動画講義で学ぶ方法(5)~「教える」からキュレーション&コーチングへ~

「反転授業の研究」の田原真人です。

インターネットが登場し、Googleなどの検索エンジンが誕生したことで、僕たちの知的活動は大きく変化しました。

かつては分からないことがあれば、本を調べたり、辞書を調べたりしていたのが、今は、検索エンジンにキーワードを打ち込む人が多いと思います。これを可能にしているのは、大量の情報がインターネット上にアップされ、その情報が常に更新され続けているという状況です。

「知りたい」という欲求があれば、知識はいくらでも手に入る時代になりました。

また、インターネットは、英語を学ぶ意味を根底から変えました。

インターネットにおける使用言語分布をご覧ください。
 
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こちらのデータを使用しました。

インターネットにおける日本語の使用人口1.10億人に対して、英語の使用人口は8.01億人とほぼ8倍。しかも、日本語の使用者の多くが日本人なのに対して英語の使用者の国籍は多様です。

ある事柄を調べるときに、日本語で検索するのに比べて、英語だと8倍の量を持った多様なソースから調べることができます。

世界の英語使用者の割合は、今後さらに増えていきますので、この違いはさらに拡大していくはずです。

英語のインターネット世界ですでに起こっていること

 
インターネットが「学び」をどのように変えるのか?
 
その近未来を垣間見る経験がありました。

2012年頃、

「日本語だけで情報を入れていてはまずい!」
 
「英語を道具として使えるようになろう!」

と思い、ラングエッジエクスチェンジンジを始めました。14カ国、20人の語学パートナーを作り、英語と日本語を使ってスカイプでいろんなことを話しました。その中で出会った一人が当時18歳のエイン・アネさんでした。

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彼女は、自分をKnowledge Hunterと呼び、貪欲に知識を吸収していました。僕は河合塾で予備校講師を10年以上していたので、東大理3に現役合格するような、いわゆる「優秀な生徒」を見慣れていたのですが、それとは明らかに異質な存在。自分から体当たりで学んでいく勢いがものすごくて、本当にびっくりしました。

エインさんについては、こちらの連載をご覧ください。

彼女は、イギリスの有名なプライベートスクールに通っていたのですが、学校の窮屈さに耐えられなくなり13歳のときに校長室に行き、「学校を辞める」と宣言して学校を辞め、14歳から自分の力で生きています。
 
分からないことがあれば、インターネットで調べ、Khan Academyはほとんどの授業をやり終え、Courseraやedxの授業で学び、自分が学びたいことを自分で次々に学び、体得していきます。

僕が、「こういう面白いものがあるんだよ。」と話すと、「Oh, Exciting!!!」と言って、質問しまくり、次の週までにはいろんなことを調べて、あっという間に詳しくなっているという感じ。
 
また、彼女が「こういう面白いものがあるんだよ!」と教えてくれるものは、ほとんど僕が知らないことばかり。彼女を通して世界がどんどん広がっていきました。

エインさんの存在は、知識が一部で占有されている時代は終わり、知りたいという気持ちがあればいくらでも知ることができる時代がすでに到来しているということを僕に実感させてくれました。

知りたいという気持ちがあれば、本当にいくらでも学べるのだということが、腹落ちしたのです。

アートの才能に恵まれた彼女が、自分にとっての学びとはどんなものかを映像で表現したのがこちらです。

日本語よりも8倍の広さを持つ「英語のインターネット世界」は、知りたいという気持ちに対して十分に答えてくれるだけの広さを持っています。

そこから、エインさんのような人が、これから次々と生まれてくるはずです。

「教える」からキュレーション&コーチングへ

英語の使用人口は、日本語の8倍ですし、英語圏ではインターネットの教育利用が盛んですので、すでに大量の講義動画がYoutubeなどにアップロードされています。
 
講義動画に貼った広告費で生活している教育Youtuberと呼ばれる人たちもいます。

それが成り立つだけのマーケットがすでに出来上がっているのです。

昨年、知り合いのイギリス人からインターナショナルスクールに通う中学3年生の息子のSに数学を教えてくれないかと頼まれました。
 
僕の英語力は、日常のコミュニケーションはできても、数学の講義をできるレベルではないので断ろうかと思いましたが、次のような考えが頭に浮かびました。

英語であれば、Youtubeにありとあらゆる分野の数学の講義動画がアップされているのだから、自分で教える必要はないんじゃないか。

S君に合った動画を選んでコースを作り、それを利用して学べるようにサポートすれば、勉強をサポートできるんじゃないか。

この仮説を確かめたいと思い、週に1度のセッションがスタートしました。

S君のためにMoodleをサーバーにインストールし、そこにAdditional Mathのコースを作りました。そして、シラバスを見て、Youtubeのビデオの中から、分かりやすい動画をピックアップして並べていきました。

