専修大学附属高校日本史教諭 皆川雅樹さんインタビュー

アクティブラーニングを実践したいと考えているみなさんは、すでに実践している方のやり方を参考にすると思います。

そのとき、グランドルールの設定や、介入の仕方など、教科を超えて共通する部分もありますが、教科ごとに工夫が必要なところもあると思います。

今回、インタビューさせていただいた専修大学附属高等学校教諭の皆川雅樹さんは、日本史の授業にアクティブラーニングを導入するにあたって、様々な工夫をされてきたトップランナーの一人です。

その実践は、河合塾ガイダンスでも紹介されています。

皆川さんが、どのような理由で日本史の教師になり、アクティブラーニングを始められたのかをうかがいました。

教師になろうと思ったきっかけ

―― 皆川さんは、どのようなきっかけで教師になろうと思ったのですか?

中学生の頃、数学の勉強が好きで、数学が活用できる職業につきたいと思いました。当時は、数学が活用できる職業=数学の先生をイメージすることしかできませんでした。

―― 日本史を選んだ理由は?

高校生の頃、萱野茂『アイヌの婢』(朝日文庫)を読み、アイヌの歴史に興味を持ちました。アイヌは「日本」の歴史の範囲内なのか/そうではないのか、そんな問題意識を契機に、日本の対外関係史研究、特に日本古代史を中心に取り組むことになりました。

―― 教師になりたいという思いは、興味が数学から歴史に移っても持ち続けていたのですか?

いいえ。歴史に移ってからは、研究者を視野の中心に入れていました。

―― 数学に対する興味は、その後も続いたのですか?

数学の先生になる夢は、大学院生時代にバイトで塾講師(数学専門担当)をやって実現しました(笑)。最近も勤務校で卒業間近の生徒に公務員試験に出題される数学の問題を解いてみようという講座を開いたことがあります。

―― アイヌの歴史のどこに惹かれたのですか?

もともと「日本」という枠組みには存在しなかったアイヌの人々が、ある時から「日本」という枠組みに押し込まれてしまったことに違和感を持ちました。そもそも「国境」とは?それぞれの地域の人々にとってのアイデンティティとは?などの疑問や課題意識を持ったことがアイヌの歴史に興味を持った理由です。

―― アイヌの歴史から、日本の対外関係史研究へ、どのように結びつきましたか?

上述の通り、「日本」とは?が大きな課題でしたので、まずは視野を広げて「東アジア」「東ユーラシア」からみた「日本」を考えて見ようと思い、対外関係史研究に足を踏み入れました。

――博士号を取るところまで歴史を学ばれたら、研究者への道もあったのではないかと思いますが、教師を選んだのはどうしてですか?

今でも研究者の端くれだと思っていますが(笑)。2006年度に提出した博士論文をもとに昨年、『日本古代王権と唐物交易』(吉川弘文館、2014年)という単著(研究書ですので1万円以上しますが…)を出版しました。
ただ、前任校(2005~2006年度)に就職したことは非常にラッキーだったと思っております。歴史学と歴史教育を同時に考える社会科教員の伝統的な雰囲気がありました。だから、この時期に働きながら博士論文を完成させることができました。高校教員を経験することで、歴史学を日本古代史という狭い範囲で考えるだけではなく、広い視野で考えるようになりました。また、歴史教育という分野にも興味・関心や貢献でき、歴史教育におけるアクティブラーニングを専門的に考えることができる希少な存在であることに最近気づきました。

研究をすることを考えたときに、大学に所属しているのに比べて、高校教師をしているのは不利なのではないかという考えもあると思います。しかし、私自身の経験でも、大学院を中退して予備校講師になったときに、様々な専門分野を持った同僚から学べるようになり、大学にいては学べなかった広い視野を獲得できたと感じました。自分自身が好奇心を持って取り組めば、自分の置かれた環境を自分の糧として前進できるのではないかと思います。皆川さんの言葉からは、主体的な学習者が持つ、自分を前へ進めていく力のようなものを感じました。そして、その学習者・研究者としての態度が、アクティブラーニングを実践していく上での土台になっているのではないかと思いました。

 

一斉講義型からアクティブラーニングへ

―― 皆川さんは、はじめは一斉講義型をされていたとうかがっていますが、その頃は、どのようなことを考えて授業をされていたのですか?

「歴史に興味がある生徒にきちんと伝わればそれでいい」「歴史に興味がない生徒はきちんとノートを作っ てくれればそれでいい」程度しか考えていませんでした。

―― 一斉講義型の授業にも、教師としての楽しさというものがあると思いますが、いかがですか?

