の知識をどのようにして身につけてきたのか、その背景をうかがいました。

エジプトのカイロへアラビア語の語学留学

藤本さんは、高校生の頃、どのような職業につこうと思われていたのですか?

高校で進路を決める時、推薦で教職の取れる大学に進学するか、デザイナーを目指して専門学校に行くか、2つの進路を考えていました。親や先生は大学を勧めたい気持ちがあったと思うのですが、私の気持ちを優先し、専門学校へ進学することになりました。デザインと言っても色々あると思うのですが、私の場合はファッションが子どもの頃から好きだったことと、母が当時は今ほど知られていなかったブランドのバックを大事に使っている人で、長く使える服飾小物に興味があり、服飾のデザイナーではなく、靴やバックなどのデザイナーを目指して専門学校に入りました。 実は、子供の頃にずっとなりたかった職業は学校の先生だったんですよね。紆余曲折あって、「先生」と呼ばれる何かを教える仕事に就いているのが、自分でもおもしろいです。

そこから大学で教えるようになるまで、どのような道筋を辿ったのか全く想像がつきません。専門学校を卒業した後は、どうしたのですか?

企業に就職してOLをやっていました。当時はバブルが崩壊した直後で、とにかく売ってこいという感じでした。それに疑問を感じながら働いていたんですが、ある時働いて得た給料で、海外旅行に行きました。

どこの国に行ったんですか?

私たち年代だと、「王家の紋章」という漫画が人気で、エジプトに行きたい!と思っている女性は多い(多かった)と思うんです。子供の頃から、世界史(特に古代史)が大好きでエジプトはあこがれの土地だったというのもあるのですが、自分が大人になって初めの海外旅行の行き先に、ギリシャとエジプトのツアー旅行を選びました。ギリシャはともかく、たった数日のエジプトでの異文化体験のショックがすごかった!旅行から帰る時には、絶対にこの国に住もう!と決めていました(笑)。帰国後、早速アラビア語の勉強を始めて、資金を貯めて、3年以上を経てカイロに住み始めました。

旅行から帰るときに決めて、それから、アラビア語を0から勉強してエジプトのカイロに住んだんですか?すごい行動力ですね。それは、留学ですか?

はい。アラビア語の語学留学です。今から考えると、まだインターネットもほとんど普及していない時代(1995年にエジプトに行きましたので)によく探せたと思うのですが、日本からアラビア語の語学学校を探して、毎日通っていました。アラビア語は、いわゆる書き言葉(アラブ世界共通)であるフスハーとその国独特の方言であるアーンミーヤというのがあるのですが、午前中はフスハーを、午後はアーンミーヤをみっちり勉強していました。あれほど真面目に勉強に取り組んだのは人生でないくらいでしたね。

そのときアラビア語を勉強した経験は、今やっている日本語教育にも生きていますか?

エジプトの語学学校の学習も、いわゆる直説法、媒介語を使わない教授法でした。自分が直説法で語学を学んだ経験があるというのは、得難い経験だったと思います。まず、直説法での学習者のストレスが理解できる(笑)。先生も大変なんですけど、学習者も直説法で教わるのは大変なんですよね。色々推測しないとならないので。そしてその推測が、いつもいつも当たるわけじゃないし、最後までわからないこともあるんです。そういうのが頭ではなく経験としてわかっているので、学生の顔をよく見て、どうしてもわからないようだったら、英語がわかる学習者グループだったら英単語を言ってしまうとか、共通言語のないグループの場合だと、あえて深追いしないようにするとか、割り切って授業を進められたり、媒介語を使える環境なら使った方が効率がいいと思うのも、自分が直説法で勉強したことがあるからかも知れません。

確かに、外国語を直説法で学んだ経験は貴重ですね。カイロでは、どんな暮らしをしてたんですか?

カイロでは、アパートを借りて、同じ語学学校に通っていた日本人女性達とシェアしていました。東京以外の場所で暮らすのも初めて、家族以外の人と暮らすのも初めて、初めてづくしでしたが、幸いシェアメイトとは本当にいい関係で、もめ事もなく楽しく過ごせました。今も友だちです。語学学校のメンバーも個性的で、英語圏外の欧州から来た人が多く、彼らと私たち日本人でよく一緒に遊んでいました。彼らと遊ぶことで、アラビア語だけじゃなくて本当に話せなかった英語も少し上達できたのがおまけみたいな感じです。 また、母親と文通みたいなことをしていたのも、いい思い出ですね。電話があまり好きじゃないこともあって、せっせとはがきを書いて送っていました。母からもよく返事が来ました。口では話せないいろんなことをお互いに書いたと思います。親のことも日本のことも、離れてみて初めてありがたいなと感じることができました。月並みですが、日本に対する評価は、海外に出て自分の中で高くなりました。まだまだ捨てたもんじゃないし、ポテンシャルの高い国だと思います。

エジプトでの生活が、藤本さんの意識や考え方のどのような影響を与えたんですか?

語学学校や友人のツテなどで知り合った日本人も欧州人も、大学生とか学校を出たての人はほとんどいなくて、20代半ば~30代の人もいました。専門や前職、アラビア語を学ぶ動機も様々で、枠にとらわれない多様な生き方というのが、何も珍しく自慢になることじゃないんだなということを知れたのは、よかったです。日本はまだまだ画一的な社会でしたし、エジプトに留学していたというと今も珍しがられます。そういう意味では、帰国後いわゆる外国かぶれの人にならないで済んだのは、いろんな人と出会ったからだと思っています。 また、エジプトというとイスラム国ですが、自分が住んでいたアパートの大家さんはコプト教徒というエジプト独特のキリスト教徒の家族でした。今は、コプト教徒の弾圧が目立ってきていますが、当時はそういう雰囲気はなく、宗教の多様性なども実感できましたね。イスラムに対しても、色々肌で感じることができ、自分なりの考えを持てるようにもなりました。

2年半暮らしたカイロから帰国したきっかけは何だったのですか?

アラビア語の語学学校に通っていて、自分の母語を教えるって面白い仕事だなと思ったんです。それで、日本語教師という仕事に興味を持ったんですが・・・。カイロに住んでいる間、冬場は観光ガイドの仕事をしていたんです。覚えていらっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが、1997年にエジプトのルクソールで60名の方が犠牲になる大きなテロがありました。日本人も何人か犠牲になりました。そのテロの日、私もテロがあったルクソールの西岸にいて、もう少し時間がずれていたらまさにテロに遭遇していたかも知れないという状況だったんです。テロがあったことで観光客も減り仕事も減ったこともあり、精神的にショックもあったので、思い切って日本語教師になるために帰国することにしました。日本語教師になるための研修を受けて資格を取ったのですが、海外で働くためには大卒の資格が必要だということが分かり、日本語教師として働きながら放送大学へ行くことにしました。専門学校の単位を生かして3年次編入しました。

語学教師をやるときに、自分が語学を学習した経験がとても役立つと思います。藤本さんの場合は、エジプトに行き、直説法でアラビア語を学ぶというとても珍しい経験をされたのが、のちに直説法で日本語を教えるときに役立ったというのがとても印象的でした。また、単に語学を学んだということだけでなく、多民族、他宗教の中で生活したことが、国際感覚を身に付ける上でも、留学生の気持ちを理解する上でも、非常に役立っているのではないかと思いました。

日本語教師として働きながら、放送大学で大卒資格取得

放送大学は脱落率が高く、学習者に強い意志がないと卒業するのは難しいと思うのですが、実際に学んでみていかがでしたか?

予定よりも卒業までに時間がかかってしまいました。放送大学で学ぶメリットとしては、やはり働きながら続けられる点と学費が安い、そしてそうそうたる先生の授業が準備されているという点じゃないかと思います。海外から戻って日本語養成講座を終えて、お金がなくても働きながら学べる大学というのは、ありがたかったです。私大の通信制の大学は、結構な学費ですから。 当時はまだネット配信はなくて、テレビとラジオとスクーリングだったわけですが、実は私、ほとんど放送授業を視聴しないで、ほぼテストだけで卒業してるんです。スクーリングも、専門学校の単位が生かせてほとんどとらなくてよかったので。どうも話を聞くと、放送授業を視聴しないで卒業する学生というのは少数ですがいるようですね。

放送授業を視聴しなかったのはどうしてですか?

なぜ放送授業を視聴しなかったかというと、まず、1時間授業を視聴できない、飽きてしまって。放送大学の授業を見ていただけるとわかるんですけど、動きがなく話し続ける先生も多いですし、本当に受け身でただ視聴するだけというのは、自分には全く合っていなかった。自分が、eLearningで双方向性というか、必ず生身の人が関わるという点にこだわりを持っているのは、この経験の影響もあるかと思っています。

僕も、放送大学の授業をテレビで見たことがありますが、教授が座って、単調な口調で話し続けているので、あれを1時間、集中して視聴するのは確かにつらいですよね。 日本語教師として、実際に仕事を始めてみて、カイロでイメージしていた通りでしたか?

自分が学んだカイロの語学学校やスペインの語学学校などと違って、予備校みたいだなと思いました。実際、学生のほとんどは日本語学校で日本語を学んでJLPTに合格して大学や専門学校への進学を目指しているので、仕方ないんですけど。

eLearningに関わるようになったのはいつごろからですか?

日本語教師養成講座で首都大学東京の先生の授業を受け、マルチメディア教材に興味を持ち、その先生のところで教材作成のアルバイトをしたのがきっかけです。仕事もその先生に紹介していただきました。ちょうどそのころ、eLearningが注目されはじめたころで、勤務していた日本語学校でもeLearningの教材開発をすることになったんです。私はマルチメディア教材作成のアルバイトをしていたため、その教材開発にも関わることになりました。 また、放送大学がWeb配信を始めることになり、その立ち上げにもアルバイトとして関わりました。教材作成やWeb配信に関わったことで、著作権の扱いなどの必要な知識を一通り学ぶことができました。

今、教える側にいる年代だと、僕も含めて、学習者としては、一斉講義型授業で学んだ経験しかない人が多いと思います。それに対して、藤本さんは、エジプト留学で直説法でアラビア語を学んだり、放送大学で遠隔学習を経験したりするなど、学習者としての多様な経験をお持ちです。学習者としての多様な経験が、日本語を教えたり、eLearningの教材開発をするとき、大きな強みになっているのではないかと思いました。

大学院でBlended Learningを研究

その後、大学院へ進学されたんですよね。

はい。教材作成のアルバイトでお世話になっていた先生がいる首都大学東京の修士課程に進学しました。大学院では、日本語教育とICTというテーマで研究をしました。すでに、仕事である日本語学校のeLearning教材の開発をしていて、放送大学の卒論もeLearningがテーマだったんです。

放送大学にも修士課程があると思いますが、首都大学東京を選んだ理由はどんなことだったのですか?

