株式会社ハンテンシャ代表 加藤大さんにインタビュー

2012年にこのブログを細々とはじめたときには、反転授業についての情報はネット上にほとんどありませんでした。

2013年になり、反転授業にフォーカスした情報を頻繁に出す会社が現れました。それが株式会社ファカルタスで、その中心にいたのが加藤大さんでした。

「反転授業」に注目している者同士でお話ししたいと思っていたところ、加藤さんから連絡をいただいて2013年の夏に初めてお会いしてお話ししました。

社会状況や教育の現状に対しての緻密な分析に大きな刺激を受けると同時に、社会をよい方向に変えていこうという気持ちに共感しました。

 

その後、加藤さんは株式会社ハンテンシャを起業され、全力で反転授業の普及に邁進されています。

6月27日(金)の反転授業オンライン勉強会で加藤さんに登壇していただくことになり、今回、改めてインタビューさせていただきました。

 

 加藤さんが大切にしていることは?

 

僕も同じ状況なので分かるのですが、一人で会社を経営すると、頻繁に経営判断に迫られます。どのように判断するかによって、会社と個人の評価が決まってきます。一貫した姿勢で判断を積み重ねていくことで、信頼と評価をしてもらえるようになるということを痛感しています。

 

逆にいえば、価値観の軸をぶらさずに判断していった結果、一人で会社をやることになったということなのかもしれません。加藤さんの行動を読み解く上で、一番カギになりそうなことを、最初にうかがいました。

 

 

加藤さんが仕事をする上で大切にしているのは、どのようなことなのですか?

『人のために生きれば人に必要とされるはず』という楽天的な、社会に対する強い信頼感が私にはあります。おそらく、大学まで続けていたラグビーの影響が大きいと思います。

 

 

反転授業に関わるようになった経緯

 

反転授業が注目されるようになる前は、加藤さんがどのような仕事をされていたのか、そして、どのような理由で反転授業に関わるようになったのですか?

企業向けe-Learningのソリューション営業をやっていました。

当時(2007年ごろ)はコンプライアンス教育やMicrosoft Officeの導入教育など、主にホワイトカラーを対象にしていましたが、まともに受講してくれないんですよね。クライアントの教育担当も『社員全員が受講した』という学習履歴は欲しがるけど、e-Learningの学習効果を実務能力や業績に紐付けて分析する気はなく、そこまで期待されていない状況が嫌でしたね。

そんなとき、e-Learningでパート・アルバイト教育を行っている流通業のクライアントに出会い、『これだ!』と膝を叩きました。

 

どうしてそこに注目したのですか?

チェーンストアは総じて、どの店舗でも同じサービスを提供する『サービスの標準化』を重視します。パート・アルバイトの知識やスキルを標準化できれば、サービス自体の標準化をほぼ達成できるにもかかわらず、標準化を図る効率的な手段がない状況に目を付けたわけです。

e-Learningは受講者を同じゴールに導く目的に適しているため、店舗の受講環境さえ整備できれば、売上や利益に貢献するレベルの教育制度を実現できるはずと考えました。ちょうど業務端末のクラウド化が広がりつつあり、受講環境の整備も以前より容易くなっていたタイミングだったのも、実現を後押ししてくれました。

パート・アルバイトさんが想像以上にまじめに受講する姿には驚きました。特定の商材に関するe-Learningを公開した数日後、受講率の高い店舗からその商材の売上が上がっていくデータを目の当たりにしたとき、教育の威力にゾクゾクしました。

 

なるほど。企業向けのe-Learning開発をやっていた加藤さんが教育事業を始めたきっかけは何だったのですか?

当時勤めていたe-Learningの会社が設立に関わった、『ファカルタス』という大学入学前教育の支援会社に出向したからです。

学校教育に関わるのは初めての経験でした。出向直後、情報収集に努めていたとき、サルマン・カーン氏のTEDのプレゼンンテーションを視聴しました。

このとき『The flipping of the classroomは日本の大学に適した教育制度では?』という印象を抱き、それを検証する過程で、2012年9月、『WIRED』という雑誌のMOOCの記事に出会いました。

MOOCとの対比によって反転授業の特長が明確になり、日本の大学における反転授業の適性に確信を持ちました。

e-Learningで同質化し、教室で異質化する

反転授業のどこが、加藤さんのアンテナにひっかかったんでしょうか?

e-Learningは一定のゴールに効率よく到達させる『同質化』に向いていますが、学校教育は『異質化』も同等以上に重視すべきと考えます。異質化に貢献するe-Learningができないか、自問していたときに反転授業を発見しました。

反転授業とは、予習で『知識の同質化』を図り、授業で『スキルの異質化』を認める『反復作用』であると定義すると、講義のデジタル化やLearning Management Systemの利用、教室に集う意味合いなど、各機能の必然性と機能間の連動性が一層高まります。

ターゲットは最初から大学だったのですか?