自分が好きなことを語ることができるので、ある意味楽しい(というよりは自己満足ができる)のかもしれません。一斉講義型ですと、大きな声を出せる生徒の意見や質問しか受け取ることができないデメリットがあります。アクティブラーニング型にすることで、生徒の声を拾うパターンがたくさん増える(グループワーク時、振り返りシートへの記入など)ので、「この生徒はこんな発想を持っているのか」「こういう見方もできるのか」などの意見を通じて、授業という場を創る楽しさを味わうことにつながります。

―― 一斉講義型の授業を行うスキルは、今のAL型授業に役立っていますか?

声の出し方や板書は、一斉講義型の場合はきちんとできないといけないので、必要なスキルだと思います。
一斉講義型の授業では専門的な知識や考え方を、ノンストップで予定通り説明しなければなりません。AL型ですといつどのタイミングで専門的な知識を必要とする質問がくるかわかりません。勉強の仕方が予定調和で説明するだけではなく、いろいろな引き出しを持つ形にしなければなりません。

――アクティブラーニングに授業スタイルを変えることになったきっかけは、どのようなことだったのですか?

2010 年 2 月、私の日本史の授業を見学した教職志望の大学4年生が「先生の授業は完璧ですね。板書も きれいで、説明も丁寧でわかりやすいです」と感想を言ってくれました。褒められているのだから素直に喜 べば良かったのですが、私は違和感を持ちました。「完璧な授業」なんていうものがあるのか。そもそも生徒 にとって「良い授業」とは何か。このことをきっかけに、授業方法について考え直す必要性を強く感じまし た。2010 年 5 月、小林昭文氏(当時埼玉県立越ヶ谷高等学校)の高校物理の授業を知り、授業スタイルを 変えることを決意しました。小林氏の授業実践との出会いは、生徒が授業に主体的に参加することが明確な 目標となっている能動的な学習の場としての授業=アクティブラーニング型授業を意識させるものとなりま した。このことは、私の日本史の授業において、生徒が能動的に学習する場をつくることが意識できていな かったことに気付くことにつながりました。

―― 「完璧な授業」という言葉が、授業のやり方を変えるきっかけになったのは、面白いですね。完璧という言葉から、教師が自己完結しているというように感じたのでしょうか?

そうだと思います。私という教師がただ生徒に「何かそこそこ良いもの」(=板書内容や簡潔な説明)を与えているだけなのでは?という疑問をむしろ持ちました。

―― 生徒にとって良い授業とは、どのような授業だと考えていらっしゃいますか?

わかりません。どのタイミングで「良い」と思うのか?授業中なのか、その後なのか、もっと後なのか…。教師の印象ではなく、授業の印象が残ることが「良い授業」のように感じております。「先生の名前は忘れたけど、日本史の授業は良かったな~」と思ってくれたらうれしいです(ファシリテーターとしての教師になっていればOK)。

「完璧な授業」と言われたのが、アクティブラーニングに取り組むきっかけだったというのは、とても興味深かったです。でも、とてもよく分かる気がしました。研究熱心で常に前進し続けている人たちにとっては、あるやり方が「完成」するということは、それを壊して次のことを始めるということを意味するからです。私がアクティブラーニングに取り組んだのも、一斉講義型の授業に工夫を重ねて、自分なりにやりつくしたと感じていたときに出会ったということが大きかったと思います。これをやったら、新しい世界が広がるんじゃないかとワクワクしたのです。

 

深い学びについて

―― 深く歴史を学ぶというのは、簡単に言うと、どのようなことですか?

現段階では、授業で学んでいる内容(大学以上であれば史料解釈や理論・概念の(再)構築)とそれを学んでいる自分自身をメタ認知することができることだと考えております。

―― 深く思考するということについて、皆川さんの考えを教えてください。

「難しい」問題に取り組み、それに対して自分の思いや考えを持ち(そしてその思考に自信を持った時に)、まわりの誰かにそれを説明したい!聴いて欲しい!という感情が生まれたら、深く思考しているのではないかと現段階では思っています。

―― 実際にAL型授業を導入して気づいたこと

一番の気づきは、私自身が授業に悩み始め、悩み続けていることです。生徒の思考を働かせる場を作り深 い学びの場を生むためには?生徒が自分に合った学び方を自分で見つけられるようにするためには?など、 日々の授業実践を重ねれば重ねるほど悩みが尽きません。

―― 教師が悩むというのは、教師に「学習者の要素」が入ってきているということでもあると思いますが、教師の悩みが生徒に影響を与えていると感じることはありますか?