放送大にも修士課程はあるんですが、通信制の大変さは学部で身に染みたので、修士は通えるなら通いの方がいいと思いました。修士は学部ほど授業を取る必要はないので、常勤の仕事を辞めて非常勤になって、働きながら通いました。 通信制の学部から通いの大学院になって、通えるなら通いの方が色々楽だなと感じました。1つにはやはり孤独感がない。あと、課題等も実際に教室に通って発表しなければならないので、期日を守るのが容易で、そうそうドロップアウトもできないですから。

やはり、通信制は大変だったのですね。通信制で学んだからこそ、その弱点もよく理解されているんですね。 大学院での研究について教えてください。

eLearnngとビデオ会議室のBlended Learningをテーマにしていました。ネットの授業のメリットは場所を超えられることだと思います。たとえば、私はアラビア語を勉強していましたが、東京以外だとアラビア語の教室を見つけることが難しく、学ぶチャンスがありませんが、もし遠隔で学ぶことができれば、チャンスが広がります。 その一方で、動画を受け身で視聴するのはつらいということを、放送大学で学んだ経験から感じました。それで、遠隔のメリットを生かしつつ、生身の人間が関わる方法というのを模索した結果、eLearnngとビデオ会議室のBlended Learningというテーマに行きつきました。 eLearnngとビデオ会議室のBlended Learningは、今はやっていませんが、機会があればやりたいので、初級者のグループがいたらお声掛けください(笑)。

僕もeLearningをやっていて、受講者のモチベーションを上げて脱落率を減らすためにどうしたらいいかということを考えた結果、藤本さんと同じビデオ会議室の利用に行きついたんですが、そこに、何年も前に気づいて実践されていたとは、先見の明に驚きました。ビデオ会議システムのコストが下がり、個人でも気軽に使えるようになってきたので、藤本さんの研究してきたことが、今後生きてきそうですね。
 
Blended Learningの研究をやってみて、eLearningとリアルタイムの学習との違いについて、どのように考えられていますか?

eLearningは、知識のインプットをする学習に向いています。リピートできるのが大きなメリットです。一方、教室やビデオ会議室では、生徒が発音が正しいかどうかをチェックできることや、学習者の反応で教師が状況に応じた質問等をすることができます。語学は、瞬発力も大事ですから。教科書にないことも学ぶことができるのも大きいです。また、これが一番大きなメリットだと思いますが、人のぬくもりが学習を促進させるのだと思います。遠隔授業をやってみて、また学習者のアンケート等から、画面越しでも教師と学習者のラポールが形成されることを実感しました。

Blended Learningをやってみて、気づいたことはありますか?

遠隔の対面授業の授業データを分析したところ、学生間で何かお互いに話す、その後に正しい答え出てくるということがよくありました。つまりは、彼らがお互いに話していた内容は学習に関することで、教えあいの結果、教師に正しい答えを返すことができているということです。教師として、学生の母語で私語されると何を話しているか気になります。私はそれに瞬時に反応して私語している学生に何かしらのアクションを起こして私語を止めるのがうまい方だと思うんですけど(それで私語をしない学生に褒められたことがあります)、私語ってなんだろうと思ってからは、クラス授業の私語にすぐに反応しないよう自制して(笑)、多少様子を見るようにしています。

これは、非常に興味深いお話でした。授業力のある教師は場を強力にコントロールできます。対面授業における藤本さんの授業は、私語を上手に止めさせたりすることができることから、きっと、教師のパワーが教室の隅々まで行き届いていたのだと思います。しかし、遠隔にすることで、どうしても、教室の場を完全にコントロールしきれない状況が生まれ、学生が「私語」をするようになりました。藤本さんの対面授業では起こらない状況が生まれたわけです。藤本さんのすばらしいところは、この状況を考察し、「教師がコントロールを弱めることで、生徒が自律性、主体性を発揮することができるようになる」という気づきを生んだところです。そして、その気づきを対面授業にもフィードバックして、場のコントロールを意図的に弱め、学生の主体性を引き出すことを始めたところです。気づき→考察→深い理解→行動 という思考活動をここに見ることができ、感動しました。

個人がeLearningをできる時代が到来

大学院で学んだことは、日本語教師としての活動にも変化を与えましたか?

少し前までは、eLearningの教材制作は高価で個人の手におえない制約がある時代でしたので、日本語教育とeLearningとが別々の活動になっていたんです。数年前から個人でもeLearningができる時代になり、NPOで作文添削のeLearningの企画を立ち上げました。

NPOでの活動について、もう少し詳しく教えてください。

NPO日本語教育研究所(http://www.npo-nikken.com/)は、結構前から団体としては存在していて、NPOになってすぐくらいに、国立国語研究所の仕事で声をかけてもらったのが最初です。国立国語研究所で、韓国の高校などで日本語を教えている先生の研修みたいなのがあり、それにICT利用をからめたいので、そういうことがわかる人を探していて私に声がかかったということだったと思います(うろ覚え)。その当時の理事のお1人が国立国語研究所の方でICTに詳しく、これから研究所でもそういうことを取り入れた方がいいということで、非常勤の研究員になり、HPを作ったり、作文添削のeLearningの企画を立ち上げたりしました。 研究所の活動内容は、色々あるので、HPをご覧ください。

藤本さんに見せていただいたHPは、表にパスワード認証をかけたリンクが並べてあるシンプルなものでした。でも、実際、使い方によってはそれで十分だと思います。必要以上に完成度を上げないことが、取り組みへのハードルを下げる上で重要だともおっしゃっていました。

大学で日本語を教え始める

大学で日本語を教え始めたきかっけは、どのようなことだったのですか?

自分が所属する大学で日本語クラスが増えるということで、恩師から声をかけてもらい、オーバードクターだったこともあり、博士課程後期を単位満了退学して非常勤となりました。私大でも教えていますが、こちらは知り合いの日本語の先生から声をかけていただいいてクラスを持たせてもらっています。 日本語教師のキャリアマップの1つに、大学の非常勤講師がゴールというのがあると思います。理由は、やっぱり時給がいいからだと思います。

日本語学校で教えるのと、大学で教えるのとでは、何か違いを感じますか?

大学で日本語を学ぶ学生も色々な属性があるのですが、首都大の場合は、交換留学生が主になります。彼らの場合滞在期間が半年から1年と短いこともあり、日本語も勉強するけれども日本での生活そのものが留学目的になっています。交換留学生が多い大学の場合、学生管理は結構楽じゃないかと思います。いわゆる地下に潜る(いなくなっちゃう)学生はまずいません。 学部留学生の場合は、東南アジアの学生さんが多く日本語学校と似たところがあります。バイトが忙しくて勉学がおろそかになるという・・・。ただ、日本語学校で勉強していた学生が全て大学に進学できるわけではなく、大学受験で選別されてきている分、大学の学部で学んでいる留学生はどんな大学でも日本語学校よりは勉強の習慣が出来ていると思います。日本語学校の場合は、それこそ国でろくに学校に通っていなかったような人もいたりして、勉強の仕方がわからない人なんかもいます。

そして反転授業の実践へ

反転授業をはじめたきっかけについて教えてください。

ずっとeLearningに関わってきて、自分が関わっているeLearningと自分の授業活動が結びついていないことが気になっていました。最近になり個人がeLearningを気軽にできる時代になったので、大学の授業でやってみようと思いました。でも、大学の授業って教員がチームになってカリキュラムを担当していることが多いので、教材の選択や授業のやり方に自由度が少ないことが多いんです。私が担当しているクラスでも初級0と呼ばれるクラスでは導入が難しかったのですが、初級-中級のクラスならできそうだったので、そのクラスでやってみることにしました。

大学の講義でも、そんな制約があるんですね。具体的には、どのような方法で反転授業をされているのですか?

手軽な方法で動画作成をしたいと思い、どの方法を選ぼうか迷っていたところ、ちょうど、反転授業のグループでExplain Everythingを使った動画作成講座が始まったので、それに参加して、Explain Everythingで教材を作ってみました。その後、eLearningの世界の友人が教材作成ソフトとログ管理のシステムを無料で使わせてくれることになり、こちらを利用して動画を配信しています。 学生はあらかじめ説明動画を見てきて、教室ではドリルをやるところから始まります。動画を使うことで文法の説明時間を減らしアウトプットを増やすのが狙いです。教科書が決められているという制約の中で何ができるかということを考えてやっています。

反転授業を実際にやってみていかがですか?

例えば授業中の言い回しとか、くせとか、コンテンツを作っている時に、普段自分ではなかなか気が付かない点やどのように話せばわかりやすいかなーとか、結構細かい点に注意しています。コンテンツを作ると必ず自分で視聴して確認しないとならないので、自己振り返りの機会が増えますね。それから、割と瞬発力があるのか、学生の一挙一動足に「何?」って反応してしまうタイプなのですが、それをがまんして、学習者の次の出方を観察するようになりました。これは逆パターンの先生もいるかもしれないですね。 それから、やはり学生が事前に教材を見ているかどうかを確認する行程は必要だと感じています。全員が動画を見て来るというのが理想ですが、そうそう理想通りになりません。今回は誰が見て誰が見て来ていないか、それをきちんと把握して授業をする必要があると思います。

自分の作った動画を見ると、自分の癖に嫌でも気が付きますよね。また、視聴ログが取れるということも、学生の学習状況を把握する上で必要だということですね。 反転授業の実践は、藤本さんに何か変化をもたらしましたか?

ある程度の年数授業をしていると、それがルティーンになっていないでしょうか。もちろん、自分の授業を改善したいと日々思っているのですが、それこそ日々の業務に追われてなかなかじっくり考えることができない。でも、反転授業を行うことで、自分の授業を見つめなおさざるを得ない。また、コンテンツを作る際に、もう一度学習項目(例えば私の授業の場合、文法項目について)の見直のために、これまで教えていたことでも、再度勉強しなおしたり調べなおしたりしますよね。手間がかかるんですけど、そうすることによって自分の学びも促進され、これまでと違う教え方の視点が見えてきたのが面白いと思いました。 普段授業で説明していることって、覚えているようで逐一覚えているわけじゃないと思います。それを文字化したりナレーションとして入れるためには、なんというか、体で覚えている「いつも」のことを話すのではだめで、いったんそれを取り下げてまな板の上に乗せて、素材として吟味する時間が必要だと思います。そうすることで、同じ内容を教えるとしても、じゃあクラスではこういうことをしたらどうだろうか。これはやってみたことないけど、できるかもしれないとか、教案を作り直しているだけでは、気が付かないことに気が付ける気がします。

ビデオ会議での実践によって得た気づきから、対面授業で主体性を引き出すためにコントロールを弱めるという行動が生まれたように、反転授業という新しい手法に取り組むことで、今までのやり方が解体され、授業改善への気づきが生まれてきます。藤本さんは、気づく力が強い方なので、動画作成したり、授業構成を変えたりすることで、きっと多くの気づきが生まれているのではないでしょうか。
 
 
また、今回、藤本さんにインタビューさせていただいて強く感じたことは、自分の内なる声に従って選択することの重要性です。常にそのように選択することによって、バラバラに見えたものが、時間をかけてゆっくりと統合されてくるのだということを、藤本さんのキャリア形成をうかがって感じました。
 
勉強会で、藤本さんが、どのようなお話をしてくださるのか楽しみです。
 
反転授業オンライン勉強会は、8/26(火)の夜に行います。 詳しくはこちらをご覧ください。

登壇者紹介:山梨大学教授 塙雅典さんにインタビュー

7月28日(月)に実施する反転授業オンライン勉強会でお話しいただく山梨大学教授,塙雅典さんにインタビューしました.

山梨大学がアクティブ・ラーニングに取り組むようになった背景には,文部科学省が大学にアクティブ・ラーニングを導入することを奨励しているという現状があります.

