動画講義で学ぶ方法(4)~学びの個人差を乗り越える~

「反転授業の研究」の田原真人です。
 
反転授業に関わるようになってからしばらくたち、インストラクショナルデザインを学んでいたときに「キャロルの時間モデル」というものに出会いました。
 

キャロルの時間モデル

すべての学習者は、その人にとって必要とされる時間をかければ、すべての学習課題を達成できる。

J・B・キャロルは、知能(IQ)による個人差の固定概念に対して異を唱え、個人差を「学習に必要な時間と学習に使った時間の差」と捉えました。彼は、学校教育における学力の差というものが、「一定の授業時間内に学び終えなくてはならない」という制約によって生み出されているのではないかと考えたのです。

学習課題をやり終えるのにかかる時間には多様性があるのに、授業時間は全員均一で一定。
 
このミスマッチによって、学べない状況が生み出されているのではないかという指摘には、目から鱗が何枚も落ちました。
 
では、このミスマッチはどこから来ているのでしょうか?
 
極端な話をすれば、生徒30人に対して教師が30人いれば、このミスマッチは起こらないわけです。
 
それぞれの生徒が、自分のペースで学ぶことができ、それぞれが学び終えるのに必要な時間をかけて学習課題を達成することができます。

では、なぜ、生徒30人に対して教師が30人いないかというと、それは、生徒30人に対して教師30人の人件費を出すだけのお金を捻出するのが難しいからです。簡単に言うとコストの問題なわけです。

しかし、「生徒30人に対して教師が30人いれば、すべての生徒が学習課題を達成できるのではないか」と考えることは、とても有効です。なぜなら、課題を達成する方法が1つ見つかれば、あとは、ICTなどを利用してコストを下げ、費用対効果のバランスの中で実現可能な方法を探すことができるようになるからです。

カーン・アカデミーが示したこと

僕が動画講義を作って配信し始めたときに感じたことは、

「これは、自分の分身だ」

ということでした。

孫悟空が頭の毛を抜いて息を吹きかけて分身を解き放つかのように、僕が作った講義が、僕の分身としてインターネット回線を通って各家庭を訪問し、それぞれの受講者の理解のペースに合わせて何回でも繰り返し授業をするというイメージが湧いたのです。

これは、いわば、30名の生徒に30人の生徒がついて、それぞれのペースに合わせて学習指導しているかのようです。
 
Khan Academyのサルマン・カーン氏は、動画講義によって、低コストで学習者の多様性に対応できるようになることに気づきました。
 
次のビデオをご覧ください。

Khan Academyの中には、ビデオと練習問題からなるコースがあって、ビデオを見て理解したら、練習問題を解いていきます。
 
練習問題は大量に用意されていて、3-5問連続で正解したら、そのテーマを理解したと見なされてクリアできるようになっています。何回でも気楽に間違えることができ、間違いを繰り返しながら完全にマスターするまで学び続けることができます。分からなければヒントを見ることができ、解説ビデオをもう一度見直すこともできます。

カーン氏は、動画講義の利点として、

教師からのプレッシャーを感じることなく、リラックスした気持ちで、好きなように再生、停止、繰り返しをしながら学ぶことができる。

という点を挙げています。

一斉講義型の授業では、教壇から教師だけが話し、生徒はその話を黙って聞くことが求められます。それは、いわば、生徒の自由な行動を教師が権威などによって押さえつけている空間なのです。カーン氏は、これを非人間的だと言っています。

一方、反転授業にすると、生徒は自宅で教師からのプレッシャー感じることなくリラックスして楽しみながら動画講義で学び、教室でもグループワークなどでコミュニケーションを取りながら学ぶことができます。
 
カーン氏は、反転授業によって、教室を人間的な空間にすることができると言っています。

生徒が主体的に学ぶためには、教師が生徒を管理して押さえつけないようにする必要があります。しかし、一斉講義型の授業は、生徒が黙って話を聞くという態度をすることを前提として成り立つものです。動画講義を導入することによって、教師は生徒を押さえつけなくても良くなり、生徒の主体性を促しやすい環境を作りやすくなるのです。

カーン氏は、決められた時間で授業が進んでいくという従来の学び方に対して興味深い指摘をしています。

従来の教室では、宿題があり、宿題、授業、宿題、授業、それに小テストがあります。理解できたのが70%だろうと、80%だろうと、90%だろうと、95%だろうと、授業は先へと進められます。95%が理解したとしても5%の人はどうなるのでしょう?

