『CT(授業協力者)と共に創る劇場型授業』レビュー(2)
「反転授業の研究」の田原真人です。
『CT(授業協力者)と共に創る劇場型授業』を読みながら、「反転授業の研究」の歩みを振り返っていき、連載レビューの形で皆さんと共有したいと思います。
CT(授業協力者)とは何なのか?
筒井さんの「グループワーク概論」や「情報メディア論」の一番大きな特徴は、何といってもCT(授業協力者)の存在だと思います。
教員と学生の中間に位置し、教員の代わりに教壇に立って授業を進めるが、教員でも学生でもない存在。
CTとは、いったい何なのか?
CTとは、どのような役割を果たしているのか?
CTを導入することで、どのような効果が生まれるのか?
このような疑問についての自分なりの答を知りたくて、筒井さんの授業に出会ってから、様々な仮説を立てながら考えてきました。
「反転授業の研究」に運営ボランティアを導入し、CTと似た役割を担ってもらうようになり、様々な気づきがありましたが、それは、果たしてCTとどこが同じで、どこが違うのかという新たな疑問も生まれました。
『CT(授業協力者)と共に創る劇場型授業』の第2章では、多くのCTや見学者が、自らの言葉で語っており、僕にとっては、それらの言葉が、まさに「気づきの宝庫」でした。
劇場型授業という新しい試みを体験したCTや見学者の言葉は、まさに未来の教育が生まれつつある現場からの実況中継で、同じように試行錯誤を重ねている僕達にとって、多くのヒントがありました。
以下で、特に印象に残った部分を紹介したいと思います。
第2章 学生が学びたくなる授業の工夫
CTや見学者は、どのような想いでこの授業へ参画してきたのでしょうか?
第2章を読み通して、大きく3つに分類できそうな気がしました。
(1)学生時代の体験から、自分が受けたかった授業を自分で創ってみたい。
(2)教える側の問題意識から、学生が主体的に学ぶ場創りを学びたい。
(3)新しいことが生まれている魅力的な場に関わっていきたい。
そして、最初の段階では、CTの意識は、「どのような授業を創るのか」という点に向いていきます。CT内でも異なる想いの擦り合わせをしながら、同時に授業を創っていく作業は、かなり大変だったのではないかと思います。
しかし、CTの語りを読んでいくと、ある時点で、意識が学生との関係性へと向かっていきます。これが、とても興味深いです。いくつか引用してみます。
桑原恭祐さん
モジュール2の最後の授業、私たちは、私自身やCTの役割をはき違えていたことに気付いた。CTが各ステークホルダーの意見を汲み取り、CTがすべてまとめて、CTがすべて授業を創る・・・すべてCT内で完結させようとした結果、問題が山積みになり解決できないほど膨れ上がってしまった。モジュール3をどう設計すればよいか、霧がかかって見えずにいたのである。
(中略)
モジュール2最後のリフレクション会では、学生が授業へのさらなる改善要望や自らの成長目標を実施前よりもはっきりと発信してくれるようになった。このことは私たちにとってもありがたく、それが大きな道しるべになった。
出町卓也さん
教授から見た学生だけでなく、CTから見た学生という視点が加わることで、学生を多角的に捉えることが可能になる。その結果として、学生の良い面を知る機会が向上し、彼らの価値を高める働きとなる。そこでCTは、教授とは別の授業担当者として、参加学生全員への目配りをすることが大切である。ただニックネームを覚えるだけでなく、誰がどのような人物か、その存在を認識すること。小中高では当たり前のように行われていた存在の認識を再度、大学の授業で体感させることで、学生に授業の一員であるという認識と自分の存在がCTや教授に覚えられているという自己の肯定感を生み出す。参加してくれている学生一人一人を大切にする支援が、CTの最も重要な役割であると私は考えている。
矢野康博さん
重要なのは、いかにCTが人としての魅力をしっかりと伝えた上で、学生たちとの関係性を築いていけるかということなのだと思います。常に教壇に立つ教授には質問しにくいことを聞ける距離感を、CT自らがつくりあげていく。それが授業に対する学生の理解度に大きく影響しているように感じましたし、そこにCTの存在意義があるのだと思います。
吉田美奈子さん
「CTと学生って近いようで、遠いよね」
この言葉によって、学生の近くにあることがまずCTに求められている仕事だということが全員分かったのである。そこで寄り添うための役割や居場所をCT3人がそれぞれに探る日々が新たに始まった。
はじめは、CTの役割とは何かということをCTも知らない状況でスタートし、授業つくりをしながら学生と関わっていく中で、試行錯誤の中から「CTとは何か」ということを発見していくところが非常に興味深いです。
そして、ほとんどのCTが、学生との信頼関係を構築することや、自分たちが学生から学ぶことの重要性に気付いていくというところに大きなドラマがあり、この授業の醍醐味が詰まっていると思いました。
CTが弱みを含めて自分をさらけ出すことで、学生も自分を出せるようになり、役割を超えた個人と個人の関係性が生まれてくるようになっていくというプロセスは、人間関係の本質的な部分なのではないでしょうか。
CTが学生との関係性との間に信頼関係を構築できるようになると、教室が安心安全の場になってきて、その中で自由に動くことによってコミュニケーションに関する様々な学びが生まれてきているように思います。
見学者の松井智晶さんが、鋭い指摘をしていました。