文部科学省のHPで公開されている平成24年3月7日に実施された「大学教育部会(第11回)の審議のまとめについて」を見ると,次のように主体的な学びやアクティブ・ラーニングについての言及が非常に目立ちます.

主体的な学びやアクティブ・ラーニングに関する部分を引用します.

●大学の教員は教育に比較的多くの時間を割くようになっており,改善のための様々な工夫も進んできている.にもかかわらず,国民,企業そして学生自身の学士課程教育に対する評価は総じて低い状況にある.これには種々の要因が関係しているが,特に,高校までの受け身の勉強とは質的に異なる主体的な学びのための学修時間が今日においても少ないという大きな問題がある.
高等教育の課題が学生数等の「量」から教育の「質」へと転換しているユニバーサル段階において,また,我が国が激しさを増す社会変化に直面する中で,今まさにこの状況を踏まえた学士課程教育の質的転換への早急かつ効果的な取組が求められている.

●現在,我が国の大学の教員の一学期当たりの担当授業時数は8コマ程度と比較的多く,かつ,教員の勤務時間における教育に関する時間の割合は増加している.また,ナンバリングによる体系的なカリキュラムの編成や学生が予習するための工程表としての授業計画(シラバス)などによる学修時間の伴う質の高い教育を展開している大学もある.また,グループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワークなどによる課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)に取組み,成果をあげる大学も出てきている.これらは,国際的通用性が問われる知識基盤社会,グローバル社会における高等教育において,日本型の学士課程教育モデルとしてさらにその発展,展開を図ることが期待される.

●高校までの勉強から大学教育の本質である主体的な学修へと知的に跳躍すべく,学生同士が切磋琢磨し,刺激を受け合いながら知的に成長することができるよう,課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)といった学生の思考や表現を引き出しその知性を鍛える双方向の授業を中心とした質の高いものへと学士課程教育の質を転換する必要がある.

このように、文部科学省は、アクティブ・ラーニングの導入を、かなり強力に大学に求めています。これを踏まえて,山梨大学がどのような取り組みをしているのか,塙さんにうかがいました.

反転授業を導入したきっかけ

山梨大学が反転授業を導入したきっかけは何だったのですか?

文部科学省としては,アクティブ・ラーニングをやりたいということでいろんな予算をつけるわけです.そこで,大学側としては,予算獲得のためにもアクティブ・ラーニングを導入したい.でも,現場は動かない.工学部の現場では,教科書のまとまった内容を教える必要があるのでアクティブ・ラーニングに時間を割いている余裕はないと思っているわけです.そんな中,企画担当の理事が文部科学省の予算を取りにいくためのプロジェクトを立ち上げることになり,私が呼ばれてアクティブ・ラーニングの部分をやってくれと頼まれました.そこで,少人数で集まって試行錯誤が始まりました.

ICTオンラインの記事では,XEROXさんとの共同研究と書いていたのですが,それがきっかけではなかったのですね.

XEROXさんとのお付き合いも始まったのも文部科学省への予算申請とほぼ同時です.プロジェクトがスタートした後,XEROXさんと共同研究することになり,最初は授業をビデオ撮影するところから始めました.でも,ビデオだと編集とかが面倒なので,XEROXさんが社内用に使っていたスクリーンキャスト形式のシステムを試しに使わせてもらったら使いやすかったので,それを使わせてもらっています.

反転授業ではなく,アクティブ・ラーニングを導入するのが目的だったということなんですね.

はい.反転授業は,あくまでも,授業でアクティブ・ラーニングをするための手段だと考えています.

東京国際大学教授の河村一樹さんにお話をうかがったときは,改革はトップダウンでないと難しいという意見が出ていました.山梨大学の場合は、企画担当の理事の発案で,まさしくトップダウンでプロジェクトがスタートしたため,アクティブ・ラーニングを推進するためのチームができました.

チームで試行錯誤をシェアしながらアクティブ・ラーニングや反転授業の実践を進めていくことができる点は、トップダウン式で改革するメリットの1つだと思いました。

塙さんが,授業に対して感じていた問題意識

反転授業を始める前は,塙さんはどのような授業をされていたんですか?

アクティブ・ラーニングのようなことはやっていませんでしたが,授業は何とかしたいと思っていました.教室をまわって学生を指したりして,学生が寝ないようにしていました.でも,どうも学生が生き生きしていないんですね.この状況が嫌でした.

なるほど.では,アクティブ・ラーニングとの親和性は高かったのですね.

そうだと思います.それに,新しいことをやるのは嫌いじゃないし,せっかくアクティブ・ラーニングをやるなら,ちゃんとやって成果をだそうと思いました.学生同士が話し合いをしたり,分からないときは質問したりするような教室にしたいと思っています.

このような改革をしていく上で,プロジェクトメンバーの人選というものはとても重要だと思います. 塙さんは、企画担当理事の一本釣りでプロジェクトメンバーになることを頼まれたそうです. 塙さんにお話をうかがって,教育に対する熱意と、チームで連携しながらアイディアを形にしていくリーダーシップにあふれている方だという印象を受けました.

山梨大学の実践

山梨大学では,どのような取り組みが始まったのですか.

学内で呼びかけて,いっしょに反転授業をやってくれる人を集めました.これまでに反転授業の試行に取り組んでくれた教員は6名ですが,今年の後期からは二倍以上に増える予定です.

実際にやってみていかがでしたか?

資料を見ていただけると分かるように,ほとんどの授業で成績分布が完全習得型に近い形になりました.ただ,1つのクラスではうまくいきませんでした.他の5人は10年以上,授業をやった経験がある教員だったのですが,その方は,初めて授業を担当される方でした.ITに強い方なので動画講義はしっかりしたものを作られていたのですが,生徒が動画を見て予習してこなかったときに,もう一度,対面授業で講義をしてしまい,生徒がさらに予習してこないという状況になりました.その点を指摘して改善したら,成績分布もだいぶ改善しました.

※資料は、「反転授業オンライン勉強会」の中で公開します。

一斉講義型の授業経験がないと,アクティブ・ラーニング型の授業をやるのが難しいという話をよく聞きます. 学生がどのようなことに疑問を持つか, どんなところで間違いやすいかなどを想定した上で,それを自分たちで気づいて解決できるような仕掛けを作っていかなければならないからだと思います.また,「場づくり」にも、学生とのコミュニケーションや関係性が大きく関わってきます.経験の少ない教員が,どのようにしてアクティブ・ラーニングを実践していくのか,また,それをサポートしていくのかという点も,今後の課題になりそうだと思いました.

日本教育工学会での発表

この成績データは,どちらかで発表したのですか?

昨年9月の日本教育工学学会第29回全国大会で発表しました.私たちは教育工学については素人なので,「このような結果が出ましたがどうですか?」ということで意見をうかがいに行きました.2013年に実践した最新のデータを発表しました.

反応はどうでしたか?

質問の嵐でした.いろんな質問がありましたが,「反転授業が増えたら学生の負担が増えて,成り立たなくなるのではないか」というものがありました.現状では,確かにそのような可能性があります.しかし,大学の授業というのは予習2時間,授業2時間,復習2時間の合計6時間の勉強が想定されています.1,2年生に単位が集中していて,3,4年生ではほとんど授業がないという現状では,全科目で反転授業を実施すればうまくいかなくなりますが,4年間に124単位を分散させれば,本来の形である予習2時間,授業2時間,復習2時間を実践させることができます.

反転授業の効果を示す成績データを取っているところは少ないですよね.

私の知っているところでは,成績データをとっているところは他には知りません.また,反転授業に取り組んでいる大学は山梨大学のほかに,早稲田大学,島根大学,東京国際大学などがありますが,熱意のある教員が個人でやっているところが多く,組織的にやっているところは他には知りません.

反転授業を導入を検討している大学にとって,山梨大学の成績分布のデータは,とても参考になると思います.反転授業を実践した6名のうち5名で,完全習得型の分布に近い分布に移行したというのは大きなインパクトがあります.このようなはっきりしたデータを出したのは,日本では初めてだとのことで,反転授業やアクティブ・ラーニングの導入を加速するものになるのではないかと思います.

反転授業の課題

実際に反転授業をやってみて,どのようなところに課題を感じていますか?

今は,XEROXさんが提供してくれているPCをサーバーとして使っていますが,本来であれば,ちゃんとしたサーバーが必要で,それには,予算が必要になってきます.

反転授業をやるには,予算が必要だということですね.

私たちは,他の大学の教員でも実践できるような「こういうやり方をするといいよ」という形を提案したいと思っています.簡単に実践できる環境とノウハウを用意しないと普及しません.Screen-O-Maticなどのフリーソフトを使ってYoutubeやGooge Driveにアップロードする方法もあるのですが,それだと著作権の問題が出てきてしまいます.教科書の図などをスライドに載せることができなくなり,立ち行かなくなります.最低でも,学内にサーバーがあり,学内登録ユーザーしかアクセスできないような仕組みがあることが必要になります.その上で,国内で開発したソフトをオープンソースで配布することができれば普及しやすくなると思っていますが,それには,予算が必要なんです.

トップダウン式で改革を行う場合は、環境整備などがやりやすくなると思いますが、山梨大学では、現状では予算獲得ができておらず、それがネックになっているようです。大学へ大規模に導入されるためには、大学の枠を超えて利用できる使いやすいビデオ講座制作システムの開発や、学内サーバーやLMSの整備へ予算を投入する必要があることが、お話をうかがってよく分かりました。

それ以外には,何か課題はありますか?

実際にやってみて,教室での授業設計がポイントだと思いました.しかし,私たちは授業設計については素人なので,授業設計の専門家がサポートする体制があればと思っています.アクティブ・ラーニングのやり方については悩んでいますね.勉強会をやって様々な手法を学んでいるのですが,それを取り入れる段階で疑問が尽きません.ペアワーク,グループワーク,質問セッション,プレゼンなど,それぞれの効果が類型化できていないので,どの授業でどれを使うか,時間配分をどうするかなどで迷います.

塙さんの授業は,どのようなデザインになっているのですか.

基本的な流れは,1)動画のポイントと疑問点をPingPongで回答してシェア,2)質問がなくなるまで質疑応答を繰り返す,3)問題を自力で解く 4)周囲とシェアしてグループで解く 5)できたところは発表 6)最後に今日の授業のポイントをPingPongで回答,という感じです.演習する問題内容に応じて,時間配分をどうするのか,質問を使うセッションにしたらよいのかなど迷います.これらを類型化して黄金パターンを作りたいのですが,まだできていません.

僕のWizIQを使ったオンラインのライブ講義では,チャットボックスを使ってやり取りをするのですが,チャットボックスへの書き込みだと抵抗感が少なくて,活発にアウトプットが出てくると感じています.PingPongを使うと,同じようなことが起こりますか?

PingPongへはスマホやPCからアクセスしているのですが,このようなシステムを使うと学生は回答しやすくなりますね.質問に対してPingPongで回答させると短い回答が返ってくるので,質問者にマイクを渡して詳しく説明させたりすると,活発な質疑応答のセッションができます.

科目や生徒が違えば,最適な授業設計も自ずと変わってくると思います.定型化されたアクティブ・ラーニングのひな形というものが必ずしもうまくいくとは限らず,教員には,ひな形を土台に試行錯誤しながら最適な形を見出していくスキルが必要になってくるのではないかと思いました.同時に,授業設計の専門家のサポート体制も,今後は重要になってくるのではないかと思いました.