教師自身がアクティブラーナーになっていることに間違いはありません。そうでなければ、生徒にアクティブラーナーになることをうながすことできないと思います。ただし、教師の悩みが良くも悪くも影響すると思います。悩みが生徒に不安・不満を持たせると、授業が悪循環に入ります。「こんなに苦労して授業準備したのに、生徒たちはまったくやってくれない」という気持ちを生徒にわからせても仕方なく、常に目の前の生徒たちの最善の学びの場、学び方を気づかせる場をつくっていこうという意識が必要だと思います。

歴史を深く学ぶということが、歴史を学んでいる自分自身をメタ認知することだという話は、非常に興味深かったです。私は、メタ認知へ至るプロセスとして、内部を探索し尽くすことでそれを成り立たせている前提にたどり着くということと、ことなる前提を持った他者と出会うという2つの方法があると考えているのですが、歴史を深く学んでいくことで、それを学んでいる自分という前提が浮かび上がってくるという皆川さんの話をうかがって、高校の歴史の授業でそれができるのであればすごいことなのではないかと思いました。

グループワークを改善する工夫

―― 皆川さんは、グループワークの重要性を伝えるために、日本史と関係のないこともやっているそうですね。

グループワークの必要性を説明するために、マシュマロチャレンジやコンセンサスゲームのような「みん なで考える」アクティビティを学期始めなどに実施することで、自分の授業が何のための授業なのか?を伝 えることができます。先生が説明・提示することのみを理解するだけではなく、様々な意見に耳を傾けて(聴 いて・訊いて)、深い思考につながることの必要性を伝え続けています。

―― マシュマロチャレンジでの経験と、歴史の授業でのグループワークとを、生徒は結びつけることが出来ていますか?

昨年度後半から、グループは作りますが、グループ「ワーク」を強制することはなくなりました。マシュマロチャレンジは、チームでやらなくても実は成立するゲームで、チャレンジの過程でチームメンバーそれぞれの特徴・考えや集団内での振る舞い方がわかるものです。この質問を受けて、そのことに気づきました(笑)。

教師の学び合いのための学習コミュニティ

―― AL型授業を進めていく上での仲間作りはどのようにしていますか?

勤務校では、アクティブラーニング型授業の研修(2011・2013 年度:講師小林昭文先生)をしかけ、それをきっかけに、授業改善を意識する教員が増加し、さらにお互いに授業を見合い情報交換・共有をする機 会も増えています。国語・数学・英語・理科・地歴・公民など様々な教科で、考えをまとめたり、問題を解 いたり、答え合わせをしたりする際に、ペアワークやグループワークなど、生徒主体の学習の時間がとられ ている場合が多くなってきています。 勤務校外でも、FB などの SNS やリアルの勉強会の場に参加し、情報交換を積極的に行っています。

博士号を持っている教師であり、アクティブラーニングの実践経験も豊富な皆川さんが周りを巻き込んでいくことで、アクティブラーニングの実践の輪がさらに広がっていきそうです。

 

歴史教育の国際交流

―― シンガポールでの学会発表はいかがでしたか?

2015 年 5 月、アジア世界史学会(AAWH)で、「日本の歴史教育」のパネルに参加し、高等学校日本史の 授業におけるアクティブラーニング型授業について、理論と実践を簡単に説明しました。中国・韓国やイギ リスの研究者・教育者からは、日本の文部科学省が今後どのような学力論や教育システムを構築していこう としているのかなどの質問が出ました

―― 隣国と歴史教育について交流することは、国際平和に対して意義があることだと思いますが、教える内容は教科書で定められているという現実もあると思います。歴史を教える教師の立場から、何かできそうなことはあると思いますか?

それぞれの国の歴史教育の現状を、現場の教員や大学の歴史学・教職課程の教員などが把握することが必要だと考えております。教育の違いの背景には、これまでの歴史があることは間違いありません。そういう視点を教育学(教育史)の研究者だけではなく、現場レベルでも持つことで歴史教育のあり方も変化するのでは?と思っております。それが結果的にグローバル・異文化理解にもつながるかと。「日本史」「世界史」という現状のくくりではなかなか難しいですが…。

歴史を学んでいる自分自身をメタ認知していくためのもう一つの方法が、異なる前提の他者と出会うことだとすると、歴史的事実を共有する隣国の教師と「歴史教育」について交流することは、非常に有益なのではないかと感じました。そして、そこで感じたことを教室に持ち帰ることで、生徒にも「他者性」を伝えられるのであれば、生徒が歴史学習をメタ認知することに、大きな助けとなるのではないかと思いました。
 
これも、皆川さんのように、研究と教育の二足の草鞋を履いている方だからこそできることなのではないかと思いました。
 
皆川さんは、6月23日に実施する第19回反転授業オンライン勉強会で、授業実践についてお話してくださいます。
 
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