大学と比べて高校以下の教育段階はカリキュラムの自由度が低い上、受講者のスマホの個人所有率やインターネット利用率も相当低いため、受講環境の整備にコストが掛かり過ぎますよね。高校以下で反転授業を実現しようとすると、往々にしてトップダウンで意思決定せざるをえないため、現場主導で決断できない機能が増えてしまいがちです。

e-Learning開発に携わり、その長所と短所を知り尽くした加藤さんだからこそ、同質化と異質化をうまく組み合わせて相乗効果を上げることができる可能性を反転授業に見出したのではないかと思います。この見方はとても新鮮でした。

志の高い人のパートナーになりたい

加藤さんは、反転授業のノウハウを持って、大学教員をサポートしていくというスタンスだと思いますが、これから、どのようにして反転授業を広めていこうと考えていらっしゃいますか?

営業効率を優先すれば、トップダウンでセールスするのが有効なのかもしれませんが、志の高い実践者のパートナーになって、ボトムアップ方式で広めていくのが私の好みです。最後の最後にボスキャラと対峙するイメージです(笑)。

共感しあえる人をサポートして、信頼関係を築きながら進めていくというスタンスが、とても加藤さんらしいと思いました。

どこから始めるか?

大学にはいろいろな科目があると思いますが、反転授業を導入する上で向いている科目などはあるのですか?

科目まるごと反転授業に向いていないものは、なかなか思いつきません。反転授業の成否には、クラスの人数や受講環境、教員や学生の資質、テキストの著作権など、科目以外の要因のほうが大きな影響を与えます。

教育の質向上や主体的な学びへの転換を志向する大学が増え、アクティブラーニングを取り入れた授業が増えています。その一環として、初年次教育に『アカデミックスキル』を設置するトレンドがあるため、『アカデミックスキル』の反転授業モデルを構築しようと考えています。入学直後の学生は新しい学び方に敏感ですから、タイミングも最適です。

教員に求められるスキル

アクティブラーニングや反転授業の実践するためには、大学教員にはどのようなスキルが必要とされるのですか?

一方的な講義をしている教室は、教壇に立つ人が特権的な地位を占める空間だと思います。演習型の授業では学生一人ひとりを識別し、学生の主体性を尊重する姿勢が教員に求められます。主体性を引き出す過程において、アクシデントが生じるリスクも高まります。たとえばプレゼンテーション演習の授業で、自分の出番になったら教室から無言で出て行ってしまう学生がいるかもしれません。

リスク含みの動的な空間を仕切るのはすごくパワーを使います。動的な状況にひるまず『走りながら思考できる』能力は実社会でも重宝されますから、教室をあえて動的な空間に変え、学生さんに経験を積ませるチャレンジに高い価値があると信じています。

なるほど。加藤さんは実際に社会にアンテナを張って、時代の動きやトレンドを見て起業しているわけですから説得力がありますね。

大学教員の中には、アクティブラーニングがはじめてという方もいると思いますが、どのようにサポートしているのですか?

ゲストインストラクターとして、私が授業を進行するケースもあります。あるいは、反転授業をテーマにした教職員向けセミナーを『反転授業形式』で実施し、自ら体験してもらう試みもよくやります。

反転授業のこれから

反転授業は、昨年の夏ごろから急に注目されるようになり、いろいろな実践が始まっていますが、加藤さんは反転授業についてどのように考えていますか?

この1年ぐらい、『反転授業は授業設計が最重要』と強調してきましたが、実践すればするほど講義動画の重要性に気づいてきました。講義は伝統的な授業方法であるがゆえ、知識習得を図るノウハウが教員と学生双方に蓄積されているわけで、それをすべて手放すのは惜しいですよね。

『テキストを読んで理解できる学生ばかりなら、そもそも伝統的な講義型授業も不要だったはず』と喝破する先生がいらして、反転授業の本質を見直すきっかけになりました。『講義』の特長を維持しつつ、講義の弱点を補うことができる『動画』の特長を付加すれば、質の高いコアカリキュラムが完成するはずです。

 

講義動画はアクティブラーニングのための単なる準備というわけではなく、講義動画の良さとアクティブラーニングの良さの両方を生かすということでしょうか?

その通りです。『講義動画』と『演習型授業』はどちらも欠くことのできない両輪です。反転授業は欲張りでいろんな要素を巻き込んでいるのに、この両輪のおかげでとてもバランスよく走るのが魅力なんです。講義と演習はもちろん、オンラインとオフライン、自己学習と協働学習、知覚と体験、知識とスキル、さらに同質化と異質化。いろんな切り口で分けても、均衡する力点を見つけやすい構造こそ反転授業の本質だと思います。

僕も10年間、動画講義を使ってきて、動画講義には大きな可能性があると感じています。一方で、昨年からアクティブラーニングについて学ぶようになり、重要性と魅力を感じています。どちらかが重要というわけでなく、この2つをバランスよく組み合わせて相補的に利用するという加藤さんの考えにはとても共感しました。加藤さん、ありがとうございました。

 

第10回反転授業オンライン勉強会

テーマ 「生徒が語る反転授業(2)」

日時 : 6月27日(金) 21:45-23:30

場所 : Web教室 WizIQ

参加費 : 無料

第1部 登壇者の発表 21:45-22:45

「アカデミックスキル習得を目的とした反転授業の実践」

東京国際大学 商学部経営学科教授・博士(工学) 河村 一樹さん

株式会社ハンテンシャ代表取締役 加藤大さん

「JMOOC「日本中世の自由と平等」へ参加した生徒の声」

奈良女子大学附属中等教育学校 二田貴広さん

第2部 オンライングループワーク 22:45-23:30

 

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