チームワークの重要性を気づかせる

アクティブ・ラーニングの中にはグループワークもあると思います.僕自身は,ずっと一人で仕事をすることが多かったのですが,Facebookグループの活動を始めてからチームで仕事をする楽しさや,一人じゃできないことができることの面白さに目覚めて,いろいろなことをチームでやるようになりました.チームで仕事をするメリットを体験をしたことがきっかけで行動が変わったのですが,山梨大学の反転授業で行っているグループワークは,学生たちにチームワークの重要性を感じさせる場になっているのですか?

反転授業とは離れるのですが,私の担当する実験科目内でエンジニアリングデザイン実践というプロジェクトベースドラーニングを実施しています.電気電子工学科の学生と言っても,電子工作をしたことがない人がほとんどなんです.それで,8-9人のチームを組み,実際に動くものを作らせます.仕事を分担しないとできないようなものを作らせるんです.授業のレポートの最後に書かせる感想を見ると,「自分一人ではできなかった」「動くようなものができるとは思わなかった」というような感想が多いです.これは,チームワークの重要性を体験するものになっていると思います.

「主体的な学び」を育成するために、1つの授業だけでなく,4年間のカリキュラム全体で連携していくことが重要だと感じました.1-3年生のうちに,プロジェクトベースドラーニングやアクティブ・ラーニングで学び,調査,協働,発表などのスキルを身に着けてから,卒業研究に取り組むという流れができるのが理想的なのではないかという印象を持ちました.

◆学ぶ意欲への影響

僕が物理ネット予備校にアクティブ・ラーニングの要素を取り入れようと思った理由は,動画講義だけだと続けられる人はどんどん進めるけど,続けられない人もいるというところに課題を感じていたからなんです.定期的に集まってアウトプットする場を持つことで,お互いに刺激しあって学習意欲を高めてもらうことが目的でした.反転授業には,学習意欲を高めるという側面もあると思いますが,反転授業を実施して,学生の学ぶ意欲は変わりましたか?

反転授業をきっかけに大学院進学を目指すようになった学生がいます.彼は,もともと勉強をやる気がなくて,最低限の単位を取って卒業して就職しようと考えていたのですが,グループワークで自分が意見をちゃんと言えたことで自信がついて,もっと勉強したいと思うようになり,進路を大学院進学に変えました.

反転授業をきっかけに,学習意欲が高まったのですね..

はい.ただ,そうならない生徒もいるので,それが彼特有の現象なのか,もっと一般化できるものなのか,これから検証していくことが必要だと思います.

アクティブ・ラーニングやプロジェクトベースドラーニングは,うまく機能すると体験の強度がとても多くなります.それを行動変容につなげていくことができれば,大学院進学を決めた学生のような例が増えてくるかもしれません.ヒントになるのは、デジタルハリウッド大学教授の佐藤昌宏さんのEffective Learning Lab(ELラボ)での研究結果“人はポストラーニングにおいて行動変容する”です.また,アクティブラーニングの実践で有名な小林昭文さんも,授業後の振り返りの重要性を述べています.(「体験」→「振り返り」→「気づき」を得られる模擬授業体験)振り返りを行って,体験を自分の言葉で語り、その中で生まれた気づきが,自己イメージを変化させていき,その結果として行動が変化していくというプロセスをアクティブ・ラーニングと組み合わせていくことに可能性を感じています.

塙さんは,工学部の研究者らしく,大学で反転授業を実践するうえで課題のを明快に切り分けて,それぞれの課題を浮き彫りにしてくださいました.現段階では,このように課題をはっきりさせることが非常に有益だと思います.明らかになった課題をシェアして,どのようにしたら解決できるのか,アイディアを出し合って一緒に考えていきたいと思います.

7月28日(月) 21:45-23:30で実施する第11回反転授業オンライン勉強会「反転授業の実践報告」で,塙さんがお話ししてくださいます.

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山口県立萩商工高等学校 松嶋渉さんにインタビュー

第9回反転授業オンライン勉強会「生徒が語る反転授業」で登壇してくださった山口県立萩商工高等学校の松嶋渉さんにお話をうかがいました。

松嶋さんは、オンラインワールドカフェの実験や、「反転授業をやりたい教師のための授業設計入門」にも参加してくださったのですが、これらの新しい試みに参加してくださるときに、「失敗しても挑戦することが大切」と発言してくださったりしていて、それがとても力になりました。

松嶋さん自身も、複数のプロジェクトを抱えていて、新しいことにどんどん挑戦している様子で、そのバイタリティはどこからやってくるのだろうか。そのような考え方の背景はどのようなものなのだろうかということにとても興味がありました。

また、これまで松嶋さんとやり取りをしていて、「教師っぽくないなー」という印象を受けることが数多くありました。まず、ボキャブラリーがあまり教師っぽくありません。「授業の標準化」「マルチタスク」「レッドオーシャン」「PDCAサイクルを回す」など、ビジネス系の単語が当たり前のように飛び出してくるんです。これは、なぜなんだろうかということにも関心がありました。

というわけで、松嶋さんにお話をうかがうのを非常に楽しみにしつつ、今回のインタビューがスタートしました。

教員になったきっかけ

プロフィールを拝見して、松嶋さんは、大学を卒業してすぐに教師になったのではなく、映画関係、教育系出版関係の仕事を経て、29歳にして商業科教員としてのキャリアをスタートしたことを知ったときに、「教師っぽくない」理由がそこにあるのではないかと思いました。そこで、最初に、会社員を辞めて教師になったきっかけからうかがいました。

松嶋:大学生の時には、もともと教師になることを考えていて、教員免許も取ったのですが、映画に興味がわいて教師にならずに就職しました。その後、教育系出版社では、教材のセールスを担当していたんですが、会社のイベントで、中学生を集めて教えるというものがあって、中学生と接しているうちに、「やっぱり教師になって直接教えたい」という気持ちが沸いてきたんです。

会社という組織から学校へ移って、違いを感じることはありますか。

松嶋:ありますね。利益を追求しない団体というものに慣れませんでした。売り上げ、ノルマ、コストといった考えがないので、行動の仕方がぜんぜん違うんです。教育が非営利であるということの重要性とは別に、活動の生産性についてはビジネス的な視点も必要なのではと思っています。

この回答をうかがって、松嶋さんが、なぜ「教師っぽくない」のかが分かりました。松嶋さんは、ビジネス領域で実践されているものの中で、教育現場でも利用できるものは積極的に取り入れていこうと考えているので、それが、いろいろなところから出てきて、「教師っぽくない」という印象を与えるのだと思いました。

キャリア教育について

このような考えをお持ちの松嶋さんが、キャリア教育に関わるのは、必然的なことのように思いました。

萩商工高等学校では、キャリア教育の一環として「萩LOVEハイスクール」というコラボ企画をやっていて、松嶋さんはこの企画に関わっています。これは、高校3年生が課題研究や総合研究の時間を使い、1年間かけて地域活性化に関するWebサイトを作るという企画です。

生徒は4人グループになり、地元の建築や陶芸などにスポットを当てて紹介するWebサイトを作ります。

情報デザイン科で学んでいるWebサイト製作を、より実践的な形で学ぶことができるのと同時に、思ったように表示されないときの問題解決能力や、クライアントである「萩LOVE」の担当者とのやりとり、取材先の建築家や陶芸家の人とのやりとりを通して、大人とのコミュニケーションの仕方も学んでいきます。

松嶋さんからお話をうかがっていて印象的だったのは、

「主体的にやらないと面白くないし、身につかない」

「痛い目を通した成功体験が大切」

「緊張感がないと身につかない」

という言葉が繰り返し出てくることでした。

「萩LOVEハイスクール」は、松嶋さんの考え方を反映し、生徒には主体的に動くことが求められています。

これまで座学中心で勉強してきた生徒は、最初は取り組み方が受身なのですが、締め切りを設定し、細かい指示を与えないでおくと、自分たちで動かないと進まないことに気づき、主体的に行動し始めるのだそうです。

1年間に4回ほど、クライアントの「萩LOVE」の担当者の方を招いて、その前でプレゼンテーションをさせるんですが、締め切りまでにトップページもスライドもできていなくて発表のときに恥をかくグループも出てくるそうです。

でも、松嶋さんは、「お膳立てして成功させるよりも、自分でやって失敗するほうが学びになる」という考えのもと、どんどん失敗を経験させるのだそうです。そして、最初に失敗したグループが、最後によいWebサイトを作るというケースもこれまでにあったとおっしゃっていました。

まさに、「痛い目にあいながら、成功していく」ということを体験させていて、すばらしいと思いました。

また、松嶋さんは、「外部の大人と関わること」が重要だと考えているそうです。「生徒にとっては、親と教師ぐらいしか身の回りにロールモデルがいないので、できるだけ多様な大人を学校に招きいれて、その人の人生について話してもらうことによって、いろいろな生き方があるということを学んで欲しい」とおっしゃっていました。

学習意欲と成長

「萩LOVEハイスクール」があることによって、情報デザイン科で学ぶ内容が実践と結びついてくるので、ふだんの学習意欲を高めることにも非常に役立っているのではないかと思いました。

「萩LOVEハイスクール」をやることで、生徒にどのような変化が生まれるのか、松嶋さんに質問しました。

松嶋:クライアントや取材先にアポイントメントの電話をしたりすることを通して、度胸がついてきますね。もちろん、先方にはあらかじめ、ウチの生徒が電話をするのでよろしくお願いしますということは伝えますが、生徒には、細かいことを教えないんですよ。そうすると、生徒は自分で考えて行動しなくてはならなくなります。大人に対するメールの書き方とかも、意外とすぐに覚えますね。

松嶋:プレゼンテーションも最初は原稿を見ながら小声でぼそぼそと読むだけで下手なんですけど、回を重ねていくと、原稿を見ないで、資料を指しながら説明するようになってきて、成長を感じますね。

プレゼンテーションでは、「萩LOVE」の担当者からダメだしをもらうことが多いそうで、松嶋さんは、それが、教師からダメだしを受けるのとは違った刺激になると考えていて、重要視しているそうです。学校の外の大人が入ることで緊張感が生まれ、その中で失敗しながら行動することが学びにつながるということでした。

アクティブラーニングと反転授業

萩商工は、高校3年生で「萩LOVEハイスクール」があり、実践的にグループワークなどを行いますが、松嶋さんは、1、2年生にも主体的な学びを取り入れたいと思い、3年前からアクティブラーニングをはじめたそうです。

松嶋さんのアクティブラーニングは、予習中心の学習が土台になっていて、生徒はあらかじめテキストを読んでノートにまとめる予習をしてきて、それを前提としたグループワークを教室で行うというやり方で実践されてきたそうです。

家庭学習の習慣が必ずしもついていない生徒に対して予習中心の授業が機能するために、どのような工夫をされていたのか質問してみました。

松嶋:高校1年生の最初、まだ、高校とはどういうところか分かっていないときに、「高校では、予習して授業を受けるんですよ」と話して、そういうものなんだと思ってもらいます。言ってみれば刷り込みですね。そして、うまくいってもいかなくても予習してきてアクティブラーニングするというサイクルを回していき、体にしみこませていきます。結局、予習中心の学習を実践できるかどうかは、授業設計やクラスマネージメントにかかっていると思います。