0乗が何になるのか知らなくとも、それを基礎とした次の概念を学ぶのです。

自転車の乗り方をそんな風に覚えるとしたらどうでしょう?

はじめに乗り方の説明をして、それから2週間ほど自転車で実習させ、その2週間が終わったら言うのです。

「チェックするぞ。左折に難があるな。きちんと止まれないようだ。君は自転車乗りとしては80点だ。」

そして大きな「可」のスタンプを額に押すと、「じゃあ、次は一輪車だ」と言うのです。

各単元を完全にマスターせずに次の単元に行くと、基礎の部分に抜けている部分がたくさん出てきます。しかし、時間で区切って次へ進むような従来の学び方だと、どうしてもそうならざるを得ないわけです。

また、間違えながら学ぶことの重要性についても、次のように述べています。

私たちのやり方では、数学も自転車と同じように学びます。自転車に乗っては転び、乗りこなせるようになるまで必要なだけ続けます。従来的なモデルでは、実験して失敗したら罰を与えられますが、それは上達への道ではありません。私たちは実験すること、失敗することを勧めています。そしてマスターできると信じてます。

ここには、キャロルの時間モデルにも通じる学習者への信頼があります。

失敗を繰り返すことができ、必要なだけ学ぶことのできる安心・安全な環境を与えれば、学習者は必ず課題に到達できるという信念があります。

カーン氏が示す個別化学習の学習データのグラフは、キャロルの時間モデルの正しさを示しているように見えます。

マイペースの学習というのは、みんなに有用なものです。教育用語では、個別化学習と呼んでいますが、実際教室でやるとすごいものがあります。私たちがこれをやるたびにどの教室でも見られるのは、5日もすると競って上がっていく子どもたちと、もっと遅い子どもたちに分かれます。今までは、ある時点で評価をして、「この子はできる子だ、この子はできない子だ」と言っていました。「別々に扱うべきかもしれない、クラスを分けたほうがいいかも。」でも自分のペースでやらせると、これは何度も目にしていることなのですが、最初のいくつかの課題を学ぶときに時間のかかっていた子どもたちが、それを理解した後、急に上昇を始めるのです。6週間前にはできない子だと思っていた子が、今やできる子になっているのです。そういうことは、なんどもあります。私たちが恩恵を受けている肩書のどれ程が、実際は、偶然にもたらされたものかと思います。

動画講義と、何回でも繰り返せる練習の場を作り出すことができれば、30人の生徒に一人の教師であっても、一人一人の生徒がマイペースで学ぶことが可能になります。そのときに、教師の役割は、生徒の学習状況を把握し、つまづいているところに対して適切なサポートをしていくことになります。

30人の生徒に対して30人の教師がつかなくても、学習を改善できる可能性が見えてきたのです。

カーン・アカデミーは、動画講義がもたらす可能性の1つの例を具体的に見せてくれました。ここには、教育の未来に対するヒントが隠されていると思います。

 
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動画講義の作り方を学ぶオンライン講座

動画講義を作成することに興味のある方は、「パソコンで作る!カンタン動画講義の作り方」というオンライン講座を2015年5月9日から4週間で実施しますのでこちらをご覧ください。(申し込み締め切り5月7日。定員30名)

動画講義の作り方、動画講義作成に必須な著作権の知識をオンラインワークショップ形式で学びます。

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