1回のセッションは90分間。S君は、僕の隣でノートパソコンで動画を見て、練習問題のところで一時停止して紙に問題を解き、分からないところは僕に質問するようにしました。

しかし、これが、なかなかうまくいきませんでした。

S君が、セッションの時間以外に、自分から動画を見ようとしなかったのです。

数学があまり好きじゃなく、やりたくなかったのです。

この状況で、数学を教えることを続けても、数学ができるようにならないと思いました。そこで、90分のうちの最初の60分を数学、残りの30分をマインドセットに働きかける時間にしました。
 
S君の好きなプロダクトデザインの歴史を一緒に調べたり、有名な会社のロゴの歴史について学んだり、いっしょに楽しみながら学ぶところから始めました。S君はプロダクトデザインについてはすごい情熱を持っていて、好きなことならいくらでも打ち込めるという長所があったので、それをうまく生かせないか、いろんな試行錯誤をしました。

アーティストのスギオカさんや、マスラボの古山さんとスカイプで繋いで英語で対話したり、Wifiの電波を強めるために空き缶で反射板を作ることができるというのを知り、放物線と焦点の関係を説明していっしょに設計図を書いたりもしました。

U理論について動画を見せ、なぜ無駄に見えることをやらなくちゃいけないのかという話もしました。

S君は、だんだんと最後の30分間を楽しみにするようになり、「今日は、何をやるの?」とワクワクした顔で聞いてくるようになりました。

そんなある日、お母さんから、「Sが、自分から友達を誘って一緒に勉強するようになった。これは、今までになかったことです。」という報告が来ました。ちょっとずつ、マインドセットが変わってきているのを感じました。

しかし、ここからが本番でした。S君は、基礎の部分に抜けているところがたくさんあり、ちょっとやったくらいでは点数に反映しない状況でした。

たとえば平方完成とか因数分解とかができないので、微分して最大値や最小値を求めることが出来なかったのです。

サルマン・カーン氏が言っている「スイスチーズのように穴が開いた状態」になっていたのです。

そこで、そういう基礎の部分を補完する動画をYoutubeで探してきて、復習ができるようんなコースを作りました。そして、1つずつ穴を埋めていきました。そうすることで、だんだんと自力で解けるようになってきました。

ここで、S君の行動に大きな変化が生まれました。メールで僕にビデオを追加してくれるように頼むようになったのです。

僕は喜んでビデオを追加していきました。

そして、ついに、苦手分野だった三角関数の章末問題の10問すべてを自力で解けるようになりました。

このときは、むちゃくちゃ褒めました。そして、一番苦手だった分野で全問正解できるということは、全分野をマスターできるはずだから頑張れと励ましました。

質問の質が明らかに変わってきました。

「二項定理の章末問題にあれば、二項定理を使えばいいと分かるけど、テストだとどれを使えばいいか分からないんだけど、どうしたらいい?」

解法選択についての質問が来るというのは、かなり力がついてきた証拠です。

完全に上昇気流に乗りました。

この実験的な取り組みは、ちょっとだけ未来を先取りしている試みだと思います。

英語圏にはすでに十分な量の動画講義があるから、「教える」という行為は動画に任せることができます。

その代り、

・その生徒に必要な動画を選んで並べるキュレーション
・その生徒が自分で学べるようにするコーチング

にエネルギーを注ぐことができます。

エインさんのように自ら学ぶ力が強力な人はよいですが、自ら学ぶ意欲が十分でない場合、うまくそれを引き出してあげる必要が出てきます。

そして、それは、サルマン・カーン氏が言うように、とても人間的な活動なのです。

日本語のコンテンツは、まだ、そこまで揃っていませんから、多くの教師が動画講義を作ってアップロードしている段階ですが、すでに、僕がやっているのと同じような試みもあります。

eboardや、ふるやまんの算数塾、とある男が授業をしてみた、などの動画を使って娘さんの学習サポートをしている小川浩司さんは、フルタイムで仕事をしながら、娘さんに学習の指示を出してサポートしています。

今後は、日本語のコンテンツが増えてきて、可能性が広がっていくのと同時に、英語で学べるだけの力をつけて、英語の学習コンテンツを利用していくという選択をする人も出てくると思います。
 
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動画講義を学ぶ方法(4)~学びの個人差を乗り越える~
動画講義で学ぶ方法(5)~「教える」からキュレーション&コーチングへ~

動画講義の作り方を学ぶオンライン講座

動画講義を作成することに興味のある方は、「パソコンで作る!カンタン動画講義の作り方」というオンライン講座を2015年5月9日から4週間で実施しますのでこちらをご覧ください。(申し込み締め切り5月7日。定員30名)

動画講義の作り方、動画講義作成に必須な著作権の知識をオンラインワークショップ形式で学びます。

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