授業設計やクラスマネージメントがカギというのは、反転授業の実践者が口を揃えて言うことで、同じことを松嶋さんからうかがったことで、確信がさらに深まりました。

次に、反転授業を導入した経緯についてうかがいました。

松嶋:昨年の12月に反転授業のFacebookグループがあることを知り、実践してみようと思いました。完璧に準備してから実践しようとするよりも、不十分でもよいから実践してみてPDCAサイクルを回していったほうがよいと思い、2月に5回の反転授業を行いました。教師だって失敗をすることもあるけど挑戦するという姿を見せるのも大切なことかと思いました。

失敗するかもしれない「危うい場」に生徒を置くだけではなく、自分自身も同じ場に置くことで、社会のあり方や、仕事のあり方というものを背中で伝えるという松嶋さんに、ちょっと感動してしまいました。

松嶋さんが、僕が行っている新しい試みに、すごく共感的に応援してくれるのは、松嶋さん自身がリスクを負って挑戦しているからなんだということがよく分かりました。その姿は、無言のメッセージとして、萩商工の生徒さんたちにビンビンと伝わっているのではないかと思います。

最後に

松嶋さんとお話していて、第8回の勉強会で登壇してくださった教育と探求社の宮地さんから聞いた言葉がよみがえってきました。

「仕事って面白いということを、教えてあげたいんですよ」

一般的に「仕事」という言葉を聞いて、子どもが思い浮かべるのは、もしかしたら、疲れた様子のサラリーマンのような典型的なイメージかもしれません。でも、実際には、たくさんの「面白い仕事」があって、生き生きと働いている人がたくさんいます。そういった「仕事の面白さ」の一端を高校生に体験させることによって、生徒の心に灯がともれば、主体的に学び、行動する大きなきっかけになるのではないかと思いました。

「大人っていいぞ!仕事って面白いぞ!」

ということを身をもって伝えている松嶋さんとお話できて、とても刺激を受けました。

また、松嶋さんがやっている「萩LOVEハイスクール」に大きな可能性を感じました。

萩LOVEハイスクールはこちら

 

 

 

オンライン反転授業の実践例

田原です。

僕は、9年前に物理ネット予備校を立ち上げてから、さまざまな実験的な取り組みをしてきました。

物理ネット予備校では、ThinkBoardで作成した「ホワイトボード+動くペン」形式の講義を配信しています。

受講者は、全講義をダウンロードでき、好きなペースで勉強できるようになっています。

その中で分かってきたことは、次のようなことです。

●受講生は、講義を最初から2倍速で聞き、分かっているところは4倍速で飛ばす。

●動画で繰り返し受講できる場合は、記録のためのノート作成が必要なくなる。(むしろ、記録ノートを作ると学習速度が遅くなる)

●全講義を最初に通してみて、全体像をつかもうとする受講生もいる。(社会人に多い)

2倍速、4倍速再生のメリットは、やってみるまでは分かりませんでした。むしろ、自分の作った講義を倍速再生されることに心理的抵抗感がありました。しかし、ThinkBoardの生みの親の三上さんに、

「田原さん、バーチャルはリアルの代替じゃないんです。リアルじゃできないことがバーチャルにはあるんです!」

と力説され、まずはやってみなくては分からないということで、全講義を倍速で再生できるように設定しました。

その結果、ほぼ全員の受講者が、倍速再生で受講し、それがなくてはならない機能であることを痛感しました。

 

自分の理解度に合わせて再生速度を変えると飽きない

最近気がついた倍速再生のメリットは、「インタラクティブ性」です。

「自分が分かっているところは4倍速で飛ばし、分からないところを2倍速で聞く。」

という行為は、受動的にビデオを見ているのと違い、自分の理解度を確かめながら再生速度を変えているわけなので、「能動的」なんです。これが、講義を聴いているときの頭の活性化につながり、飽きずに講義を見続けられる要因になっているのだと思います。

E-Learningの世界では、「ビデオ講義は15分以内にする」のが常識です。

それ以上だと飽きてしまうからだそうです。

でも、僕の講義は、予備校の授業をベースにしているので、60分以上あります。長いものだと120分です。

E-Learningの常識からすると、「そんな長い講義、とてもじゃないけど聴けないよ」ということになると思います。

でも、受講生から講義が長すぎるという声が届いたことはなく、逆に「何回も繰り返し2倍速で聴きました」という声が届きます。

長い講義を倍速で聴くことで、「ストーリーとして理解できる」というメリットもあるのです。

ですから、E-Learningの世界で常識だとされていることでも、様々な前提条件が違えば、必ずしも成り立たないのではないかと思っています。

 

実践例は気づきの宝庫

このように、世間で言われていることや、頭で考えたことを、実践から得られる知見は、いとも簡単に超えていきます。

ある程度の仮説は立ててはじめますが、やっていみると、それがよい意味で裏切られることが多いです。

オンライン反転授業についても、やってみると、たくさんの気づきがありました。

Web教室で、アウトプット中心のライブ講義をやると、びっくりするくらい盛り上がるんです。

ここでも、「インタラクティブ性」と「学習」の密接な関係が見られます。

学びあいのような効果も見ることができました。

僕の場合は、「反転授業」であるだけでなく、「オンラインワーク」であるという点が、他の実践例と異なる点だと思います。

リアルにはかなわない部分もありますが、逆に、リアルよりも、オンラインのほうが優れているという点も発見することができました。

そこには、まだ解釈しきれない情報がたくさん含まれているので、なるべく、僕の分析や感想ではなく、起こったことをそのままの形でレポートすることにしました。

反転授業や、オンラインワークに興味のある方には、とても刺激的な内容になっていると思います。

また、反転授業を始めたい、オンラインルームを使ってみたい、という方には、すぐに始められるようにどのようなツールを使っているかなど、具体的な情報を記しています。

この実践例レポートの情報に、みなさんがご自信でアイディアを付け加えて、ご自身の教育活動を発展させていっていただければうれしいです。

 


自治医大の淺田義和さんにインタビュー

2月の反転授業オンライン勉強会でお話してくださる予定の自治医大の淺田義和さんにインタビューさせていただきました。

淺田さんのことを初めて知ったのは、Facebookグループ「反転授業の研究」での自己紹介でした。

—— ここから引用 ——-

みなさま、はじめまして。自治医科大学の医学部、メディカルシミュレーションセンターに勤務しております、淺田義和です。

元々は工学部出身で安全工学をテーマに扱っていたのですが、安全→医療安全→医療安全のためのシミュレーション教育→教育手法→成人教育、インストラクショナルデザイン、eラーニング というような流れで、現在は

・シミュレーションセンターでの業務(心肺蘇生講習のインストラクション、教育の質評価、シミュレータの開発、etc.)
・医学教育センター(eラーニングやeポートフォリオを主体)

といったあたりをメインの仕事として抱えております。
※現在、熊本大学の教授システム学専攻でも科目等履修生として学んでいるところです。

反転授業の形式については、授業にeラーニングを取り入れるようになり、単なる宿題(復習)としてのeラーニングだけでなく、「授業の予習的なeラーニング+教室では実践演習」というような形式を実践できるよう、関心を持ち始めています。

特に医学部の場合、シミュレーションのような実習を伴う形式も必要になるので、知識の取得は予習としてeラーニングで、授業時間(教員がいて、器材が使える時間)は少しでも多く実践に・・というような配分を行うにもいいかな、と感じているところです。

また、「反転授業」という視点とは少し変わるかもしれませんが、大学生レベルの教育になってくると、「教える」ことよりも「学ばせる(自ら学んでもらう)」ことを促進するために、どうやっていけばよいか・・というあたりも、現在の課題の1つです。

よろしくお願いいたします。

—– 引用ここまで —–

この自己紹介を読んだときに、

「医学部でシミュレーション???」

と、ちょっと混乱しました。理工学部出身の僕にとっては、シミュレーション=コンピューターシミュレーションという印象が強く、

「コンピューターシミュレーションの教育を医学部でやっているのか?」

と誤解してしまったのです。それで、質問すると、医学部では、下の画像のような人形を使って心肺蘇生トレーニングなどを行っていて、それを、シミュレーションと呼ぶのだということを教えていただきました。

こちらから画像をお借りしました

淺田さんは、授業をするために心肺蘇生トレーニングの講習を受けたときに、その講習でインストラクショナル・デザイン(ID)が使われていたのをきっかけに、IDに興味を持ち始めたのだそうです。

そして、IDを学ぶために熊本大学大学院教育システム学専攻の科目履修生になり、『教材設計マニュアル』の著者でもある鈴木克明教授の講座でIDを勉強されているそうです。

 

先日、お話をうかがった北九州市立大学の山崎進さんに続いて、鈴木克明教授の名前が登場し、いよいよ、僕も、『教材設計マニュアル』で勉強したいという気持ちが強まってきました。

この講座は、すべてeLearningで学ぶことができるので、教育業界で働いている人が、働きながら学んでスキルアップをすることができます。

熊本大学の教育システム学の講座について、淺田さんに感想をうかがったところ、

「僕が、大学院に通っていたときに出された課題と比べても、課題の内容が重いので社会人経験とか、仕事で教育やっているとか、そういう人じゃないと厳しいかもしれません。」

とのこと。逆に、ある程度、実践した経験がある人であれば、その経験に照らしながら、深く学べるということかと思いました。

 

ここまで話していて、僕には、素朴な疑問がわいてきました。

「自分は、一応、教育業界で20年近く働いてきて、eLearningの仕事も10年近くやってきているのに、どうして、これまで、IDというキーワードに出会わなかったのか?」

という疑問です。この問いを、淺田さんにぶつけてみました。

淺田さんは、

「自分も2010年に自治医大に入り、冬にIDのことをはじめて知ったけど、それまでは、知りませんでした。まだまだ認知度が低いと思います。反転授業などをきっかけに、新しいやり方を探すと、そのときにIDに出会うのだと思います。」

と言っていました。

昨日、教育工学に詳しい別の方にお話をうかがう機会があり、その方にも同じ疑問をぶつけてみると、

「日本には、教育学と教育工学の間に深い谷があるんですよ。」

という答が返ってきました。それを聞いて、自分が探していた答が見つかった気がしました。

生物物理学会に所属していた僕は、当時、生物学会との間の深い谷の存在に嘆いていたので、その言葉の意味がよく理解できました。

反転授業のように、予習、テスト、授業を効果的に組み合わせる方法を探る場合、IDの方法論は、おそらくとても役立ちます。

組織の間に横たわる谷を、個人レベルでネットでつながって、どんどん超えていく機会を作ろうという気持ちが強まってきました。

 

次に、淺田さんの実践について、具体的にうかがうことにしました。

淺田さんは、IDを用いている講義を2つ紹介してくださいました。

1つ目は、心肺蘇生シミュレーションの講座です。

人形を使ったワークで、触ったり、体を動かしたり、スキルアップしたりということにできるだけ時間を使いたいということで、講義部分は予習として各自にやってもらうという反転形式で行っているそうです。

実習では、学生は最初から実習に入り、チェックリストを手に持って、実習項目をクリアしたらチェックを入れていくというやり方で進めていくのだそうです。クリアしたかどうかは、人形に判定機能があったり、インストラクターが横で確認したり、ということで判別されるとのことでした。