学生にとってどういう存在か分からないけれど、なんとなく親しみを感じる人が教室内にたくさん存在することは、従来の授業構造から学生を自由にしていた。つまり、この授業において学生は教員だけを意識するのではなく、『周りのすべてを意識して行動する』のである。学生同士、CT、見学者、教員で作られた場の中で教員のみの顔色をうかがう学生はいない。この場の中で自分がどうふるまえばよいのか、自律的に考え行動せざるを得ない環境であったともいえる。
筒井さんが語っている「教室の学びと社会の学びとを近づけていく」という理想は、言い換えれば、教室内に複雑な関係性を持ち込みつつも、安心安全の場を創り、失敗を許容してチャレンジできるようにしていくことなのだと思います。
CTが、学生との信頼関係を構築することの重要性に気づき、教室が安心安全の場になったとき、まさに、社会の縮図としての学び場が実現したのかもしれません。
お互いが受け入れられていることを感じている空間では、失敗が許容されるので、枠組みから出てチャレンジしやすくなります。その結果として、学生の中からも授業つくりに参画してくる人が出てくるなどの現象が起こっているのではないかと思いました。
居心地のよい場が生まれたことで、結果として、学生の脱落率も減り、「人に会いに来る」という感覚で授業に参加してくるようになるのだと思います。
また、第2章を読んで、複雑な関係性は、各人の様々な側面を明らかにし、相互理解を深める効果を持つのだということに気づきました。
CTを対等に扱う筒井さんを学生が見ることで、学生は筒井さんが誰にでもオープンな人であることを理解したり、学生がCTに話す様子を見て、筒井さんが、学生やCTの長所を見出したりすることができるのです。
四方八方に張り巡らされたコミュニケーションのネットワークは、相互理解を立体的にし、お互いが長所を発見していくことを可能にするのだと気づきました。
学習コミュニティへの誘い
「反転授業の研究」のオンライン講座は、当初、脱落率の高さに悩んでいました。
50%以上が脱落してしまったという苦い経験もありました。
リアルの教室に比べて、オンラインは拘束力が弱いので、気軽に脱落できてしまうのです。
脱落率を減らすために様々な工夫をした結果、たどり着いたのは、「雑談ルーム」や「放課後ルーム」という場を創り、受講者と運営チームの間のコミュニケーションの機会を増やすということでした。
現在は、運営ボランティアが雑談ルームのマスターを担当し、毎週、夜遅くまでビデオチャットでおしゃべりをしています。
講座のセッションとは別に交流の機会を設けたことで、講座の脱落率は激減し、脱落率は、10%を切り、0%も何度か達成しました。
ここでは、共感と想いで繋がった運営チームのコミュニティが安心安全の場を創り、そこに、受講者を招き入れて、運営チームと受講者を合わせた学習コミュニティが形成されるというプロセスが働いているように思います。
学習コミュニティの一員となり、自分の存在が学習コミュニティの中で認知されているという実感が、脱落しにくい状況を生み出しているのです。
このような自らの体験を通して筒井さんの授業を見ると、筒井さんの周りにCTや見学者からなるゆるやかな学習コミュニティがあり、そこに学生が暖かく迎え入れられているという姿が浮かび上がってきました。そして、授業に参加している学生も学習コミュニティの一員として認知されることによって、授業は居心地のよい空間になり、様々な人と関わりながら学ぶことのできる場になっているのではないかと思いました。そうなっているからこそ、筒井さんの授業では、学生の脱落率が非常に低くなっているのではないでしょうか。
ところで、コミュニティと学習コミュニティの違いとはなんでしょうか?
僕は、「メンバーが周りのすべてを参考にしながら、試行錯誤したり、振り返ったりして、協力しながら自律的に学んでいくコミュニティ」を学習コミュニティと呼んでいます。
安心安全の場の中で、失敗することが許容され、すべてのメンバーが試行錯誤や振り返りをして経験学習サイクルを回していくときに、周りに学びあっている人がいることで、試行錯誤のアイディアを得ることができたり、振り返りのときに異なる視点からの気づきが得られたりして、成長が大きく促されます。
そして、自分だけでは学べないことを、コミュニティのおかげで学べているという実感が生まれ、コミュニティのメンバーに対する感謝が生まれます。
「反転授業の研究」のオンライン講座では、運営ボランティアが学びの伴走者として、学習コミュニティでのマインドセットや学び方を率先して体現していきます。
筒井さんの授業では、CTが、協力して壁を破りながら成長していくことで、この場で求められている在り方を体現しているのだと思います。
それにより、学びが学びを促す、成長が成長を促す、という動きが生まれているのではないでしょうか。
筒井さんが果たしている役割は、その「在り方」によって、学生、CT、見学者に安心安全の場を創ることなのかもしれません。
最近、筒井さんは、高校や専門学校などの授業見学をして回っています。
筒井さんが知識をアップデートして進化していくことが、また、筒井さんの授業に新しい風を吹き込むことに繋がり、新たな展開を生み出しそうな予感があります。
ドラマが起こると、人の心が大きく動き、その中で成長していきます。
2016年も、筒井さんの授業では、様々なドラマが起こることでしょう。そして、そのドラマに巻き込まれた人たちすべてが、大きく成長していくはずです。
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