学生は、予習してこないと実習が進められないので、ちゃんと予習してくるとおっしゃっていました。

 

2つ目は、大学1年生向けのIDについて教える講座です。

こちらの事例では、どのようにIDを使って講座を設計したのかを、詳しくうかがいました。

まず、IDとは何か?こちらの図をご覧下さい。

こちらから画像をお借りしました。

授業を設計するときには、最初に、

①出口(目的)
②入口(現在地)
③出口への到達をどうやって調べるか

という順に考えるのだそうです。

淺田さんは、講座の目的を、

「医学部の学生は、将来、いろいろなところで教える側に回るので、自然な形で教え方を学んでほしい。それから、そのやり方を、自分の学習にも利用できるようにしてほしい」

と考えていて、「教えあう・学びあうというやり方があることを知り、使えるようにする」ということを出口に設定したのだそうです。

そして、入口については、「これまで、授業と言えば9割以上は座学という経験をしているはずなので、『授業=座学』だと思っているというのが、スタートラインです」とおっしゃっていました。

この入口と出口の間のギャップをつなげるために、どのように学習をデザインするかが、インストラクショナル・デザインだということのようです。

出口への到達度のチェックとしては、Moodle上の小テストとレポート課題によって測定したのだそうです。レポート課題のテーマは、「他の授業をID的に分析して、ここがよかった、ここが悪かった、自分ならこうしたいといった意見を書け」というもので、レポートを読んで、淺田さんはある程度の手応えを感じたとのことでした。

次に、IDの用語に当てはめながら、淺田さんがどのように授業を設計したのか、うかがっていきました。

【ニーズの分析】学生は、効率的な教え方、学び方を知りたいと思っているはず。

【デザイン】何もないところからはじめるよりも、自分の体験を思い出させたほうが導きやすい。

「大学に入るまでに楽しかった授業、つまらなかった授業を挙げよ。」

【開発】授業でやるともったいないから、Moodle上に自分の体験を投稿してもらう。→ Moodleの設定

【実装】授業の最初に、Moodleの投稿を吸い上げて、学習意欲がどのようにして出てくるのかを話す。そのときの学習者に合わせてオーダーメイドで授業を作ることができる。その後、クリッカーを使ったり、4-5人でディスカッションさせたりする。

【評価】Moodle上でのチェックテストと、課題レポート「他の授業をID的に分析して、ここがよかった、ここが悪かった、自分ならこうしたいといった意見を書け」によって、IDが使えるようになっているかを見る。

IDの一般的な説明を読んでも、IDとは何かがピンとこなかったのですが、淺田さんの実践例を当てはめながら、淺田さんの思考過程をたどっていくようにすると、だいぶ分かりやすくなりました。

最後に、淺田さんが、授業を設計する上で、工夫している部分は何かをうかがいました。まずは、予習について。

「大学生に予習させようとする場合、何も工夫しなければ、やってこない人はやってこない。だから、最初は、『予習してこないと成績が下がるよ』と言ったりして、半強制的に予習させて、授業の開始3分後に予習確認のための小テストをやる。そして、予習をやってよかったと思えるような授業をしてあげる。」

この流れは、なるほど!と思いました。さらに・・

「僕は、学生が寝たいと思わない授業をしたいと思っています。寝たら損すると思ってほしい。学生に受身に聞かせっぱなしにしないで、クリッカーつかったり、学生同士の対話を入れたりして、最後の3-5分くらいには、授業の感想文を書かせて、それを、次の授業の最初に紹介しています。」

淺田さんは、予習のMoodleの投稿にもコメントを入れたりしているそうなので、オンラインや、感想文を通して、学生とのコミュニケーション頻度が多いんですよね。自分のコメントや感想文を授業で紹介してもらったりするのも、モチベーションが高まる効果があると思いました。

「学生の好奇心を刺激して、おもしろいと思ってほしい。今まで意識していなかったことが意識できるようになると、それっておもしろいよねーっていう感じです。」

最初に、ちょっとだけ強制を入れて予習させて、予習してよかったと思える授業をして、授業の中で好奇心を刺激して、最終的には、講義内容の面白さを伝えるところまで持っていく・・・この一連の流れが論理的に考えられているところが、とても興味深かったです。

淺田さんのお話をうかがって、インストラクショナル・デザインの重要性、有効性がよく分かりました。

そして、まずは、自分自身がIDを学んで実践に生かし、その有効性を自分の実践例、自分の言葉で伝えていきたいと思いました。

 

※Facebookグループの人数が800名を超えました。どなたでも参加することができます。参加希望の方はこちらからお願いします。

数学教室の浜武しんいちさんにインタビュー

僕が、浜武さんのことを知ったのは、Wikipediaがきっかけでした。

Wikipediaには、「反転授業」という概念がアメリカから輸入される以前の2010年から、反転授業的な取り組みをしていたという記述があり、興味を持ちました。

それで、ぜひ、お話をうかがってみたいと思い、Facebookで浜武さんにメッセージを送って、グループに招待しました。

そして、先日、スカイプでお話をうかがうことができました。

まずは、浜武さんが、これまでどのようなことをされてきたのかというお話からうかがいました。

 

(浜武さん) 昭和60年代は、塾講師をやっていて、多い時は4つの塾を掛け持ちしていました。教科は小中学生全教科、高校物理・化学・地学・数学・英語・現代文。 あまりの忙しさに、教材(問題)、定着手段の共用化を図り、前回の授業内容の中からしか出題しない「小テスト」群を制作、実施。回を増すごとに記述度が上がり、最終的には完全記述式となりました。これは、司法試験の答練を模倣したものです。

 

僕も30代のころは、4つの予備校を掛け持ちしていたので、浜武さんの忙しさがよく分かります。僕も、浜武さんと同じように教材を共有したり、解答プリントの使いまわしの仕組みを作ったりして、授業以外の準備にかかる時間を短くしながら効果を上げる工夫をしていたので、浜武さんの「小テスト群」も、忙しすぎるスケジュールから生まれてきたという話にとても共感しました。

浜武さんのやり方の特徴的なところは、

前回の授業内容の中からしか出題しない「小テスト」群

という部分だと思います。

最初は、授業のノートを修正液で消して小テストを作っていたんだそうです。

これは、

授業を聞いていれば、必ず点数が取れるんだぞ!

という強烈なメッセージを与えていることになります。

これによって、生徒は授業をよく聞くようになるし、授業を聞いて復習すれば、その分だけ点数が取れるので学習意欲もわいてくるのだと思います。

 

浜武さんは、その後、紆余曲折を経て、平成5年に、公民館で数学教室をスタートしました。

 

(浜武さん) 公民館で開いた数学教室には東大志望者から赤点防止まで、浪人生から小学生までが集いました。このすべてに対応するために「生徒が生徒を教える」仕組みが完成。そして「公民館の塾は生徒がおしえるらしい」が評判となり、高校、中学、塾の先生の子息が多く集まりました。そしてその親御さん、卒業生が、数学教室同様、公民館で教えるようになり、先生たちのネットワーク「FCS福岡チャータースクール」に拡大しました。経営形態の独自性が認められ、通産省主催〜当時〜のアントレセミナーで登壇しました。

 

浜武さんの教室では、生徒同士の教えあいがあるのですが、これも、必要に迫られてというところが興味深いです。結果的に、年齢の違う生徒たちが一つの場に集まって教えあい、オランダのイエナプランを思わせるような空間ができているような印象を受けました。

 

ところで、動画講義の利用は、どのようにして始まったのでしょうか?

 

(浜武さん) FCS福岡チャータースクールの仲間だった江口数学教室の江口先生は個別に細かく生徒を教えるために、自分の「分身」として授業をビデオに撮り、公民館(貸し教室)まで自転車でモニターとビデオを持っていき!生徒に見てもらっていた事を実践していましたが、私はモニターが重そうで難渋していた所「You Tube」が普及。これならモニターを運ばなくていい!と云う事で、資格試験の動画を参考に「福岡チャータースクール高等数学部・数学教室版電子教科書」を創刊しました。また、江口先生の紹介でマナビーに参加。花房君との交友関係が始まりました。

 

Youtubeが普及したから、動画をアップしたということなのですが、これは、塾の常識からするとありえないことなんですね。通常、塾は、「講義」は商品であり、その塾の秘伝であるという意識があると思います。それを、無料で公開するというのは、いったいどういうことなのでしょうか?

 

(浜武さん) 私は、司法試験予備校とかのやり方を見ていて、塾業界よりも進んでいると思ったんですよ。彼らは、合格するために必死だし、お金もたくさんかけているので、あっちの業界のほうが先を行っているはずだと思いました。だから、まずは、司法試験予備校のやっているところまで追いつかなくちゃいけないと思ったのです。司法試験予備校では、講義を無料で公開していたので、そういうものかと思ったんですよ。

 

「そういうものかと思った」という発言は、衝撃でした。

講義を無料で公開してしまえるということは、浜武さんの授業の価値は、講義以外のところにあるはずです。動画講義を公開するようになってからの授業形式についてうかがいました。

 

(浜武さん)もともと私にとって動画は、ノートの延長線上にあるんですよ。授業を聞いて、ノートをしっかり理解すれば、確認小テストで点数が取れるというように作っていたのが、「動画を見てくれば、確認小テストで点数が取れる」というように変わっただけなんです。

 

そのようにして、「反転授業形式」が誕生したんですね。でも、教室で講義をやっているときは、必ず全員が講義を受けることになりますが、動画講義になると、講義を見るかどうかは生徒の自主性に任せることになると思うのですが、浜武さんのクラスでは、予習をちゃんとしてくるということなんですよね。生徒が予習してくるために重要なポイントは何なんでしょうか?

 

(浜武さん)まず、講義の論理に飛躍がないということです。それから、動画で話した内容からしかテストに出さないようにする。そうすると、ちゃんと動画を見てくれば点数が取れるので、点数を取れるうれしさを感じるようになるんです。そして、テストを終えれば次のプリント、次のプリントと進むので、よい意味で競争が起こります。生徒が分かったっていっても嘘っぱちなんですよ。だから、しっかりテストで確認して定着させます。プリントは、ちょっとずつ難しくなるように作ってあって、プリントを進めていくと力が付くようになっています。その辺は、公文式をヒントにしました。

 

 

なるほど。そうするとだんだんと教室では授業をやらなくなってきたと思うのですが、浜武さんは教室で何をやっているのですか?

 

(浜武さん)数学教室には、いろんな学力、いろんな学年の生徒がいるので、20人以上を1つの教室に集めて、同時にいくつかの授業を平行して行っています。5つくらいなら並行してやることができます。

 

これは、すごいです。「動画講義」+「小テスト群」を使って、生徒をどんどん伸ばしていく仕組みをつくっているので、並行して進めることが可能なんですね。浜武さん一人で、5人分の役割を果たしているわけです。しかも、すべての生徒が必死で頭を使っているのがすばらしいです。

 

浜武さんの実践は、どれも現場の問題を解決するために生まれたものです。そして、実際に解決してきたという実績があります。

大変参考になりました。

 

浜武さんが主催する「数学教室」はこちら

 

浜武さんは、1月27日の反転授業オンライン勉強会でお話してくださいます。

反転授業オンライン勉強会のお申し込みはこちら

 

 

富谷町立東向陽台小学校の佐藤靖泰教諭にスカイプインタビューしました

富谷町立東向陽台小学校の佐藤先生にスカイプでお話をうかがいました。

佐藤先生が反転授業を始めたのは2012年から。これは、僕が知っている限りでは日本で一番最初の取り組みです。

全く前例がない中で、どうして反転授業に取り組まれたのか、佐藤先生にうかがいました。

 

自分を表現するのが下手な子供たちを見て、何とかしなくてはならないと思った。

佐藤先生は、反転授業を導入する何年も前からグループワークを授業に取り入れていました。その理由は、子供たちが自分を表現するのが下手なことに危機感を感じたからということでした。

「これからの社会には、問題解決力が必要だから」といった回答を期待していた僕にとっては、佐藤先生の答は意外でした。佐藤先生は、昔の子供に比べて、今の子供のコミュニケーション力が落ちてきていることを感じていて、子供の様子を見ていて、授業の中で取り組む必要を感じるようになったのだそうです。自分たちで学びあうことを通して、どんな言い方をすれば伝わるか工夫したり、自分以外の考え方があることに気づいたりして、他者意識を自然と獲得していくことが必要だとおっしゃっていました。

ただ、45分の授業では十分に学びあいの時間を取ることができないと思っていたところ、東北学院大学を通して企業のサポートを受け、一人一台のタブレットを生徒に配布できるようになり、反転授業の実施に踏み切ったのだそうです。

「学びあいの時間を確保するためには、どこかを削らなくてはならない」

佐藤先生にとっては、45分の講義の中で削ることができるのが「講義」で、それを実現するためのツールがタブレット端末だったということでした。
また、佐藤先生は、すべての授業を反転授業にしているのではなく、算数の中の1つの単元だけを反転授業にしています。そのため、「学びあいの効果は、その単元に限定されるのではありませんか?」と質問されることが多いそうです。しかし、佐藤先生によると、反転授業を通して学んだ表現力や他者意識は、その単元に限定されることなく、子供たちの生活全体によい影響を与えているのだそうです。

反転授業に必要な教員のスキルとは?

佐藤先生の反転授業がうまくいく理由の1つは、佐藤先生のファシリテーションスキルの高さにあると思い、授業中に具体的にどのようなことをやっているのか聞いてみました。

佐藤先生がやっていることは、活動についてアドバイスすることと、分からない子をサポートすること。

言葉で言ってしまえば簡単ですが、子供の様子を見て、適切なタイミングで適切な声がけをするには、実際には経験が必要なのではないかと思いました。

佐藤先生も、教員研修などで子供の動き方の見方を身につける必要があるが、そのような研修の体制は十分ではないとおっしゃっていました。反転授業を実施するにあたって教師が必要なスキルを身につける場を作っていくことが必要だと感じました。

 

反転授業がうまくいく秘訣は「ノート作り」にあり!

佐藤先生の反転授業は、非常に効果的に機能しているように見えます。その秘訣がどこにあるのかうかがってみました。

まずは、予習についてうかがいました。

佐藤先生の授業では、「ノート作り」に重点が置かれます。生徒は、ノートの作り方を指示されていて、その指示に従って自宅で動画講義を見て、ノートを作ってきます。

「予習をしてくる=ノートを作ってくる」ということになっています。佐藤先生にうかがうと、特定の事情がなければ全員やってくるそうです。佐藤先生にお話をうかがっていてとても印象的だったのは、

「家庭学習と普段の勉強が1つのものにならないかと考えていた」

という言葉でした。反転授業の場合、家庭学習は、翌日の授業で活躍するための勉強なので、家庭学習と翌日の授業とが一体となって1つの勉強になります。佐藤先生は、それを強調するために、

「明日の授業で使うための武器を身につける」

ということを生徒に言っているそうです。

ノート作りを徹底させることには、他にもメリットがあります。

動画講義を見て、分かったことを自分の言葉でまとめるため、自分のオリジナルの考えを表現する経験を積むことになります。これは、表現する喜びにつながり、子供たちは、ノートを作るのが楽しくなってくるのだそうです。

ノート作りは、中学校や高校へ進んでも必要になってくる技術です。将来にわたって役立つ技術を、身につけさせることも狙いの1つだとおっしゃっていました。

2種類の動画講義の比較

佐藤先生は、1年目と2年目とで違ったタイプの動画講義を作成しています。スタジオ撮影動画とスクリーンキャストについて、その長所と短所とを比較していただきました。
1年目は東北学院大学の研究室に設置した電子黒板の前で授業をし、それをビデオで撮影するというやり方で講義を作成しました。

これは、普段の授業と近い感覚のため、講義をする側としては違和感なく撮影できたそうです。

電子黒板にはデジタル教科書を写し、生徒が持っている教科書と同じものを画面に映して説明したそうです。「教科書と同じものを表示して説明する」というのは重要なポイントのような気がするとおっしゃっていました。

また、小学生にとっては、先生の顔が写っていたほうがよいかもしれないとおっしゃっていました。

一方で、撮影機材や、撮影スタッフが必要になるため、動画講義を作成する労力は大きくなるのがデメリットのようです。
2年目はThinkBoardというスクリーンキャストのソフトを使って講義を作成しました。デジタル教科書をWindowsのタブレットPCに入れて背景に表示させ、そこにペンで書き込みながら講義を作成していきました。

はじめは自宅で作成したそうですが、「授業をしている臨場感」が生まれず、言葉のイントネーションがおかしくなってしまったり、テンションがあがらなかったりしたので、教室の教壇で作成することにしたら、うまく作れるようになったそうです。

僕も、自宅でThinkBoardで物理の講義を作るときに、テンションを高めて、教室にいるかのような気持ちになってから講義を作っていたので、佐藤先生のお話にとても共感しました。

スクリーンキャストの場合は、先生の顔は画面に表示されませんが、その分、課題に集中しやすいというメリットがあるのではないかとおっしゃっていました。また、機材などを必要とせず、簡単に作れて、自分で編集できるのも長所だとのことでした。
どちらも動画講義の長さは5分程度で、1単元を説明するとちょうどそのくらいの長さになるとのことでした。

 

教室でタブレットを使う意外なメリット

反転授業においてタブレット端末は、「予習動画を見るためのもの」という位置づけになりがちですが、佐藤先生の授業では、教室での活動にも大活躍しています。

タブレット端末を導入する前は、大きな画用紙やホワイトボードに字を書かせて、作業が終わったら黒板に並べていたそうです。この場合、出来上がったものしか見ることができませんでしたが、タブレットで作業をすると、作業中の画面が電子黒板にリアルタイムで表示されるので、作業の途中が教師も、生徒同士も見えるのだそうです。

これが、実は、非常によい効果を与えていて、他の生徒の思考が見えるので、自分の考えと比較しやすかったり、自分の考えを整理する助けになるのだそうです。この話をうかがって、アクティブラーニングの小林先生が、授業中に「立ち歩き」を奨励しているのを思い出しました。グループワークにおいては、他の人のやり方を見て学ぶというのが非常に重要な要素であるようです。その行動がタブレット端末を使うことによって、「全員の作業を一目でリアルタイムに見ることができる」ようになるため、強力にサポートされているのです。

また、作業が終わったときには、「おわり」と画面に書くように指示しているのだそうです。これは、佐藤先生のほうで終わったかどうかを確認したいという理由ではじめたそうですが、生徒は、他のグループよりもはやく「おわり」と書きたいということで、競って作業を進めるようになり、予想外の効果を上げているということでした。これと全く同じことが、僕のやっている物理ネット予備校のオンライン反転授業でもおこっているので、実践者として同じ気づきを共有できたうれしさがありました。

「他の人の作業を見る」というのは、僕が子供のころには「カンニング」と言われ、奨励されるどころか禁止されていた行為でした。友達がやっているのを見ようとすると、「見るなよー!カンニングだぞー!」と言われ、自分だけで考えてやらなくてはならないという習慣がついてしまっていたように思います。他の人を見て作業をすることで、なぜ力が付くのかという素朴な疑問を佐藤先生にぶつけてみました。

佐藤先生は、「そのときは見たけど、そのおかげで次に自分で解けたらそれでいい。社会では、そうやってお互いに真似しあいながらやっているのが普通。
子供の学びだけが閉じ込められていて、人のを見ちゃいけないというのがおかしい。」とおっしゃっていました。この言葉には、はっとさせられました。

 

親御さんからの理解を得るためにしたこと

1年目が終わったときにとったアンケートでは、親御さんからマイナスの声はほとんどなかったそうです。

タブレット端末は、普段は充電器付き保管庫で保管していて、反転授業を実施するときだけ、自宅に持ち帰ります。その「自宅に持ち帰るスタイル」について、学級だよりや保護者会、家庭訪問などで説明して理解を得るようにしたそうです。

親御さんの意見としては、「タブレットを使うのは当たり前になる時代に先んじてやってくれるのはありがたい」というものが多く、一部、「五感を使うのも大事だからご配慮ください。」「目が悪くなるんじゃないか」「壊すんじゃないか」といった心配の声が聞かれたそうです。

僕が予想していた「家庭学習の負担が増える」といったことに対する危惧は、実際にはほとんど聞かれなかったようです。家庭学習時間に対するアンケートでは、反転授業実施前に比べて学習時間が1.5倍に増えたそうですが、これは、ポジティブに受け止められているようです。

また、2年間で1台もタブレット端末が壊れていないということにも驚きました。これは、佐藤先生も驚いたとおっしゃっていました。端末の破損を防ぐためにしたことは、高価なものであり、勉強に使う大事なものということを最初に言い聞かせたことと、バッグにキーホルダーをつけてよいことにし、自分のものという意識を高めたことの2つだそうです。それにしても、1台も壊れていないというのは驚きです。

 

実践者の言葉は、ヒントの宝庫

佐藤先生に1時間40分にわたりお話をうかがい、たくさんの「予想外」の言葉をうかがうことができました。

また、他の実践者の方との共通点を見出すことができ、改めて重要なポイントがどこなのかを認識することもできました。

反転授業は、まだまだ始まったばかりです。先頭を切って実践されている佐藤先生の言葉には、たくさんのヒントがちりばめられていると思います。

今回は、それをできるだけそのまま記事にすることを心がけました。

みなさんからのフィードバックをいただけるとうれしいです。

 

■こちらの記事も合わせてお読みください。

2年前から小学生に反転授業!予習率100%の秘密を動画で公開 

 

Facebookグループ「反転授業の研究」では、現在、445名の方が活発に情報交換しています。

ご興味のある方は、こちらから参加申請してください。

2年前から小学生に反転授業!予習率100%の秘密を動画で公開

佐賀・武雄市で小・中学校にタブレット端末を配布して反転授業を行うことが発表されて以来、反転授業について様々な意見が聞かれるようになりました。

その中でも、よく見かけるのが、

「生徒が予習してこないんじゃないか」

という意見です。

反転授業は、生徒が予習をしてくることが前提なので、予習率が低いと授業が成り立たなくなるのです。

・モチベーションが低い場合
・家庭学習の習慣がついていない場合

について、予習率を上げることは難しいのではないかというのは、もっともな意見であるように思います。

そして、その文脈で、

「小学生に動画講義で予習させるのは無理なのではないか」

という意見も、Twitterなどで数多く見かけました。

さらに、実際に小学校に半年間入って状況を見てきたeboardの中村さんのレポートによると、

—–
これは体験的なことですが、現場に行くと子どもの学習意欲は総じて低く、さらに意欲・学力にばらつきがあります。残念ながら宿題で動画を課しても、動画の質に関わらず見てこないと思います(半沢直樹を見てこいでも、実際難しいと思います)。反転授業を大阪で実施されている私立高校でも(偏差値は悪くないです)、半数見ればいいほうというのが現状だそうです。

—–

とあり、反転授業の実施には大きな困難が伴うという印象を受けました。

 

高校数学の反転授業で予習率100%を達成している方法

実際に反転授業を行っている事例から、「予習問題」をどのように解決しているのかを学びたいと思い、近畿大学付属高校の芝池先生に第1回反転授業オンライン勉強会で予習についてうかがいました。芝池先生は、前倒しで予習ノートを作らせ、演習中心のグループ学習をしているときにノートをチェックするという方法で、予習率100%を達成されていました。

芝池先生は、動画コンテンツの質は高いに越したことはないが、そんなに重要なポイントではないとおっしゃっていました。

それよりも、クラス運営、教師と生徒との関係性の中で、必ず予習してくるという学習姿勢を作っていくということが重要だということでした。

まとめると、芝池先生の実践例において予習率を高めるためのポイントは、

・ノート作りを中心に据える
・教師と生徒との信頼関係の中で学習姿勢を整える

の2点にあるように感じました。

しかし、これは、高校生だからできることなのかもしれない?

小学生でも、予習率100%を達成できるのだろうか?

当然、このような疑問を感じる方もいらっしゃると思います。

 

小学6年生への反転授業で予習率100%を達成した方法

この疑問に答えるための大きなヒントになるのが、小学生に向けてすでに2年間、反転授業を実践されている富谷町立東向陽台小学校の佐藤先生の実践例です。

この度、佐藤先生の授業の様子を録画したビデオがはじめて公開されました。

まずは、ビデオを御覧下さい。


佐藤先生が講義収録に使っているのは、マイクロソフトのSurface ProにWindows 8を搭載したもので、そこにThinkBoardというスクリーンキャストソフトをインストールして製作しています。

1年目は、講義を動画で撮影したものを使っていたとのことで、今後、動画講義とスクリーンキャストの比較も出てくると思います。

佐藤先生の授業でも、芝池先生の例と同じように「ノート作り」を重要視しています。

授業は必ず「予習ノートの確認」から始まります。

「ノートの左ページには予習してきた内容や感想、右ページには今日の授業の内容をまとめる」というように、ノートの作り方も決まっており、ノート作りを授業の中心に据えて学習を進めていきます。

授業では、「予習内容に関する発問」があり、できたかどうかを挙手させるなど、いたるところに予習を促す工夫がされています。

ビデオの中では、グループ学習は、3人組で行われており、グループで話し合った結果をタブレットに書き込み、プロジェクター型の電子黒板でリアルタイムで共有されます。

リアルタイムで共有されることで、他のグループの考えもヒントにすることができます。これは、小林先生のアクティブラーニングで行っている「立ち歩き」と同じような効果があるのではないかと思いました。

佐藤先生は、反転授業を導入する以前から、学び合いなどのグループ授業に関心があり、実践されていましたが、45分の授業ではグループワークや個別指導に割ける時間が十分に取れなかったそうです。

反転授業を導入したことで、個別にサポートする時間が取れるようになったということがビデオの中でも触れられていました。

グループワークの後は、意見発表、意見交換で、佐藤先生の

「どうしてこうなったのか、みんなに分かるように説明してください」

という指示により、生徒が考えを説明します。

このような時間も、反転授業によって生み出されたものだと思います。

ノートの左側の予習ページの最後と、ノートの右側の授業ページの最後には、分からなかったことや感想を書きます。

このような「振り返り」の作業を行うことで、理解度の定着、疑問点の明確化が起こるのではないかと思います。

 

小学生でも、高校生でも、予習率を高めるための工夫は共通?

佐藤先生の授業の様子を動画で見て、小学生と高校生との違いがあるのにもかかわらず、芝池先生の実践例との共通点を強く感じました。

・ノート作りを中心に据える
・教師と生徒との信頼関係の中で学習姿勢を整える

という2点は、佐藤先生の授業でも重要なポイントで、これらが徹底されるように授業が工夫されているようでした。

すでに2年間の実績がある佐藤先生の反転授業の実践は、今後、小学校で反転授業を実践される先生方の大きなヒントになるものだと思います。
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小学生に反転授業は可能か?実践例から学ぶ

反転授業オンライン勉強会:登壇者紹介~芝池宗克さん

小学校で反転授業を実施!~東向陽台小学校 佐藤靖泰先生の実践例

 

 

 

11月22日(金)19:30から実施します!

反転授業オンライン勉強会(無料)へのお申し込みはこちら

 

■実践されている方、実践を検討されている方、反転授業に興味がある方、ぜひ、つながりましょう。

323名が参加!Facobookグループ「反転授業の研究」はこちら

※グループに参加希望の方は、田原までメッセージ下さい。

 

 

小学校で反転授業を実施!~東向陽台小学校 佐藤靖泰先生の実践例

佐賀・武雄市で小・中学校に反転授業を導入するという衝撃的なニュースが流れて以来、

「小学生に予習を課すのは難しいのではないか」

という声が、あちこちで聞かれました。

例を挙げると、

予習は授業の動画で? 「反転授業」の課題 渡辺敦司 という記事の中で、渡辺氏は、次のように述べています。(太字は、田原がつけました)

—- ここから引用 —–

小学校で反転授業が実現すれば、児童はあらかじめ家で授業の動画を見て基礎的な知識などを身に付けておき、学校での「対面授業」では話し合い活動などに十分な時間を割いて「活用」の力を伸ばす……といったことができます。ただ、学生の自主性が期待できる大学とは違って、まず子どもに十分な予習の習慣や勉強への意欲などをつけさせることが大前提になります。先生の指導はもとより、家庭での協力も不可欠になります。それでも予習をしてこない子どもは少なくないでしょうから、学校での授業にも臨機応変な対応など相当な工夫が必要になるでしょう。実証実験の取り組みと今後の研究が注目されます。

—– 引用ここまで —-

また、本ブログでも、以前、小学生に反転授業は可能か?実践例から学ぶ という記事を書いた。

この記事の中で、eboardの小学校への導入を目指して取り組まれた経験がある中村氏のコメントを引用します。(太字は田原がつけました)

—- ここから引用 —

現場に行くと子どもの学習意欲は総じて低く、さらに意欲・学力にばらつきがあります。残念ながら宿題で動画を課しても、動画の質に関わらず見てこないと思います(半沢直樹を見てこいでも、実際難しいと思います)。反転授業を大阪で実施されている私立高校でも(偏差値は悪くないです)、半数見ればいいほうというのが現状だそうです。

見てこない子が一定数いた場合、結局同じことを授業でやるはめになります。結局反転しようにも、反転できない。学級や実施回によって見てくる子の割合が違う、理解度も違う。さらにこれが先生によっても、学校によっても違う。

—- 引用ここまで —

中村氏のコメントを見ると、小学生に宿題を動画で課して、反転授業をやるのは難しいことのように感じられます。特に、動画コンテンツの魅力によって「予習問題」を解決するのは難しそうです。

この「予習問題」を解決するヒントになりそうなのが、近大付属高校の芝池先生の実践例です。芝池先生は、数週間分前倒しで数学の予習をさせ、ノートを作らせます。そして、教室では演習中心の協働学習を行います。生徒が演習をしている間にノートをチェックして回り、予習が遅れている生徒には声かけするという方法を取っています。この方法で、ほぼ100%の予習率を達成しています。

芝池先生に動画講義についてのお話をうかがうと、

「私の動画講義なんてそんなにすばらしいもんじゃないです。動画講義の質が高いにこしたことはないとは思いますが、それは、あまり関係ないと思います。」

という返事が返ってきました。

もちろん、これは、高校生の話なので、このやり方をそのまま小学生に適応できるとは限りませんが、大きなヒントになる事例だと思います。

 

先日、株式会社ゼッタリンクスの山田さんから、宮城県富谷町立 東向陽台小学校の佐藤靖泰先生が、どのようにして小学生に反転授業を実践しているのかが分かる非常に詳しい資料をいただきました。

許可をいただいて公開します。 ダウンロードはこちら

佐藤先生の授業の流れは、次の図のようになります。

sato01

佐藤先生の実践例では、

・5分から8分程度の動画講義を見て、予習してノートを作り、分かったことと、分からなかったことを書いてくる。

・動画の視聴ログと予習したノートを確認し、予習状況を把握する。

・教室では協働学習(自力解決、ペア解決、グループ解決)を行い、電子黒板で共有して討論する。

というような流れで授業が進みます。佐藤先生が使っているThinkBoardクラスルームというスクリーンキャスト型の講座作成ソフトには、動画の視聴ログを取れる機能があり、児童が動画講義を見たかどうかをチェックできます。

 

佐藤先生が力を入れているのは、「ノート作りの指導」だそうです。

「この問題に取り組むには、こんな武器が必要だ。だから、必要な武器を予習で手に入れておこう」

というような声がけを行い、予習してくるモチベーションを高めます。

そして、授業中にも、家庭学習用映像に登場した言葉を使って小さな発問を繰り返すそうです。すると、児童それぞれの学習状況が把握でき、同時に、学ぶ姿勢が整ってくるそうです。

 

佐藤先生の予習動画は、ThinkBoardクラスルームを使って、自分で手作りしたもので、手書き文字と音声からなるものです。いわゆる業者が作ったような立派なコンテンツではありませんが、授業内での意識付け、授業との連動によって、効果を上げているようです。その点は、近大付属の芝池先生の考え方と共通しています。

 

また、佐藤先生の授業の根底にあるのは、「協働学習を有効な形でやりたい」ということであり、反転授業は、それを実現するための一つの方法です。協働学習を行う教師スキルも、小学校で反転授業を成功させるために重要になってくると思います。

佐藤先生の実践例は、小学校に反転授業を導入する際に、非常に参考になる事例になると思います。

反転授業事例研究-桑子先生のアクティブラーニングの実践例

反転授業の授業計画を作るときに、一番難しいのは教室で何をやるかだと思います。

考えられるのは、

1)達成度テストを行い、テストの結果別に演習&サポートを行う。

2)アクティブラーニングなどのグループワークを行う。

ということになるでしょうか。

調べてみると、この2つを組み合わせて、基礎的な理解ができていない生徒はサポートし、一定レベルを超えた生徒はグループワークをするという方法を取っているところもあるようです。

1)については、授業の状況をイメージしやすく、スムーズに導入することができると思いますが、動画講義をしっかり作りこむ必要が出てきて教師の負担が大きくなる可能性はあります。

私は、2)に大きな可能性を感じているのですが、グループワークを行うということは、多くの教師にとって未経験のことであり、どんなふうにしてやったらよいのか分からないということが多いと思います。

ですから、実際に実践している先生方が、具体的にやり方や、成功例・失敗例を紹介してくれると非常に参考になります。

物理を教えていらっしゃる桑子先生のサイトでは、アクティブラーニングの実践例が詳しく具体的に紹介されていて、非常に参考になります。

グループワークに取り組んでみようという方は必見のサイトです。

明日から中・高で!アクティブラーニングの実践方法